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日記のフォロワー

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日記を全体公開し、それに対するコメントがつくことがあった。コメントも全体公開されるが、どうやらそれには課金はされない仕組みのようだった。
「はじめての日記」そんなタイトルで麻紀は散歩途中の様子と景色の写真を載せた日記を投稿した。すると、
「とても綺麗な景色ですね」
「日記投稿頑張ってください」
今までのメッセージとは異なり、日記でのやり取りは温かく、すさんでいた心が洗われるようで純粋に交流を楽しむことができた。
出会い系とはいえ、そういった目的でない利用をしている人々も何人かは存在するらしい。
やがて日記には固定のフォロワーがついた。
ある時には、子供との料理を作る過程の日記を載せた。
「お子さんお手伝いして偉いですね」 「美味しそー!」
プロフィールには既婚であることは隠さず載せていた。その上で、異性の友達が欲しいアピールをしていたおかげで、フォロワーは同じ既婚者の男性が多かった。
耕介とは相変わらずの関係だったが、フォロワーとのやり取りは麻紀の日常を明るく照らした。
「僕も日記を書いてるんで良かったら見てくださいね」
「はい!覗いてみますね」
そんなやり取りが楽しくて仕方なかった。何人かのフォロワーとは相互フォローし合い、お互いの私生活や考え方を知ることが出来た。そんな日々が続いたある日、「そよ風」という名前の一人のフォロワーの男性が「体調不良」という日記を載せていた。彼は麻紀よりも少し年下で同じくらいの年齢の子供が居る既婚者だった。住んでいる場所もそう遠くなく、趣味の話を日記に載せていたり、文面から穏やかそうな性格が伝わってきた。いつも麻紀の日記に欠かさずコメントをくれる「そよ風」。そんな彼が気がかりでお見舞いのコメントを送ってみた。だが、コメントへの返信はなくそのまま三日が過ぎた。
(そよ風さん、大丈夫かな。いつもならすぐ返信してくるのによっぽど具合が悪いのかしら)
気になった麻紀は、「そよ風」へのメッセージBOXに、
「体調大丈夫ですか?返信がないのでちょっと心配しています。お身体ご自愛くださいね。返信はお金かかりますからご無理なく」
と送った。するとその日の夜、「そよ風」から麻紀宛てに一通の返信が来た。
「心配してくれてありがとう。体調不良と仕事が忙しいのが重なってダウンしてました。「ゆき」ちゃんが個別にメッセージくれるなんて嬉しいな。これなら体調もすぐに回復しそう(笑)。課金のことは気にしないでね。それよりこうやってたまにでもいいから「ゆき」ちゃんとやり取りできたら、なんて(笑)。でも、今まで通り日記を通してでも構わない。君と話してると元気が出るから」
「ゆき」とは、サイト内での麻紀の偽名である。最後の
「君と話していると元気が出るから。」麻紀はこの年になって自分の事を「ちゃん」付けで呼ばれたことにドキッとした。と共に、何となく哀愁が漂うこの一言が気になった。
「私でよければ。これからも宜しくお願いしますね」
それから度々、「そよ風」から日記のコメントとは別にメッセージBOXにメッセージが届いた。それは自分の趣味に関する写真だったり、「子供が熱出したー」といった内容だったり。たいした内容ではなかったが、いつしか麻紀も「そよ風」のメッセージを心待ちにするようになった。こうした交流が数ケ月続いた頃、「そよ風」がこんなことを書いてきた。
「ゆきちゃんは、異性の友達が欲しいんだよね?もし良かったら、なんだけど。いずれもっと仲良くなったら連絡先交換できたりするかな?無理にとは言わないし。こんなこと言って困らせるの分かってるんだけど。」
今までの日記のやり取り・日記の内容・メッセージのやり取りから「そよ風」に対する人柄は十分伝わってきた。(この人なら、友達になってもいいかな)麻紀は連絡先を交換してもいいと思えた。
「LINEのIDを教えてくれたら追加しますね」
「!ありがとう!」
二人は、連絡先を交換した。麻紀のLINEには、「悠太」という新しい友達が追加された。


数日後の深夜、麻紀は午前二時を過ぎた時計を見ながらため息をついた。耕介が帰ってこないからだ。耕介は、独身時代から度々会社の同僚と飲み歩き朝帰りすることがあった。
(もう家庭を持ったのだから、いい加減せめて終電で帰ってきてよ・・・。)
帰りが遅いだけじゃない。深夜のタクシー代が一体いくらかかっているのか。一家の大黒柱の耕介に強いことは言えなかったが、前々から不満には思っていた。
諦めて布団に入った頃、「ガタッ」と物音がした。(帰ってきた!)
麻紀は二階から一階のリビングに降りようとしたところで、酔って千鳥足になった耕介が階段を踏み外しそうになっている姿を目の当たりにした。
「何やってんの!?」 「寝るから・・・どいて」
話にならない。酔った耕介を自分の部屋に押し込むと、一階のリビングに投げ出された衣類やら鞄を拾う。倒れた鞄からは、タクシーのレシートが出てきた。(何、これ・・・)
二万円近いタクシーのレシートだった。おまけに、風俗と思われるお店の名刺とポイントカードもあった。

夫のことは大好きだった。この人と結婚したとき、自分はこんなにも幸せでいいのか、と思うくらい幸せだった。隣り合わせになったベッドで、手を繋ぎなら眠った日々。子供を授かったとき、二人で大きなお腹をさすりながら「これからは三人だね」。そう笑い合って抱きしめてくれた腕。
悔しい。悲しい。やるせない。
止めどなく涙が溢れた。もうあの頃の彼はどこにもいない。彼は私を愛してくれない。

麻紀はリビングにうずくまり嗚咽した。(誰か、誰か私を助けて)その日は結局朝まで一睡も出来なかった。
朝になると子供達を起こし学校へ送り出し、耕介も遅い時間ながら出勤して行った。
(今日が仕事休みで良かった)鏡に映る目の腫れた自分の姿を見ながら、麻紀は何のために生きているのだろうか、とぼんやりと考えていた。パジャマのまま寝室へ戻ると悠太からLINEのメッセージが届いていた。
「おはよう!今日は仕事?今日も一日元気に過ごそうね」と。
思わず、
「ちょっと元気ないかな・・・」と返信した。するとすぐに、
「大丈夫?どうしたの?僕で良ければ話を聞くよ?」
その言葉に止まっていた涙が再び流れ始めた。「落ち着いたらLINEするね」そう返すのが精一杯だった。それから麻紀は、昨晩会った出来事、何故出会い系サイトに登録したのかを正直に悠太に話した。
「そうか。それは辛かったね。実はね。僕も同じなんだ。奥さんとはもう同居人になっていて、口も聞いてくれないから。だから「ゆき」ちゃんが初めて心配してメールをくれたとき、もの凄く嬉しかったんだ。何もできないかもしれないけど僕は味方だよ」
「ありがとう」
「ゆきちゃんさえ良かったら、この後電話で話さない?」
それから悠太とLINE電話をした。想像していたとおり、穏やかな優しい口調だった。麻紀は話ながら少しずつ笑顔を取り戻していった。
「そよ風さん、ごめんね。初めての電話がこんな感じで」
「ううん。全然気にしないで。僕だってゆきちゃんに元気もらったんだから。それより、本名は「まきちゃん」だよね?僕も本名は悠太っていうから、今後はそう呼び合わない?」
「そうだね(笑)。悠太君、改めてよろしくね」
「笑ってくれて良かった」
誰かに悩みを相談して、こんなに心が軽くなったのはいつ以来だろう。悩みが悩みだけに、そんな簡単には相談できなかったけれど。
「話変わるけど、最近紫外線が強いからさ。肌が真っ黒になっちゃって。」
「日焼け止め塗ったりしないの?」
「どんなのがいいのか分からない」
「うーん。私が使っている日焼け止め、新品のが余ってるからあげようか?」
「え!?くれるの?っていうか、どうやって?その・・・会ってくれるのかな?」
「あ・・・」 あげると言っておいて、実際手渡ししか方法がないことにあとから気が付いた。それでも・・・
「うん、いいよ。週末、二~三時間なら時間取れると思うから。会おっか」
「えー、マジで!?緊張するなぁ」
「緊張しないの(笑)たいした人間じゃないから。」
「そんなことないよー。プロフの麻紀ちゃん、美人さんだもん」
「騙されてるって(笑)」
さっきまでの落ち込んだ気分が?のようだった。二人は週末の土曜日に会う約束をした。


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