鏡の守り人

雨替流

文字の大きさ
上 下
4 / 57

第四話 中毒

しおりを挟む
 外の者達と同様に屋敷内でも同様な光景が繰り広げられていた。

「は、半兵衛、お、お前その顔……どうした……うっくく……やめろ……」
「な、何か……こ、この顔に……ご、ございましたかな……ぶっ!」
「こ、強面が……く、崩れてぎゃ、逆に怖い……だめだ……こっちを見るな!」
「やめろと……言われましても……どうやって……ぶっははは!」
「それにしても、お、おかしいぞ……この茸、毒か? ……ぶっ! 毒って……駄目だ、は、腹がよじれるぅっ!」
「や、奴を呼んで……呼んでぶっ! まいりま……ぶわっはははは!」

 そう言って、外の者に途切れ途切れに三次を呼ぶように命じれば、囲炉裏の間へと戻り異常なほどに乾いた喉を酒で流したが、直後に思い切り吹き出し腹を抱えて笑い始めていた。

 娘たちは今も震えつつ、その場に竦んでいたが、自分たちにも異変が起き始めている事に気付いたのである。身体は少し熱を帯び、腹の底から何とも言い難い笑いが込み上げてくるのだ。男たちは尋常でない程に笑いが止まらないも、自分たちも可笑しくなり始め、やがては肩を揺らしながら笑い始めていた。

 この茸を水沢では死茸したけと呼び、食せば死ぬと聞いていたが、笑い転げるような症状になろうとは想像もしなかったし、調理したその湯気を嗅いだだけでも中毒を起こすとは思いもしなかったのだ。解毒剤なんてある訳もないから、事は深刻を極めるのだが、それどころではない。死ぬかもしれないと考えただけで、火が付いたように可笑しくなってしまうのだ。

 村では外も屋敷の中でも笑い声が響いていた。見張り達は笑いの原因が茸の毒だとは知る由もないから、酒を食らって馬鹿騒ぎをしていると思っているのだろう、笑いの渦に目をやれば、舌打ちをしつつ警戒を続けていた。

 一方で、その水沢を目指す小平太は、村へと続く道を心静かに早足で歩いていた。間もなくすれば村の明かりも遠くに見えてくる頃合いであろう、感覚を澄ませ鼻を利かせてみれば、火を焚いた匂いが風と共に届いていたが、同時に微かにだが切羽詰まった只ならぬ悲鳴が耳を掠めたのである。しかもそれは、一人や二人のものではない、大勢の人の声であったのだ。

 これまでの道中、多くの不幸をその目にしてきたが、まさに今襲われている知れば放ってはおけまい、ましてや何かに導かれ目指してきた村である。賊の素性も人数も何もかも全く不明となるが仕方も無い。音も無く駆け出すと程なくして道端に二人の男を見つけた。

 盗賊の見張りで間違いはない。籠を降ろし持ち合わせているクナイと吹き矢を身に付ければ、懐の短刀の位置を微調整していた。間もなく音も無く闇に紛れて走れば、気配を消して盗賊達の話を聞いていた。

 忍びの基本の一つに情報収集がある。先ずは相手の能力に人数、それに得物を確認し地形を知る。優位に戦うための策を練るのは当然の事である。

 見張りの話では、しばらくは村の食料や酒で以て腹を満たし、散々に女を凌辱した後に立ち去る予定らしい。しかもこの者達は手荒な仕事が自慢の様である、ならば生かしておく理由はない。  

 都合よく、一人が小用を足しに道から外れた事で、その背後へと忍び寄れば、懐より静かに短刀を抜き、男の口を押えるのと同時に、脇から心の臓を一突きにしたのである。崩れ落ちる身体を支えて静かに横たえると、呑気に口笛を吹いている男の背後に立ち、その腕をねじり上げた。

「いででで!」
「悪党が此処で何をしている」
「くそ! 平助!」
「ん? 仲間ならつい今この世を去ったぞ」
「何!」
「もう一度聞くが、悪党が此処で何をしている」
「ぐぁ!」

 軽い音が響くと共に男の小さな悲鳴が漏れた、流石に大声を出せば命が無い事は理解しているらしい。

「心配ない、人体にはまだまだ骨がある、ではもう一度聞こうか」

 ギリギリと骨が軋み始めていた

「分かった! 分かったから待ってくれ! ……お、俺は見張りだ、この先で仲間が村を襲っている、俺はただの見張りだ、見逃してくれ」
「見逃せとな、ならば話を聞こう」

 村を襲撃している者共の人数と、その組成などを詳しく聞けば、もう一度人数など細かな事を聞き直し、嘘が無いか確かめるのだ。

「嘘は為にならない、解るな?」
「本当だ、嘘じゃねえ
「では、もう一つ聞こう、お前人を殺めた事は?」
「ない!」
「そうか、残念だ」
「ま! 待て、ちがっ……うっ……」

 所作からして武人が三人、身のこなしも軽く勘の利きそうな山人が二人、農夫と思われる者が四人、ふんどし姿で大騒ぎしている正体不明な者が十二人、そして不審な動きをしている者が一人であった、この者は足の運びから山人と思われる。

 見張りが言っていた腕に覚えのある頭と、もう一人の男の所在は少し大きな、あの屋敷の中である事は想像がつく。

 間もなくすれば、不審な動きを見せていた山人が手薄と言える場所へと向かっていた。恐らくは何か訳があり、そこより立ち去るに違いない。小平太は静かに背後に張り付くと、短刀を突き立て男の足を止めた。

「ひぃっ!」
「お前は何故逃げる? 何か火急な用でも思い出したのか?」
「お、お助けを……」
「なら答えて貰おう、仲間は何人いる?」
「二十五、おらを引いた数だ」

 見張りが言っていた事と一致しているから嘘ではあるまい。鼻の大きな男は更に聞きもしない情報を話し始めていた。見張りの発言同様に、屋敷内の二人はかなり手強い様だ。

「で、何故逃げる」
「得体の知れねえ毒茸を食わせちまったから、殺される前に逃げんだ」
「そうか、あいつら毒に当っていたか」

 山姿や周囲の環境が似ているだけに、あの茸が無いとは言えない。小平太はふんどし姿で大騒ぎをしている者達を見ていた。

「もしかして、此処の山で崖茸を見つけたのか?」
「崖茸知ってんのけ?」
「あぁ、しかしその崖茸は平坦な地に生えていた筈だ」
「その通りだよ、あれは一体何だったんだ?」
「色々と教えて貰った礼に俺も教えてやろう。平地に生える崖茸は猛毒だ。奴ら笑い苦しみながら最後には、もがき死ぬ事となる」

 この男は未だ人を殺めていない事は明白である、二度と悪事に手を貸さない様に諭せば、その場に逃がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

信玄を継ぐ者

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国時代。甲斐武田家の武将、穴山信君の物語。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

奇妙丸

0002
歴史・時代
信忠が本能寺の変から甲州征伐の前に戻り歴史を変えていく。登場人物の名前は通称、時には新しい名前、また年月日は現代のものに。if満載、本能寺の変は黒幕説、作者のご都合主義のお話。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...