鏡の守り人

雨替流

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第十九話 追剥ぎ

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 順調に歩き進めれば、二日間は何事も無く、今は松本から上田を目指し歩いていた。すずは饅頭のおかげで元気である。間もなく森深い道を進めば木陰で蹲るうずくまる若い女の姿があった。

「大丈夫だかな、あの人具合悪いんでねえのかな」
「問題ない、至って元気だ」
「だども、苦しそうだで」

 すずは通り過ぎても尚、心配そうに振り返ってみていた。小平太に助ける気が無いから、困っているのだろう。

「心配いらぬ、間もなく立ち上がる」
「だ、ほんとだ……」

 気配の通り、大木に身を隠していた若い男が姿を現すと、小平太達の行く手を阻み、後方では具合の悪い役を演じていた女が付いた。何れも十代の若者だが、構や足の動きからも、紛れも無く忍び崩れの追剥ぎである。

「追剥ぎが何か用か?」
「ちっ、見抜いていやがったのかよ。なら、ぶち殺される前に持ち物全部置いて消え失せろ。本気だぞ」

 男女共に短刀を抜くと低く構えていた。

「だ……お、おらの饅頭さ駄目だで、あと三つしかねえもの」

 すずは胸元に括り着けた、残り僅かな饅頭の心配をしているらしい。

 若い追剥ぎは、脅しを掛けつつ間合いを詰めてきているが、小平太は構わずに道端に落ちた杉の細枝を拾うと、余計な葉を取り去り、しなり具合を確かめていた。

「おい、それは一体何のつもりだ」
「そっちは抜き身だ、なら俺はこれを使おう」
「くそが、舐めやがって」

 追剥ぎが動いた瞬間、目にも見えない速さで短刀を持つ手の甲を杉枝で叩けば二人は堪らずに落したが、瞬時に拾い上げ、大きく後ろへと跳んで間合いを取った。

「うわぁ! 人があんなに跳んだで……どうなってんだ……」
「ほう、中々の動き」
「くそ、只の旅人では無かったのか……どうりで……」

 二人は間合いを詰める事無く、逃げる訳でも無くその場で睨みを利かせていたが、程なくしてその背後には、どう見ても真っ当ではない六人の男共が現れたのである。

「お前らの知り合いの様だぞ、見るに久しい仲ではなさそうだがな」
「あ? 何だお前ら? 忙しいから消えろ」

 若いだけに威勢が良い。殺気立つ六人の男を前にしても怯むことなく牙を剥いているのだ。

「佐助あいつ昨日の」
「なんだ? 仕返しか?」
「おいおい、仕返しなんて生易しいもんでねえぞ。軽業師が調子に乗りやがって」

 すずを道端に寄せて安全を確保すると、杉枝を捨てる事無く様子を眺めていた。男たちは賊の類であろう、仲間が追剥ぎされその仕返しに来たに違いない。

「おぉ、中々良い娘でねえか。たっぷり可愛がってやっからよ」
「下衆が死に腐れ」

 手前の男たち三人が刀を抜くと、追剥ぎの二人は反応良く後方反転返りで間合いを取り短刀を構えた。

「……人の動きと思えねえ……何食ったらあんなこと出来んだ……」

 賊の男共は、かなり自信が有る様だ。抜刀の仕草や足の運びを見れば、かなり鍛錬を積んだ者に違いない。

「おい追剥ぎ、この者共中々の使い手だぞ」
「ちっ、大きなお世話だ」

 相変わらず威勢が良い。しかし忍び崩れとはいえ鍛錬を積んだ者に違いはないから、相手の構えを見れば、それなりに腕の良し悪しは計れる筈である。ならば、この者共が自分達よりも腕が立つ事は察していよう。

「おい、何だお前? 口を挟むなや怪我すっど」
「下衆は黙っておけ」

 男は自分の耳を疑ったような様子を見せたが、やがて怒りを露わにすると小平太に向けて只ならぬ殺気を放った。

「おもすれえ、若いの随分良い度胸だねえかよ。先ずはおめえから切り捨ててくれる」
「だぁぁ! 周り中みんな敵になっちまっただねえか……どうすんだこれ」

 追剥ぎの二人は小平太の動向を見ていた。それは、小平太がどれほどの使い手なのか興味がある事に加えて、自分達ではこの六人を相手にするのは難しいと理解しているからである。

「おいおい、旅の人、そのでかい籠背負ったままやる気かよ……まさか杉枝でやり合うつもりじゃねえよな」
「とりあえずはこれで問題ない。それよりお前たちはそこを動くなよ、下衆を相手に死しては損であろう」
「……おいおい、ちょっと……」
「あぁ? おめえ脳みそ腐ってんのか?」
「心配するな、お前程ではない」

 怒り心頭となった男は間合いを詰め、中段に構えると中々の速さで胴払いを仕掛けてきた。

「っぐ!」
「だ? なんだ?」
「信じられねえ……なんて速さだ……」

 賊の男の手首には杉枝が刺さり、握っていた筈の刀は小平太の手にあった。

「切り捨てるのではなかったのか?」

 刀を二度ほど振り、扱いの程を確かめれば、既に抜刀して構えている二人の元へ行き、いとも簡単に手首付近を切りつけ動きを封じたのである。筋を切られた二人は刀を落し、その場に切り口を押さえた。

「おいおい、普通じゃねえぞ……一体何者なんだ」
「これは使い物にならん」

 手にしていた刀を森へと投げ捨てれば、懐より己の短刀を手にしたのである。

「……って、おい……短刀持ってたのかよ……」

 残る三人のうち二人は、相当な使い手である事は見ればわかる。

「おめえが、かなりの手練れである事は分かった。だが短刀でどうするつもりだ、せめて刀を使え、儂は速いど」
「問題も無い」
「馬鹿めが」

 やはり一瞬の出来事であった。男が抜く瞬間に小平太の身がその懐へと移動し、刀を抜く寸前の手首を短刀で切りつけたのだ。左手で相手の刀を抜くと、そのまま足の甲ごと地面へ突き刺したのである。

「動きがまるで見えなかったぞ」
「あたいも……」
「だぁぁぁぁ! 小平太様おっかねえ程強え!」

 男共が敗走すれば、追剥ぎの二人は走り寄り、その場に片膝をついて頭を下げたのであった。それは無礼を働いた事に対する謝罪である。

「数々の無礼お許しください。我ら兄妹、戦にて郷を失くした忍びの者。食うに困りあのような真似を」
「そうか、なら俺と同じ境遇だな、俺も戦で郷を失った忍びだ」
「えぇぇぇ! 忍びと仰せで?」
「あぁ、忍びだ」

 聞けばこの兄妹、相模国の忍びであったようだ。兄が佐助と言い一歳違いの妹が、かすみと名乗った。大きな戦に参戦していたものの、忍び衆は全滅となり、二人は身を隠し甲斐国へと逃れ、やがてはこの地に辿り着いた様だ。

 小平太は話を聞きつつ道脇で火を起こせば、その場で雑炊を焚き残り少ない干し肉もすべて振舞った。

「遠慮はいらない、しっかり食べて不足を補うと良い」

 二人は鍋を覗き込むと、何処かで拾ってきたと思わしき椀でそれをすくい貪りついた。余程に腹を空かしていたのだろう。小平太はその様子を眺めていた。

 この二人の動きは、小平太の目を止めた程に素質が見えた。それは大沢の忍びになるに十分な芯を持ち合わせている。ならば、大厄災においても役に立つはずである。

「お前たち、これからどこへ向かう?」
「決めておりません……」
「そうか、ならば俺が一年先より世話になる地がこの先にある。小笠原の領地 は岡本様の家臣で佐々木藤十郎と言う男を頼るが良い。ただし、近い先に命を懸けて戦う日が来る事となる、それで良いのならだが」
「喜んで参ります」
「そうか、向こうでは建築に人手を要しているから、懸命に働き俺を待て、培った体術を教えてやろう」
「願ったり叶ったり!」

 事細かに道を教えていれば、すずは難しい選択に迫られているようだ。干飯や干し肉がもうない事は知っている。ならば籠の中には調理が必要な物しかない事も当然分っている。時折、胸元に括り着けた饅頭を抱えているから、それを手放すか否か決めかねているのだろう。

「藤十郎殿には急ですまないと詫びておいてくれ」
「承知しました」
「……したら、道中腹減ったらいけねえから、これ持って行くと良いだよ」

 そう言いつつ胸元に括り着けていた結びを解いていた。

「旨い饅頭だで、お琴様が作ってくれたんだ。あ、お琴様ってのは藤十郎様の奥方様だで、とんでもなく美しいんだ……そうでねえ、饅頭の話だった。この饅頭さ小豆と胡桃が蜂の巣蜜で甘いんだ……三つあるから喧嘩しねえで分けてな」

 饅頭の包みを霞に渡すと、気の毒になる程悲しげな表情であった。

「偉いぞ、よく決断したな」
「……おら、他に食う物さあるだで良いんだよ、饅頭さおさらばしただ……悲しくねえもの、ほんとだで、ちっとも悲しい事ねえだ……平気だで……だからおさらばしただ」
「……あ、有難う……でも、本当に良いの?」
「良いんだ、それ食って無事に上郷まで行ってほしいだよ」
「ありがとう」

 饅頭とこの娘に、如何なる因果があるのか知る由もない二人は互いに顔を見合わせつつ、心配そうにすずを眺めていた。



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