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キス。

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待ち合わせは、二人の住居の中間点にあるショッピングモールにした。お茶でもしながらブラブラもできるだろうし、天気にも左右されない。会うまでのやり取りで、悠太はひたすら
「緊張するー」と言ってくるのでこちらまで緊張が伝染してしまいそうだ。
(何着て行こうかな)服をコーディネートしながら
「誰かのために服を選ぶのって、何年ぶりだろう?」
すごく・・・心がときめいた。髪をセットして口紅をきゅっとひいて。もういい年なのに、まるで高校生がはじめてデートをする、そんな感覚だった。
麻紀は電車に乗り、「もう少しで着くよ」と送ると、悠太から「こっちはもう着いてる」とすぐに返事が来た。サイトプロフィールプロフィール写真は見たことがあるがやはり麻紀同様顔の一部を隠していた。一体、どんな人なんだろう。待ち合わせ場所に足早に向かうと、あらかじめ伝えてあった服装の人物を探す。麻紀は、白のトップスにふんわりとした、淡い水色のスカートを履いていた。悠太は、「奥さんに変に疑われると面倒だから」とグレーのパーカーにジーンズという普段着で来ているという。
ちょうど携帯片手にそんな格好をした男性が、ちらちらとこちらを見ていた。
(あの人だ!)
麻紀は、彼の前まで来ると「はじめまして」と挨拶した。「はじめまして」と悠太もまた軽く会釈した。悠太は、麻紀よりも三つくらい年下だったが(もっと若く見える・・・)それが第一印象だった。
「とりあえず、お茶でもしよっか」
麻紀と悠太は並んで歩いたが、やはり緊張しているせいか視線が合わない。カフェに入り正面向かい合って座ったが、悠太は落ち着かない様子だった。
「はい、これ忘れないうちに。日焼け止め」
「あ、ありがとう」「緊張しすぎ!」「だって、麻紀ちゃんやっぱり美人さん」「そんなことないよ」
男の人に面と向かって褒められるのは何だかくすぐったかった。それ以上に、女性として意識してもらえることに喜びを感じた。
「えーっと。何話そうかな・・・」「それじゃ、私が色々質問するね(笑)」
悠太は年下らしく少し頼りない感じだったが、それがまた可愛いと麻紀は思った(今まで、ママ友や友達とお茶やランチくらいしていたけど・・・なんだか楽しいな)
ぎこちない会話ではあったが、お茶をしながら話をする時間はあっという間に過ぎた。
帰り際、悠太から
「また、会ってもらえるかな?」「うん、そうだね。今日会って楽しかったし」
「僕、こんなだけど、麻紀ちゃんに男の人として意識してもらえるよう頑張るね」
「・・・。話、聞いてくれるだけで十分よ」
「駅まで送る」
二人は再び並んで歩き出した。少し打ち解けたせいか、今度は時折視線をこちらに向けてくれる。恥ずかしくなって、麻紀の方が視線をそらしてしまった。駅の改札口まで着くと、
「気を付けてね」悠太は手を振りながら、麻紀の姿が見えなくなるまで見送った。
その日から、麻紀の中で悠太は特別な存在になった。寝る前に必ず、悠太の顔が浮かぶようになったから。
(もう一度会って話がしたいな)それは、麻紀が耕介に恋をした瞬間を思わせる感情だった。麻紀と悠太は毎日メッセージのやり取りをし、時間帯が合えばLINE電話もした。悠太が奥さんとは結婚当初から価値観のズレで悩んでいたこと、子供達を可愛がっていること、趣味のこと、仕事のこと。色んな話をした。いくら時間があっても足りないくらいだった。麻紀は確実に悠太に惹かれ始めていた。

悠太はマメな性格だった。メッセージを送ると既読がつくのも早く、返信も早かった。そんな悠太が半日以上経っても既読にならない日が来た。
(どうしたんだろう。また体調不良じゃないといいけど)麻紀は心配で堪らなかった。まだサイト内でやり取りをしていた頃に送った時の気持ちより格段に心配だった。日付が変わる頃、ようやく悠太からの返信が来た。
「心配かけちゃってごめんね。ちょっと奥さんと揉めちゃって。しばらく近所の実家に居候することになりました」
「え!?大丈夫!?」
「もう正直夫婦生活は破綻しているから。僕の方から何度か離婚もお願いしているし、いずれ調停離婚することになると思う」
「そう・・・だったの」
「僕の奥さんが麻紀ちゃんみたいな人なら良かった。」 「そんな・・・」
「たった一人で良いから心から愛せる存在が欲しいよ」
切ない声だった。その声に麻紀の心も切なくなった。
「逢いたいな」悠太が呟いた。
「逢いに行くよ」麻紀が答えた。悠太はびっくりした様子で、
「本当?真に受けるよ?」
「真に受けていいよ」
「麻紀ちゃんは、いつも僕に元気をくれるね。ありがとう」
逢いたいのは麻紀も一緒だった。悠太はいつも私の話を優しく聞いてくれる。逃げないで真っ直ぐ私を見てくれる。それが、永遠に続くことがないとしても、いつか変わってしまうとしても、今の麻紀には悠太が必要だった。
「今度の週末は、大阪に出張があるんだ。それが済んだら、逢いたいな」
「お迎えに行っていい?」「本当に?」「何時の新幹線か教えて」
「土曜日の夕方の・・・」
もう止められなかった。麻紀と悠太は惹かれ合っていた。

土曜日の夕方。
新幹線の改札前で麻紀は悠太の帰りを待っていた。家族には、久しぶりに学生時代の友達に会うから、と
嘘をついた。(早く来ないかな)多くの人が往来する中、麻紀は悠太の姿を探した。手に持っていたスマホの着信音が鳴る。(?悠太君からだ)
「もしもし?」「見つけた」「え?」
慌てて辺りを見渡す。そして、麻紀の目にキャリーケースを持った悠太の姿が飛び込んできた。会うのは二回目なのに、前回のような頼りなさは消えていた。たった数日の間に、麻紀の中で悠太は「男」になっていた。もうただの元日記のフォロワー、LINE友達なんかじゃない。
「お帰りなさい」「ただいま。なんだか照れるね」二人は笑い合った。
「麻紀ちゃん、あのさ、お願いがあるんだけど」「何?」
「手を繋いで歩いても良いかな?いきなりでごめんだけど」麻紀は顔が熱くなるのを感じた。そして短く「うん」と答えた。
その返事を聞くと、悠太はそっと手を重ねてきた。骨張ってゴツゴツした大きな手。女性のそれとは違って、麻紀の心はときめいた。(男の人と手を繋いでる)何だか、手を繋いだだけなのに守られているような感じがして、麻紀は手を握り返した。
「お腹空いてる?何時までに帰れば良い?」
「今日は遅くなるって言ってあるから大丈夫よ。お腹もそんなに空いてないから悠太君に合わせるよ」
「じゃ、軽く食事して。ここから少し移動するけど、職場に車停めてあるから帰り送らせてもらえる?心配だから」
「うん。あ、でも、職場の近くなんて行っていいの?誰かに見られたりしたら」
「会社休みだから誰も居ないし、平気だよ」
二人は近くのレストランで食事を済ませ、悠太の車で送って貰うことになった。その道中、また色々な話をした。自分自身のこと、パートナーのこと、子供の事。話せば話すほど共感できることも多く、惹かれる気持ちも強くなった。車の中でも、繋がれた手はほどかれることはなかった。刻一刻と自宅へと続く道のり。(もっと一緒にいたい)麻紀は繋いだ手を強く握り返した。家の近くに着くころ、辺りはだいぶ暗くなっていた。麻紀は思い切って話し始めた。
「悠太君、もう帰っちゃう?」
「麻紀ちゃんの時間が許すなら、僕はまだここにいるよ。」
「もう少し話していたい」  「僕も・・・」
そう言うと、悠太は適当なコインパーキングを見つけ車を停めた。「暑かったり、寒かったりしたら言ってね」 「大丈夫よ」
そこで会話は途切れた。話したい、と言ったはずなのに言葉が出てこない。数秒の沈黙を破り、今度は悠太が話し始めた。
「まきちゃん」 「ん?」
「僕は、麻紀ちゃんのことが好きです。お互い家庭がある身だけど、麻紀ちゃんを大切にしたい。今すぐでなくてもいいから、僕の気持ちを受け止めて欲しい。」真剣な眼差しだった。
麻紀もまた口を開いた。
「私も悠太君が気になっているよ。この先、どんな形で付き合っていくのが良いのか分からないけれど、今は一緒にいたいです」
この言葉を聞くや否や、悠太は笑い出した。
「良かったー!そんな言葉が聞けて。めちゃくちゃ、汗かいたよ(笑)」
その笑顔につられて、麻紀も笑った。
「麻紀ちゃんは笑顔がいいね。なんか、今すっごく抱きしめたい気分」
「え!?」
そんな大胆な台詞を面と向かって言う人だと思っていなかった麻紀は動揺した。心臓がドキドキする・・・。
「そんな反応も可愛いなぁ」こちらが優勢とばかりに、悠太はいたずらっぽく顔をのぞき込んできた。
「からかってるでしょ」 「からかっちゃダメなの?」
「ダメ・・・じゃないけど・・・。というか、顔近いから」
「・・・顔近いと・・・想像しちゃうね」 「何を?」
「そりゃー・・・。想像することがあるでしょ?」 「何を?」
「秘密」そう言うと悠太は身体を離そうとした。麻紀は咄嗟に繋いだ手を引っ張り引き戻した。上目遣いに
「秘密、なの?」 「それ、反則だよ。してもいいの?」
「いや、じゃ、ないから・・・」
麻紀は悠太の顔を直視出来なくなり下を向いた。悠太が繋いでいない方の手で、麻紀の頭を引き寄せた。そしてそのままゆっくりと顔が近づく。一瞬、麻紀の脳裏に耕介の顔がよぎった。だが、それ以上に目の前の悠太の存在の方が大きかった。

キス。

麻紀も悠太も、もう何年も触れていない人の温かみだった。その後は夢中になって唇を重ね合った。「ダメだ。止まらなくなる」悠太は堪らず声を漏らした。だが、無情にも時間は過ぎていく。遅くなるとは言ったものの限度がある。何より子供達のことが気がかりだった。
(帰らなきゃ)そう思うものの、身体は言うことを聞かなかった。やっとの思いで身体を離し、「もう帰らないと」と告げた。「そうだね」悠太もそう答えると、「家まで送っていけないけど、気を付けて」「また連絡するね」 短い逢瀬だったが、心を通わすには十分な時間だった。自分が生きている感覚だった。必要とされている、愛されている、その喜びは甘い痺れとなって麻紀の体中を駆け巡った。
家に着くと、真っ先にトイレに駆け込んだ。麻紀の下着は、悠太によってもたらされた甘い感覚でびっしょりと濡れていた。それは夜通し衰えることはなかった。
(次に会ったとき、私は・・・) その晩、麻紀はキスのその先にある情事を想像しながら自慰にふけり、「もう戻れない」そう確信した。


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