追い出されて田舎でヘヴィーなスローライフを送るお話

バイオベース

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第二話③

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「だからね、これは良いお話なんだよ」
「やめてよ父さん。あたしにはまだ早いって」

 なにが早いものか、とハリーは憤った。
 野山に魔物が溢れるこの時代、何事も準備して早すぎるということは無い。
 特にハリーのような辺境に住む農夫は、いつ死んでもおかしくないのだから。

 ――だからせめて、今の内に娘の晴れ舞台を。
 つまりこれはそういう話だった。
 もうこんな話を何度したか分からない。
 しかしいくら縁談の相手を選りすぐっても、娘のカナンは首を縦に振らずにいる。

 だが今回の縁談以上の相手など、早々見つかるものではない。

「山向こうの村の『狩人ハンター』の人なんだがね。働き者で穏やかな性格だそうだ」
「まだあたし14よ? 早いってば」
「相手の年も近いから大丈夫さ。ルークのヤツと同じ16で――」

 そこまで口にした時に自分の失言に気が付いて、ハリーは思わず口元を抑えた。
 娘は恨めし気な目で睨んでいる。

「だからその兄さんが村に帰って来るまでそういう話は無し! 分かった?」

 後は口をへの字に曲げて押し黙ってしまった。
 まったく子供のやることだ。
 やはりまだ早いのかな、とハリーは少し逡巡するが、結局は「この縁談を進めた方が良い」と結論付けるに至った。

「アイツは都会で上手くやっているんだろう? もう数年は帰って来ないさ」
「……ならそれまで待つわよ」

 娘が「兄さん」と呼ぶ相手は、本当の家族では無い。
 三年前までこの村に住んでいた男のことだ。
 彼の両親が亡くなってからは、ハリーたちと家族同然の付き合いをしていたものだ。

「約束したんだし」

 拗ねるようにカナンはそう言葉尻に付け加えた。

 良くある話だ。
 いつか故郷に戻ったその時には、二人で結婚をしようと。
 当時11と13の子供が互いに交わしたそんな他愛のない言葉。
 旅へ出る彼を必死に引き留め、半ば強引に結んだ口約束だ。
 本気にしているのはカナンぐらいのものだろう。

(アイツがこの村に居てくれたならそれでも良かったんだがな……)

 それならそれで良いと昔は思っていた。
 しかしそんな展望は三年前のあの日に変わってしまったのだ。

「きっとこれも神さまのお導きなんだよ」

 この国では13の齢を迎える年になると決まって教会で『職業クラス』の適正を調べる。
 『職業クラス』とはこの厳しい世界で生き抜くために神が与えた恩寵。

 三年前ルークは『召喚士サモナー』という職業クラスを与えられ、念願の冒険の道へ進んだ。
 きっとそれは運命だったのだろうとハリーは考えている。

 そしてそうであるなら、娘カナンに与えられた職業クラスもまた神さまのご采配だ。

 カナンに与えられた職業クラスは『薬草師ハーバリスト』だった。
 野山で草やキノコを集め、生活に役立つ秘薬を作り出す職業クラスである。
 これが『戦士ウォーリアー』や『魔術師マジシャン』なら娘はルークを追って行く末の分からぬ旅路へ飛び出していたことだろう。

 しかし『薬草師ハーバリスト』は戦う術を持たない。
 お陰でまだ娘はこの村で安全に暮らしている。

 森や山に入る『狩人ハンター』と『薬草師ハーバリスト』はきっと相性が良いだろう。
 二人で村の安全を守れるし、いざとなれば新天地で再起を図ることも出来る。
 どちらものきく生業だ。

 だがいくら諭しても娘は聞く耳を持たなかった。

「手紙だっていつも貰ってるし」

 目を逸らしながらカナンは呟く。

 確かに近況を知らせる手紙なら今も定期的に届けられている。
 つい先日も自分たちと娘宛てに一通ずつ届いたばかりだ。
 だがそのことをもって彼が約束を覚えている根拠とするには弱い。

「兄さんったらスゴイのよ! レベルもそろそろ目標の40に届くんですって。子爵様の騎士様でも20ちょっとなのに」

 カナンは一転して子供のように無邪気にはしゃぎだした。
 だが親の目はごまかせない。
 これは不安が抑えきれず、自分を騙す為にそうして言い聞かせているのだ。
 ハリーは親として、あえて厳しくそれを指摘することにした。

「でもだからこそ、帰って来ない。本当は分かっているんだろう?」

 都会で成功した男が故郷を忘れる。
 これもまた良くある話だ。
 そんな世の中の厳しい現実ぐらい、良い加減知っている年ごろだ。
 夢から醒めるなら、早い時期の方が良い。

「……約束した」

 俯きながら、カナンは震えだした。

「帰って来るって、約束したんだもん……」

 今度こそ、それは完全に子供の癇癪。
 そのか弱くしおらしい泣き顔を見て、ハリーは男親として複雑な気持ちだった。

 そうして家の中をすすり泣きの声と、居心地の悪い沈黙が支配していたその時。

「ハ、ハリーさん! 大変だっ!」

 勝手に家の扉を開け放って、顔見知りの村民が飛び込んできた。

「なんでえ、藪から棒に。今取り込み中――」
「それどころじゃないんだよっ! 良かったなぁ、カナンちゃん!」

 男はカナンの方を見て、頷きながら微笑んだ。
 カナンは数拍の間呆けていたが、すぐに男の言わんとしてることに想像がついてぱっと笑顔を咲かせる。

「ルークの野郎が帰ってきやがった!」

 そしてハリーはというと、ばつが悪そうに頭を掻きむしっていた。
 これも神さまのお導きってやつか、と口の端をぴくぴく動かしながら。

「行ってやんな」
「ありがとう、父さん!」

 はしゃぐ子猫のような娘の後ろ姿を追いながら、ハリーはどこか嬉しそうだった。
 やっぱりまだウチの娘は子供だな、と。

 そしてゆっくりとした歩みで、ルークが居ると言う村の入口まで移動する。
 道中、初夏の花など楽しみながら。

 そして目的の場所にたどり着いた時、右手を上げながら人影に声を掛けた。

「おうい、ルーク……?」

 しかし一緒に張り上げようとした声は尻すぼみに消えていった。
 何かがおかしい。
 村人は遠巻きに半円を描きながら道を開けている。
 娘とルークの再会を祝福してくれているのだろうか、とも思ったがどうにも空気が冷たい。

 怪訝に思いながら、ハリーは目を細める。
 そこにいたのは、娘カナンとその思い人ルーク――そしてその腕に絡みつく満面の笑みの美女。

「誰よその女」

 その今まで聞いたことも無いような娘の低い声を聞いて、ハリーは「ウチの娘も女なんだな」と逃げ出したいような気持に駆られるのだった。
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