鏡の守り人

雨替流

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第十二話 止まぬ雨

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 翌々日の昼、産みたての卵と野菜で炊いた雑炊が出来上がる頃、これ程雨が降ると言うのに馬の嘶きと共に、その足音が近づいて来た。明り取りの格子から探り見ればみのを着けた騎乗の者が一人、真っすぐ此処へ近づく所であった。

 男は軒下に馬を繋ぐと、塗り笠を取り蓑と一緒にそこに吊るしていた。軒下の乾いた土は滴り落ちる水滴によって瞬く間に色濃くなった。

 こちらに向き直った男は紛れもなく、一昨日前の弓手の男であった。しかしその姿は山賊などではなく武人であった。

「御免、邪魔をする」
「何用か?」

 男は笑顔を見せていた。

「やはり、寺からの客人とはお主であったか」

 あの時、小平太が旅姿で無かった事に加えて、間もなく降り出した大雨を考えれば、この山村に滞在している可能性が高いと踏んだらしい。村の者に聞けば寺の宿所に客人が泊っていると聞き、もしやと思い尋ねてきたようだ。

「中々の推測だな、折角だ中に入ると良い。丁度昼餉を食うところだ一緒にどうだ」
「だぁぁぁ! 武人様だで! こんな近くで見んのおら初めてだ!」

 すずの興奮に笑顔を見せた男は、小笠原に与する岡本家の武人で、佐々木藤十郎ささきとうじゅうろうと名乗った。

 湯気が立つ雑炊をすずが椀に注ぎ入れ、差し出すと、藤十郎は屈託のない笑顔ですずに礼を言い小平太には頭を下げた。

「改めて礼を申す」
「役に立ったのなら何より、それより熱いうちに食った方が旨いぞ」
「旨そうだ、遠慮なく馳走になる」
「ところで、この大雨の中わざわざ礼を言いに来た訳ではあるまい」

 雑炊が旨かったのだろう、藤十郎は感心しつつ熱いそれを夢中でかき込んでいた。

「実は今一度頼みがある」
「悪いが断らせて貰うぞ、他国のまつりごとに関わるは命取りと成り兼ねん。見ての通りか弱き連れが居るしな」

 身の安全を考えれば当然の事である。これ以上深みに関わるは危険と見て間違いも無い。多くを耳にし手を貸すはお人よしとなり、捕らえられ口封じされる事は軽く想像がつく。小平太一人であれば逃げられようが、すずが居るのだから難しくなる。

「我ら岡本の人間は恩を仇で返す事は天地身命に誓って無い。我が殿はそう言う御方だ」

 しかし、藤十郎と言うこの男が信頼に値する事は紛れもない。ならば此処は一つ、その頼みとやらを聞いても良いのではないかと、勘が訴えているのだ。

「そうか、ならば話を聞かんでもない」
「したらおら、聞こえねえよう向こうの方さ行ってるだよ」
「いや、娘御構わぬ。突然押しかけた上に飯を食い、挙句に気を使わせてしまったな、許せ」
「良いだよ武人様」
「藤十郎だ、覚えておいてくれ」

 すずは信じられないと言わんばかりの表情で目を見開いていた。何せ武人の名を直に教えて貰ったのだ、ならば名を呼ぶことを許された事となるのだ。

「な、名前で呼ばせて貰って良だか?」
「もちろんだ」
「お、おら、すずだで……」
「おすずちゃんか、良い名だ」

 すずは嬉しさのあまり、身体は硬直し手をわなわなとさせていた。

 事の始まりは山賊が人手を集めていると、妙な噂を耳にした事がきっかけの様だ。山賊が数を集めているのだから物騒でしかない。故に藤十郎は命じられ三か月に及び潜伏していたと言う。

「しかし奴ら慎重でな、狙いも何も一切口を開かないどころか、仲間入りしたその日から外出を禁じ、四六時中監視される羽目となった。あれには参ったぞ」

「で、一昨日の決行は当日聞かされるも、目的は解らずか」
「その通り」

 三か月の間で藤十郎が目にしたものと言えば、頻繁に訪れて来る山師の為りをした武家の者であったらしい、そして数日前に弓や槍が届けられれば突然の決行となったようだ。

「屋敷に戻り何か解ったのか?」
「あぁ、驚いたぞ。小笠原の大殿は今別邸に居るのだが、そこは此処と目と鼻の先、あの急流を渡る事が出来れば急襲が可能となる」
「なるほどな」
「うむ、お主の言った通り、とんでもない大事が隠れておった」

 木材は幾らでもあるのだから、急流に橋を渡すくらい容易い事である。山賊制圧を名目に兵を挙げ秘密裏に橋を渡し行けば、小笠原の警戒網に触れる事無く急襲が可能となるのだ。

「しかしどう考えても、鈴川だけで事を成し遂げる事は不可能。それに鈴川にはその様な大それた事など出来るような大物ではない」
「恐らく黒幕と協力者が内部に居るぞ」
「我が殿も同意見であった」

 ならば、大事となる前に裏切り者を一網打尽にするしかあるまい。内乱となれば事は重大となるのだ。

「そこでお主の力を借りたい」
「何をすれば良いのだ?」

 この情報は急ぎ小笠原にも伝えられたが、誰が裏切り者か知り様の無い今、事は慎重を要する。話が漏れないように急遽、藤十郎が仕える岡本と小笠原の限られた人間のみで話し合いがもたれれば、本丸は動かずに岡本がすべての権限を持った。小笠原からは秘密裏に忍びが派遣されたと言う。

「鈴川と山賊が動いたという事は、黒幕は既に準備が整っているという事になろう」
「そうだな」

 時間稼ぎをする事で、黒幕と協力者を探るのだと言う。最初の駒となる山賊が動けない限り、鈴川も黒幕もその協力者も動けない。しかし、小笠原氏が別邸に居る期間は決まっているから焦りも募る。ならば連絡を取り合うに違いが無いのだ。

「焦らすのか」
「うむ」

 藤十郎は屋敷へと戻り、事の次第を報告した際に小平太の存在を明かしたと言う、信用に値する人物であるとして話し合いがもたれれば、全員が一致で小平太の起用を求めたと言う事であった。山賊を翻弄し時間を稼ぐとなれば、腕の立つ小平太が適任なのだ。

「無論、礼はする」
「いいや、それには及ばん、それより鈴川の耳に入る様にそれとなく噂を流して欲しい」

 主を失い路頭に迷っている武人は多い、ならばそうした者達の売名行為を利用するのが賢明である。藤十郎に頼んだのは、山賊狩りで名を売ろうとする者達がこの近辺に居るという噂の流布である。これによって山賊は単独の犯行とは思わなくなるのだ。ならば動きも取りやすい。

「賊は残り三十八人、しかし加減を頼む」
「任せておけ」

 藤十郎は間を置かず懐より紙を取り出すと、それを広げて見せた。そこには土地勘が無くても困らぬように解りやすい地図が描かれ、山賊たちの居住の配置が記されてあった。

「案外近くに潜んでいたな」

 根城は狩人が暮らしていたと思われる廃墟らしい、周囲には身を隠す場所も多いと言う。

「必要な物は全て揃えよう、何でも言ってくれ」
「長弓、それに使い古した笠と蓑がいる、折角だから潜んで敵の話を聞いて来てやろう」
「助かる。それよりおすずちゃんだが微熱があるのではないか? 良ければ薬師を連れて参るぞ」
「問題ない。珍しい茸にあたっているだけだ、俺の里まで行けば投薬で治る、今がその道中だ」
「そうか、斯様な大事に足止めをさせてしまったな、許せ」
「気にするな、雨が止まぬうちは此処に居る予定だった」
「そうか」

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