鏡の守り人

雨替流

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第六話 一宿の恩

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 小平太の足であれば、この地より六日もあれば隠し里へ辿り着くも、旅の経験すらない十歳の娘の足ならば、軽く見てもその数倍は要する事になる。天候次第では更に日が掛かるが仕方も無い。

 替えの着物などを入れた平包みを背に掛けると、身丈にあったあかざの杖を手に準備は整ったようだ。この杖は藜と言う植物の茎を乾燥させたもので、非常に軽い事からも旅の杖として使われる事が多い。村の皆に見送られた娘は何度も振り返り、大きく手を振っていた。

「おすずと言ったな、無理をせず疲れたらすぐに言うのだぞ」
「よろしくお願いしますだ」

 村の衆が助け合い集めた銅銭は僅かであったが持たされた。小平太はこの道中、野宿であったが、小さな娘にとっては過酷となる。秋も半ばに差し掛かった今、標高が上がればそれなりに寒いのだ。小平太は道中に有った神社仏閣の位置を順に思い返せば、その距離を測っていた。娘の足でも陽のあるうちに最初の山寺へ辿り着ける筈である。娘一人であれば屋内に泊めてくれるに違いない。

「変だな、そう言えば朝から皆の姿が見えねえだ……毒の所為だでかな……?」

 すずは不可解な表情で頭を傾げていた。

「皆の姿とは誰の事だ?」
「光だで。人でも動物でも、魚でも木でも草でも、生きているものには光があるだよ。皆きらきらして挨拶してくれんだ」
「ほう」
「きれいだで、おらいっぱい元気になるだ」
「それは楽しそうだ」
「んだ、毒さ消えたら、また元に戻んだでか?」
「戻ると良いな」

 不思議な事を言う子供は多い。それは一種の自己防衛的なものであろう、辛い現実を本能的に空想で紛らわして、精神状態を保つのである。忍びの修行について行けなくなった子供の多くに、その傾向が見られた為に良く知っている。

 休息を多めに取りつつも歩き続ければ、陽が未だあるうちに最初の目的地として目指した山寺へと辿り着いたところである。しかし、小平太はそこに只ならぬ殺気を感じていた。

「おら知ってるだで、偉い人には様ってつけて呼ぶんだ、だから小平太様って呼ばせてもらうだよ」
「そうか、随分と物知りだな」
「んだ、遠い遠い北国から来た、偉い坊様に教えて貰ったんだ」
「なるほどな、ところでだが少しの間、俺の後ろに身を隠しておれ」
「なんだで、なんかあるだか?」
「いや、念のためだ」

 山門の屋根上より弓手の気配が三つと、その奥には中々にして豪胆な気が二つ、こちらに向けて放たれている。寺の僧であれば薙刀か棒術の使い手であろう、間もなく敵意が無いと解ったようで、弓手が構えを解くと豪胆な気配も薄くなっていった。

「御免」
「何用か?」

 娘だけを一晩屋根の下に泊めさせて欲しいと伝えれば、少し考えた表情を見せた後に奥へと消えていった。

「……あの坊様、おっかねえ程無口だで」

 無論小声である。

 程なくして現れた人物は此処の住職である。事情を説明すれば目元を弛め大きく頷いていた。

「一晩位であれば、お二人とも屋根の下で休んで下さい。無論金子は不要」
「かたじけない」
「小平太殿と申されたか、貴殿と出会えた事は水沢の民にとっても、こちらの娘さんにとっても不幸中の幸い。本当に良かった」
「いや、もう少し早く襲撃を抑えていれば、この娘も斯様には苦労せずに済んだはず。少々遅く御座いました」

 住職は感心した様子で小平太を眺めていたが、やがて静かに口を開いたのである。

「休んでくれとは申しましたが、実の所この寺も安全ではありませんでな、何かあった時には直ちに知らせますので、その時はすぐに此処を離れて頂きたい」

 僧たちが構えていた理由である。しかし小平太が僅か一人で大勢の盗賊を討つ程の手練れと聞きながらも、加勢を願うのではなく逃げろと言うのだ。ならば一宿の恩を先に返すまでである。

「何か困りごとであれば力になりましょう、こちらで敵襲に備えているのは僅か五名、敵もそれは承知の筈」

「……これは驚いた……我らが戦力すでにお見通しか」

 単なる山賊や盗賊とは違い、野伏せりとは武人が盗賊と化した集団である。腕に覚えのある者が殆どとなるから、中々手強い相手となる。この寺はすでに何度も襲撃に遭い、怪我人が続出しているようだ。

「奇襲する故、手助けは無用」
「なんと! お一人でと申すか」
「味をしめた上に自信もある、ならば警戒心は薄い。陽のあるうちに敵の仔細を知りたいので、近くまで案内頂きたい」

 ボロな籠を借りて、僅かな干飯ほしいや布切れを入れると、小坊主の案内の元、根城としている村の近くまで来た。小坊主を帰し、体躯を悟られぬよう猫背となり疲れた足取で根城まで来れば、辺りをきょろきょろと見回していた。

「おい、そこのお前、何か用か?」
「あ! これはいがった、道をお聞きしてえだ」

 遠くから観察するよりよほど正確な情報を得る事が出来るし、相手の能力さえも確かめられるのである。

 男は目を細めて観察していたが、間もなく面倒くさそうに腕を組むと、小平太を威圧するように眺めていた。

「何処さ行く」
「この近くに山王寺って、ありがてえ寺があるらしいんだが、見つからねえんだ」

 男は表情を変え、何か楽しみでも見つけたように浮足立った。

「そうか、あの寺に行きてえのか」
「寺の湧水が病人に効くって聞いたもんで」
「湧水を組みに行くのか、ところでお前何処から来たんだ?」
「飛騨の山奥だよ、四つになる倅が病弱で困ってんだ」
「飛騨っておまえ……」

 立ち姿や歩く姿勢を見れば、その者の素性は計れる。槍を肩に歩く六人の見張りも含め並みの腕であろう。屋敷の位置関係や周囲の配置なども把握すればもう用は無かった。

「まぁ、寺の場所は教えてやる、何か礼はあるのか?」
「すまねえだ、おら何も持ち合わせてねえんだ」
「銭の少しくらい持ってるだろ」
「それが全然……干飯と野草で凌ぎ、此処までやっときたんだ」

 そうは言っても何かあると考えるのが悪党である、乱暴に背中から籠を奪うとその中身を地に放り出した。

「あぁ、おらの大事な飯が……」
「お前本当に何もねえな」

 小平太に興味が無くなると、男は寺の場所を教え、乱暴に蹴り上げたのである。無論、自らも軽く跳び弱々しく蛙のように伸びて見せたのであった。

「僧たちに言っておけ、次は首を洗って待ってろってな」
「うぅぅ、痛えぇ」
「おい、聞こえたのか?」
「確かに伝えるだ、うぅ痛え」
「けっ!」
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