上 下
3 / 9

第一話②

しおりを挟む
「陛下、『バスティオン』が登城致しました」
「うむ、通せ」

 大岩のような顔を作りながらも、ダラントの王は内心の喜悦を隠せずにいた。
 しきりに髭を撫でては口角が吊り上がるのを誤魔化している。

 ダラントが有する幾つかの冒険者徒党の内、もっとも目を掛けていた『バスティオン』。
 それが天使の召喚に成功した。

 これは快挙である。
 単純に戦力になるというだけでなく、王の配下が神の使いを有すると言う事実。
 それは諸国に多大な影響力を持つ教会に対する掣肘にもなる。
 その為王はこれを機に『バスティオン』の若きリーダーをダラントの勇者として公認することに決めたのだった。

 勇者というと大層な肩書に聞こえるが、その実各国それぞれにそういった者は存在する。
 魔王復活の託宣を受け、教会が世界に向けて勇者を求めてからというもの、そういった状況に陥ってしまった。

 なにせ勇者に客観的な資質など無いのだ。
 現状では稀有な職業クラスを持つ精鋭、言ってしまえば「それっぽい」人間を指名する他無い。

 しかし、天使。
 そこにこれが加わるのであれば、一気にその信ぴょう性は増すのである。
 当然それらの上に立つ王の名も。

「ライネル殿は拾い者でしたな」

 そう耳打ちをする大臣に頷きだけを返す。
 口を開くと笑いが飛び出してしまいそうだったからだ。

 『バスティオン』のリーダー、ライネルはヴァプソム伯爵の三男坊。
 『剣豪セイヴァー』としての剣の腕前だけでなく、少しは政治にも通じる人物である。

 ライネルは魔王だけでなく、戦後の立ち振る舞いも考える程度の頭もあった。
 稚拙ながらも宮廷工作もするし、賄賂も使う。
 敵を作らぬようにほどほどに貸しを作るなど、王から見ても小器用に動いていた。
 だからこそ、自身の末姫との関係も黙認している。

 色々と都合の良い男だ。
 これが天使を手中に収めるのならば、王としても具合が良い。
 すべての権威を彼に集めた上で、安全に王の駒として使う。
 教会が政治に口を挟もうとしてきても、彼を盾に黙らせることが出来る。

「しかし召喚士は見逃してもよろしかったのでしょうか?」
「構わぬ。所詮は平民よ」

 ライネルも当初は天使を召喚した男を口封じしようとしたが、それは王が止めた。
 同情などでは無い。
 単に天使に気取られたり、教会に詮索されるのことを嫌ったからだ。

 同様に者は幾らでも居た。
 仮にその者が騒ぎ立てても枯れ木に埋もれるというものだ。
 天使を召喚した証拠など何処にも無いのだから。

 そうして王がこれからの展望を夢想している間に『バスティオン』の面々は謁見に顕れた。
 その隣に気高き黄金――天使を従えながら。

 謁見の広間には王国の名だたる重鎮のみならず、王都の枢機卿の姿もあった。
 厳粛にして敬虔な陽光教徒で知られる彼は、目から感動の涙すら流している。
 王はそれを見て高らかな春の陽を仰ぐような心持だった。

「面を上げよ」

 そうして表面上は粛々と式は進行していく。
 ライネルは幾つかの問いに答え、王国への忠誠を新たに誓い、最後に王がそれに応える。

「ではこれよりそなたをダラントの――」
「お待ちください」

 しかし王のその宣言を遮る者がいた。
 無礼な、とは誰も言えない。
 王の言葉を遮ったのはこの場の陰の主役、ライネルの傍らに立つ天使だったのだから。

「お、おお。天使ハリエル殿。何かこの場で告げたい事柄でもあるのかね?」
「失礼ながら、王のお言葉に前に一つ問いただしたいことがございます」

 ハリエルはにっこりと狂暴な笑みを浮かべていった。

「ワタシの契約者、ルークさまはどちらにおられるのでしょうか?」

 呼び出されてあの日から一度も会っていなくて、と何処か底冷えのする声で天使は告げた。
 王は何故だか藪を突くような気持ちになったが、自分の言葉で答えるのが嫌でライネルに視線を向けた。

「……彼は故郷の村へ帰りました」

 ライネルは露ほども表情を変えずに言った。

「ここまで頑張ってきたが、もう魔物と戦うのは厳しいと。それで私にアナタを託して彼は去ったのです」

 誰もがそれを聞いて臆病な、と思ったが同時に納得もした。
 天使を召喚するのに多大なる代償が必要だと言う話も事前に聞いていたからだ。
 ならば弱った体で臆病風に吹かれても、平民なら仕方なかろうと。

 しかし、ハリエルの声音は変わらなかった。

「あらあら――嘘はイケませんよ?」

 否、先ほどより更に温度が下がっている。
 しかしライネルもまた表情を変えずに言葉を返す。

「あなた方使徒サーヴァントが召喚主の魔力を必要とするのは顕現するその時だけの筈です」
「それはその通りですが、ワタシの問いの答えにはなっていませんよ? もう一度聞きます、彼はどこですか?」
「失礼ながら直截な言葉をお許しください。どうか平穏を望み、私たち仲間に全てを託した彼の気持ちを慮っては下さらないでしょうか?」

 語気を強めた言葉に、枢機卿が思わず怒りの呻き声を上げる。
 ハリエルはそれを笑みで制し、再度問いだたした。

「――これが最後です。誠実なお答えを」

 だがライネルは残念そうな顔で首を振るばかり。
 彼は臆病風に吹かれて逃げ出したのだと。

「天使は人に試練を課すものです。どうかお許しを。勇気を持って答えて欲しかったのですが……」

 ため息交じりのハリエルのその言葉に、誰もが安堵した。
 ライネルの言葉は正しく、天使は自身の非礼を詫びたのだと。
 しかし、実際はそうでは無かった。

「人語を解する者が稀なので一般には知られていないでしょうが、使徒サーヴァントと召喚主は強い絆で結ばれているのです」

 そう言って天使は王へと微笑みを向ける。

「例えば召喚主が害されれば、即座にそれを知ることが出来ます」

 王の心臓が氷の矢で穿たれたように跳ね上がった。
 つまり、それは――。

「ここまで言えば分かりますね。あの日あなた方がルークさんと
「そ、それはどういうことでしょうか?」
「私を呼び出したことでルークさんは居場所を追われた、ということです」

 たまらず声を上げた枢機卿に、ハリエルは頬に手を当てながら悲し気に目を向ける。
 具体的に何があったか、それは想像に難くない。

「さて、それではもうワタシは行きます」
「お待ちください! ど、何処へ行くと言うのです!?」
「無論、我が真の主の元へ。……最後に仮初でも、彼のように勇気を示して頂きたかった」

 最後の言葉は、絶望の表情のライネルへ向けて。

「――高潔な精神を持たぬ、勇無き者は勇者たりえません」

 周囲が止めるも耳を貸さず、ハリエルは翼を広げた。
 そして召喚された時と同じように辺りは光に包まれ、消える。

 枢機卿は空を掴む仕草をゆっくりと二、三度繰り返した後、ゆっくりと王の顔を見た。

「……これはどういうことでありましょうか」

 その顔は地獄の幽鬼もかくや、という有様だったという。



 ダラントの悲劇。
 時によっては喜劇、と呼ばれるその珍事が人々の口唇に上るようになったのはそれからすぐの事であった。

 浅はかな欲の為に仲間を裏切ったダラントの勇者。
 そしてそれに顔を潰された王。

 ――天使に見放された王国。

 この事件によってダラントの情勢は静かに、しかし大きく変わっていくこととなる。
 王はこの件について居合わせる者すべてに戒厳令を敷いたが、人の口に戸は立てられぬ。
 ましてや部外者である枢機卿が、この件についてもっとも憤っていたのだ。

「す、すぐにその若者を呼び出すのだ!」

 そう命を飛ばすも、混乱が収束するにはまだ幾ばくかの時間が掛かるのだった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

転生したので、とりあえず最強を目指してみることにしました。

和麻
ファンタジー
俺はある日、村を故郷を喪った。 家族を喪った。 もう二度と、大切なものを失わないためにも俺は、強くなることを決意する。 そのためには、努力を惜しまない! まあ、面倒なことになりたくないから影の薄いモブでいたいけど。 なにげに最強キャラを目指そうぜ! 地球で生きていた頃の知識と、転生するときに神様から貰ったチートを生かし、最強を目指します。 主人公は、騎士団に入ったり、学園に入学したり、冒険者になったりします。 とにかく、気の向くままに、いきあたりばったりに書いてるので不定期更新です。 最初シリアスだったのにギャグ要素が濃くなって来ました。 というか登場人物たちが暴走しすぎて迷走中です、、、。 もはや、どうなっていくのか作者にも想像がつかない。 1月25日改稿しました!多少表現が追加されていますが、読まなくても問題ありません。

処理中です...