鏡の守り人

雨替流

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第五十話 大地に命を

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 絶体絶命の危機から脱した脱した兵士たちは、自ら歩く事も難しい程に疲弊しており、仲間に抱えられ門内へと避難したが、その目には信じ難い速度で死人たちの首を落し歩く、守り人達の姿があった。

「はぁ、はぁ、……た、高岡様……あの方々は一体……」
「鏡の社の守り人様たちだ。この地獄より我々を救いに来て下さった」
「神職の方々が……」
「あぁ、目にも止まらぬとは、正にこの事だな」

 それにしても、守り人達の動きや刃道はただ事ではない。甚五郎自身腕に覚えもあるし、名立たる達人を幾人もその目にしてきたのだが、まるで足元にも及ばぬどころか、同じ人間とは思えぬほどに差があるのだ。

「さて、門前は済んだようだ、我々も参るかな」

 道忠は大事に抱えていた桐箱の紐を解き、蓋を開ければ剣を取り出したのである。

「そ、それは……」
「この日の為に神々が用意しておいてくれたものでな、この剣で以て大地に命を戻すのだよ」

 光が蠢く摩訶不思議な剣に、甚五郎をはじめ多くの者が言葉を失っていた。

「では、参ろう。佐助殿にかすみ殿、よろしく頼む」
「お任せ下さい」

 千弦に道忠、すずと佐助にかすみが門を出れば、戸板を用意した多くの兵も門外へと出た所である。

「では、皆静かに頼むぞ」
「ははっ!」

 遠くでは小平太達が死人相手に戦う姿があったが、この辺りは充分に安全と言える。兵たちがそこら中に横たわるかつての同僚たちを戸板に乗せると、静かに門内へと運び始めていた。

「精霊さ全然居ねえだな……」
「大地が死してしまったからな、では、すず殿お頼み致す」
「始めるだか」

 左の掌に勾玉を握れば、右手の指先を剣の先端へと近づけた。間もなく眩いばかりに発光すれば、周囲の空気が振動したのである。

ブワァァァァ……アァァ……、……シュィィィ! 

ズドン!

ジジジ……ジジ……ジッ……

「な……なんと……これは……一体……」

 空気が割れるほどの衝撃の後に、白い靄が晴れれば千弦の手にあった剣は、見るからに神々しい光を纏った剣へと変化しており、刀身には光の波が立ち、小さな稲妻さへ放っていたのである。

「こ、これは驚いた……」
「今の音で、死人がこちらに注意を向けた可能性がある、皆用心を」
「心得ました」

 間もなく千弦が剣を振るい始めれば、美しい光の帯が空気中に、または地上に走ったのである。死した大地に精霊が戻り始めれば、周囲の澱みも解消されていった。

「精霊さ沢山戻ってくるだよ、凄い効き目だな」
「あの剣を振るう事で、その精霊なるものが?」
「はい、おすずちゃんの力によって剣は精霊を宿す剣へと変わります。その剣を振るう事でこの地へ精霊が戻り、大地に命を宿す事に、さすれば邪神の行動範囲も縮小し、何れは宿主一体だけとなるでしょう」
「宿主?」
「最初に邪神にとり憑かれた者にございます」

 沢木仁三郎の話では、最初におかしくなったのは孫兵衛と言う兵であった。甚五郎は、孫兵衛をあまり知らない為、近くの兵に仁三郎を連れてくるように伝えれば、周囲を監視していた。先ほどの空気の振動で妖共が動くか心配したが、今のところは問題ない様だ。

「沢木仁三郎にございます」
「うむ、最初におかしくなったのは孫兵衛と申したな」
「はっ!」
「道忠様にその者の特徴を申し伝えよ」
「はっ!」

 解り易い特徴と言えば、既に人ではない見た目であろう。眼球が両方とも溶け落ち、舌が恐ろしい程に長く垂れ下がっている事などを伝えたのである。

「だ……おっかねえだな……」
「そうですね……」

 宿主の特徴は古文書にも詳しく書かれていた、それは兵の言う通り両目が無く、長い舌がだらりと垂れ下がっており、その一体だけが戦わずに居るとあったのだ。恐らくは全ての死人を操る為に動けないのだろう。

「一応は、私の言葉を理解しており、槍を捨てろと言えば言う通りにしたのですが……」
「捕り憑かれて間もなかったからでしょう、今頃はすっかり取り込まれてしまい、記憶も何もないものかと」
「左様ですか……」

 凡そ四半時が過ぎれば道忠が交代し、再び剣に力を与えた所である。徳蔵が床几しょうぎを手に現れれば、その脚を開いて大地へと据えていた。

「立っていても仕方ない。時には座り休むと良いぞ」
「だ、ありがてえだ」

 それは携帯用の椅子である、長丁場となる事を見据えて徳蔵が用意してくれたのであった。

「それと、千弦様これをどうぞ」
「ん? これは?」
「疲労回復に役立つ丸薬にございましてな、一粒飲めば明日の夕方までは効き目がありますぞ」
「これは有難い」

 道忠の分と、一回り小さなものは、すずの身体の大きさに合わせたものであった。

「おらの分もあっただか」
「無論だ、寝てしまっては仕事にならんからな」
「んだな、おら一回寝ちまうと途中で起きねえだよ」
「がはは、転ばぬ先の杖、ならぬ知恵じゃ。さて、儂は救護所へ戻るかの」

 千弦と道忠が交互に剣を振るう事で、周囲には命が戻り始めて、時折小鳥さえ飛んで来るまでに回復をした。

「この辺りの澱みさ、どんどん消えていくだよ」
「うむ、繰り返せば更に良くなろうぞ」

 小平太達が通り過ぎた地に転がる亡骸は此処の兵士達が丁寧に運び出し、埋葬をしているようだ。千弦達はそれを脇目に剣を振るい、生命を戻していくのである、既に精霊で満たされた箇所は地も若草色となり、死地との差が明確と成り始めていた。

 一方、援軍の足をその途中で止めた左之助は、指揮官の沢田三郎太に現況を報告していた。

「それは見間違いではなく誠なのか?」
「はっ! 誠にございます」

 死人が妖となり、死人を増やしているとの報告に三郎太は目を白黒させるばかりである。しかも急所を刺しても倒れず、凄まじい体術で以て襲ってくるというのだから仕方も無い。

「で、高岡殿は死なぬ妖相手にどのような戦いを?」
「とりあえずは、兵所の門を閉じ、弓兵が対処してございますが……」
「死なぬのだな」
「はっ! しかしながら、本日お越しになった鏡の社の御一行様が、その妖の倒し方を熟知しておられる様でございます」

「鏡の社……そうか本日、視察予定であった方々だな」
「はっ!」
「なるほど、倒し方を熟知しておられるのなら心強い、よし、参るぞ。此処より小隊を組み、静かに東門より兵所へと入る」
「はっ!」

 援軍が静かに到着した事を知り、甚五郎は早速現場へと三郎太を呼んだ。

「状況は伝令に聞いてございますが……これは一体何事に……?」

 どの遺体を見ても、同じように首を落されている異様な光景に三郎太は目を顰めるばかりである。

「妖とかした死人の動きを封じるには、首を落す以外に方法がない様だ、故にこれから見る遺体は全てがこうなっておる」
「……高岡殿は動く死人をその目に?」
「あぁ、あれには驚いたぞ」
「死人は動きも早く、力も生前より増していると聞いておりますが、それらの首を落すに、術か何かで動きを封じているのでしょうか?」

 三郎太の疑問は当然と言える、首を差し出し動かずに居るなら未だ話も分かるが、相手は素早く動く妖である。そのような首を一刀のもとに仕留めているのだから、術を使い動きを封じていると考えたのであろう。

「いや、死人の更に上を行く素早さ、鏡の守り人様方の体術、見れば腰を抜かすぞ、まるで水が流れる様に首を落し歩いておるからな」
「神職の方々が……それ程に……」
「少し近づき見てみるか?」
「是非にも」
「ならば決して物音を立てるでないぞ。我々では即死人となるからな」
「……心して……」
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