鏡の守り人

雨替流

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第十三話 饅頭

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 古びたみのを着け長弓と矢筒を背に掛ければ、山賊共が巣食う根城へと向かった。無論、忍びと悟られない様に武器は弓と短刀のみとなる。

 八棟の半壊しかけた家屋からは何れも煙が上がっている。大雨に紛れて身を隠しつつ接近すれば、大将が居るとされる家屋を念入りに観察していた。屋根に設けられた煙出しの位置は情報を得るに、まさに理想と言える。先ずは櫓の見張りを射殺ると、誰の目に触れる事無く屋根上へと跳んだ。

 慎重に足元の強度を計りつつ進み、煙出しまで行き身を屈めれば、古びた笠と蓑が上手い事、小平太の存在を消していた。煙出しから覗けば中では三人の男が向かい合う形で座して話をしている様子である。

「では、これにて」
「ご苦労」

 立ち上がった男は山師の恰好をしているが、藤十郎が言う通り明らかに武人である。恐らくは鈴川から伝言に来たのだろう。間もなく戸を開ければ正面となる櫓の見張りが居ない事に気付くはずである。

「おい、見張りの姿が無いぞ」
「何故だ、何処へ行った」
「ん? おい落ちて死んでいるぞ! 射られた!」
「何!」

 瞬く間に大騒ぎとなった。其々の家から賊共が飛び出し、姿なき襲撃者を探して居るようだが見つかる訳もない。

「くそ! また奴らか!」
「その様に!」
「くっそ、この場所を探り当てたか!」
「おい! 見張りを増やせ! 次は必ず捕らえろ!」
「へい!」

 予想通り見張りの数が大幅に増えたが問題も無い。邪魔になる一人を始末すれば誰の目に触れる事無く、その場を立ち去った。

「藤十郎様がこんなにいっぱい、色々持って来てくれただよ」
「貴重な品々すまんな」

 板の間には雑穀に豆類、それに芋などが積まれていた。藤十郎は笑みを見せ、すずがもてなした薬湯を啜っていた。

「毎度馳走になる身としては当然の事、気にするな」

昼の支度をしながら報告をすれば静かに聞き入っていた。

「噂の伝達が思ったよりも早かったな」
「あぁ、しかも根城が狙われていると解ったんだ、何かしら動くはずだ」
「なるほどな」
「夜にもう一度行けば、奴らさらに焦るだろう」
「頼む」

 雨は小康状態であったが、すぐに降り出す気配である。笠と蓑を着ければ闇へと消え根城へ向かった。二人を始末すれば、再び煙出しから中の様子を伺っていた。

「くそ、今日はやけに痛む」
「まぁ、奴らも明日までの命、その手で殺せば痛みも少しは癒えるのではないか?」
「そうだな、死ぬほど後悔させてくれるわ」
「しかし、山賊対策を理由に、関を設けるとは考えたな」
「時が無い、先ずは邪魔者を一掃せぬ事にはどうにもならんからな」

 小平太の読み通り鈴川が動いた様だ。ならばそれを利用し、一気に事を進めるだけである。偵察は充分と見て邪魔となる二人を射れば、静かに立ち去ったのであった。

 次の日の昼、頃合いを見て雑炊を焚いていれば、間もなくして藤十郎が現れた所である。雲の動きからして天気が回復するのは明らかだが、山道の泥濘ぬかるみが解消するまではもうしばらく要する。

「動いたぞ」
「昨夜聞いたが、関を作ったようだな」
「あぁ」

 すずが薬湯を持ってもてなすと、藤十郎は懐より取り出した小さな包みをすずへと渡した。

「小豆と胡桃が入った饅頭だ、蜂の巣蜜で甘くしてあるから旨いぞ」
「……ま、饅頭だか……おら、本物さ初めてだ……」
「良かったな」

 目は見開き、両手にした饅頭は包みごと微かに震えているから、余程の衝撃に違いない。

「なら、早速食べてみると良いぞ」
「……い、良いだか……?」
「もちろんだ」

 見た事さえなかった饅頭を貰い余程に嬉しいのであろう、その表情を見れば明らかである。間もなく包みを開ければ、薄茶色の饅頭に目を輝かせて見つめると、今度はその香りを堪能していた。やがて口を大きく開けば、その味を確かめる様に噛みしめていた。

「……、……」

 驚きのあまり、目は見開き両手にしている饅頭はわなわなと震えていた。ようやく藤十郎の方を向いたのだが、その動きはかくかくとしており滑稽である。

「どうだ?」
「と、と、と、とんでもねえ……旨えなんてもんでねえ……、……」
「それは良かった」
「……信じらんねえ……世の中さ、こんな旨い食い物さあっただか……」
「わはは、本当に良い子だな」
「言っておくが俺の子では無いぞ」
「あぁ、分っている。茸の毒に当り助ける事になったのだろう、お主なら間違いなく引き受ける」
「そんだけでねえだよ。小平太様、盗賊からおらの村守ってくれたんだ。風みてえに突然やって来て、あっという間に全員やっつけたんだ」

 少し寂しい表情を見せたのは故郷を思い出したからに他ならない。

「ほう、それは凄いな」
「此処に来る途中の寺でも大勢の野伏せりさ、あっという間にやっつけて、偉いお坊さんがたまげてたんだで、だからお礼にってどこの寺でも泊めてもらえんだ」
「なるほど、それで寺の宿所に居るのか」
「おすず、話に夢中していると、折角貰った饅頭に逃げられるぞ」
「……饅頭さ足さえてねえから逃げねえもの」

すずはそう言いながら嫌な顔を見せていた。

「わはは、違いないな」

 鈴川に自白作用のある煙を嗅がせ、事の全てを自白させれば話は早い。しかしその手段を小笠原に問われれば、忍びを持っていない筈の岡本としては、おかしな話となる。かと言って他国の忍びに手伝わせたと知れれば、岡本の信頼は地に堕ちよう、重大なる内情を漏らしたのだから、唯で済む筈もない。故に面倒ではあるが、敵を揺さぶり尻尾を出させる以外に策は無いのだ。

「周辺の道の出合に関を設けて身元改めを行っている、恐らくは根城の周囲に兵を置いたはずだ」
「それは好都合」

 山賊が大取村を襲撃した件は、既に小笠原へ報告されていると藤十郎より聞いている、ならばその報告を利用して揺さぶりを掛ければ良い。

「で、これよりどう動くつもりだ?」
「山賊対策に対して前触れなく視察が現れたらどうなる?」
「驚くだろうな」
「しかも、隠しておきたい根城の方角へ興味を示したら?」
「混乱を極めよう、ましてや山賊を守っていたと知られれば終わりだ」
「怪しまれては元も子もない、その日のうちに黒幕たちと連絡を取るぞ」
「見事だな」
「指揮は、お前さんが取れるか?」
「あぁ、任せてくれ」
「俺の方は混乱に乗じて山賊の大将を生け捕りにしてくる。こいつには煙で全てを自白して貰おう、大取の先の四つ辻で待っている、引き取りに来てくれ」
「分かった」
「あとは小笠原の忍びに任せよう、伝令は視察が屋敷を離れた直後に動く筈だ、それらは複数いると思って人数を充ててくれ、一発勝負だ見失う事無きようにな」
「承知した」

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