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エピローグという名の番外②
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カリンの割り当てられた仕事は農作業の手伝い。
それも本職の農家からすればすこぶる単調なものだった。
ヴァイス村の畑には噂の『豊穣』エレノアの植えた大量の作物が実っている。
それを片っ端から収穫し、指定の倉庫に運搬するというのが仕事の内容だ。
間違えようの無い単純作業。
それも肉体労働としては優しい部類。
その上厳しいノルマを課せられているわけでも無いとくれば、後はやる気の問題だけだった。
しかしカリンにとっては、それこそが大問題なのである。
「……めんどい」
人参を両手に三個。
それを倉庫に運んだ時点で、カリンのやる気など早々に尽きていた。
早々に本日の労働を切り上げる事を決め、倉庫に積み上げられた箱の上でぷらぷらと足を放り出している。
「ちょっとアナタ! この間もそうやってサボってたでしょ!」
当然、他の労働者仲間からのウケは悪い。
似たような境遇であろう見知らぬ女が、カリンに向けてさっき放置り捨てた人参を突き付けている。
「えー、でもぉ。こういう力仕事って男の人のものじゃないですか?」
「今の時代仕事貰えてご飯食べれるだけありがたいと思いなさいよ! つーか、お腹いっぱいご飯食べられるとか前住んでた村でも無かったわ!」
「私都会育ちなので……。こういうのは慣れてなくって……」
「慣れの要る作業じゃないでしょ!?」
作業に従事するようになってからこの三日、そんなやり取りの毎日だ。
――こんな面倒な小言を聞かされるぐらいなら真面目に勉強するべきだった。
カリンは自らの半生を振り返り、指先で詰まんだ砂粒ほどの後悔をする。
魔術の才が認められて王都の学院に入学したカリンだったが、肝心の勉強はサボっていた。
『お友達』との付き合いが忙しくて、それどころでは無かったのだ。
その上精霊に出会った後は、彼らに魔力を渡すだけですべてが解決していた。
如何に高価な宝石でも、磨かなければ石ころと同じなのである。
――ちゃんと学院で魔術を身に付けていれば、今頃楽が出来ていた筈なのに。
どこかズレた事を考えながら、脳裏に浮かぶのは『お友達』の姿。
「……そうだっ!」
ふとかつての仲間を思い出したカリンは、当たり前の真理に気が付いた。
人間とは、助け合う生き物なのだ。
「私、やっぱり男の人の方手伝ってきます!」
「え? う、うん。反省してくれれば良いのよ……」
困惑した顔で見送る女を後に、カリンは倉庫を飛び出した。
別に何か大それた策を思いついたわけでも無い。
カリンにとっての『当たり前』をするだけなのだから。
女慣れしていない田舎農夫など、カリンの手に掛かれば仲良くなるのは簡単な事だった。
しかも長い逃亡生活の中で、その手管は淫魔が関心するほどに上達している。
そうしてカリンは、ヴァイス村で久方ぶりのお花畑生活を満喫するのだった。
◆
「村役さん、あの人です」
しかし、花が散るのは早い。
男どもにちやほやされ、仕事をサボり、色々な物を貢がせていたカリンは女たちの怒りを買った。
それも情け容赦の無い村社会の女たちの怒りだ。
彼女たちはエレノアのような学院の貴族の子女などより、よっぽど直情的だった。
村社会で守るべきは内輪の連帯が第一で、お行儀や外聞などでは無い。
鼻の下を伸ばした男どもにも直接文句を言うし、時には倉庫の裏でカリンを囲む。
それも仲の良い男に泣きついて難を逃れてみれば、間を置かずに監督役にチクりにいく始末。
「むむ、困るなぁ。我の人事評価に響くでは無いかッ!」
それも呼び出したのは監督役の中で一番面倒臭い者。
常に己の村内評価を気にかけ、人間を見下している魔族のキリゴールだった。
「そんな、私そんなつもりじゃ……。頑張ってるんですけど……」
「んんっ? 頑張るなんて当たり前では無いか。頑張った上で結果を出す。それが社会と言うものでは無いか!」
いつもの調子で篭絡を試みるも、キリゴールはねちねちと説教を畳みかけて来る。
「チミねえ? そんなんじゃイカンぞ? 大体何でこんな簡単な仕事が出来んのだ?」
「私、町育ちで……。不器用だし、こういうのって慣れなくって!」
「誰が言い訳をしろと言ったのだ!? 全く、最近の若い者は!」
「ええ……? だってそっちが『何で』って聞いて来たんでしょ!」
「ええい、うるさい! 人の言葉のあら捜しをする暇はあるのに、与えられた仕事をする暇は無いのか!」
説教は半ば言いがかりに近いものになりつつあった。
どうやら日頃のうっ憤を、説教を言い訳にして晴らしているようだ。
「……というか、うん? 貴様の顔、どこかで見た覚えがあるぞ?」
怒涛の説教を打ち切り、キリゴールは胡乱な眼差しをカリンに向けた。
やばい、とカリンの直感が危機を告げる。
魔物の顔など見分けがつかないが、魔神軍に居た時に会ったことのある魔物だったのかもしれない。
そう思い至ったカリンは、反射的に顔を覆ってすすり泣き出した。
「そんなぁ! 私これでも一生懸命だったのに……!」
「か、カリンちゃん! 酷いぞお前ら!」
新しい『お友達』が二人の間に割って入る。
それから女たちと男どもの言い争いが始まり、全てはうやむやになろうとしている。
カリンが意図した事では無い。
本能が生み出した幸運である。
しかしそれ以上に、農村の女たちの底意地は悪かった。
「……というかさ? 平民のくせにこの娘ちょっと甘ったれ過ぎない?」
男の一人が「お前たちだって平民だろ」と突っ込みを入れると、女はにやりと顔を歪めた。
「そうじゃなくて、この村には他に歴とした『お嬢様』がいらっしゃるじゃない?」
それを聞いてキリゴールの顔はさっと青ざめる。
「そのお嬢様だってクワ振って畑耕してるのに、ねえ?」
「水桶なんて一番重いのよ? 幾らお嬢様しか畑を実らせられないからって、お辛いでしょうに」
「あーあ! 元貴族だって額に汗して働いてるのに、サボる平民がいるなんてねえ!」
わざとらしいまでの大声で騒ぎ立てる女たち。
それに顔を蒼くしたのはキリゴールだった。
「バカモノッ! 自分が何を言っているのか分かっているのか!」
そう叱りつけられるも、女たちは含みのある笑みを返すだけ。
分かったうえでやっている、という顔だった。
「この村でそんな事を言えばどうなる事か! お前たちにはヒトの心というものが無いのかッ!」
「えー、知りませーん。私たちはただ思った事を正直に言っているだけでーす」
カリンも男たちも、このやり取りの意味が分からずに首を捻る。
いや、カリンも本来ならこの意味を知る事が出来ただろう。
だが仕事をサボり、女たちからは爪弾きにされていたカリンがそれを知る事は無かった。
ヴァイス村最大の禁忌の存在を。
果たして、その答えは向こうの方からやって来た。
「……今お嬢様のお話されてませんでした?」
キリゴールの背後からぬ、っと這い出てきたのはいつぞやの受付をしていた村娘の姿だった。
さっきまでそこには誰もいなかった筈なのに。
「ひぃ」と小さな悲鳴を上げながら、キリゴールは無情に彼方へと飛び去って行く。
「あ、この娘の事です! 『お嬢様』だって働いているのに、この娘男の陰に隠れて仕事をサボるんですよ!」
「ちょ!」
カリンが言い訳を募ろうとするより早く、村娘はぐりんと不自然なまでの笑みを向けて来た。
「……ほう! お嬢様から賜った仕事を、蔑ろにする者がいると?」
「ち、違うんです。これには理由があって……。一生懸命やってるんですけど、私体力が――」
「ふんッ」
その弁明を途中で遮り、村娘は手の平から糸の塊をはじき出した。
カリンは済んでの所でそれを躱そうとするも、幾つかは体に当たってしまう。
鉄の杭を押し込んだような痛みに、カリンは呻き声をあげた。
ただの糸束とは思えない威力だ。
ふと躱した先を見てみれば、石が砕け飛び大地が抉れているではないか。
「ちょっと、なにすんのよ! 怪我じゃすまないでしょ、これ!」
かつて精霊がいた時、レベル上げをしていたカリンの体だからこそ耐えられたようなものだ。
だが村娘はカリンの抗議など一顧だにせず、薄ら笑いを浮かべて鼻を鳴らした。
「ちゃんと動けるじゃないですか、ええ? しかも残念な事に並みの男より頑丈と来ている」
「う……」
気まずい所を指摘された。
カリンが男たちの方に目を走らせてみれば、そこには愕然とした顔が並んでいた。
「人より動けるくせに、ただ楽をしたいから男にしなだれかかっていたわけですか?」
「ち、ちがうし……。女の子なんだから仕方ないでしょ!」
「私もお嬢様も同じ女だ」
その言葉と共に、村娘は無言でカリンの顔を叩いた。
握りこぶしで。
「や、やめっ! 顔は止めて!」
「なら腹の方にしましょうか」
「誰か助けて! 男の人!」
「この頑丈さ、絶対お前の方がレベルが上だろうがっ!」
村娘は周囲に衝撃破が発生するような勢いで、猛烈な拳を放つ。
大砲のような音が飛び、土煙が舞っている。
この光景には男のみならず、村娘を呼び出した女たちもが引いていた。
有無を言わさずこうも執拗な折檻を行うとは思っていなかったし、両者のレベルがそんなに高いとは思っていなかった。
とはいえカリンはレベルこそ高いものの、戦闘技術はからきしのようだった。
すぐに大地に膝をつき、目を回している。
それでも息も絶え絶えに、自分より遥かに弱いはずの農夫助けを求めるカリンに、村娘は呆れ気味に怒号を飛ばした。
「少しは自分の手足を動かせ……ッ!」
◆
・
・・
・・・
それからしばらくの間、カリンは村娘の直属の監視を受けながら村内の仕事に従事することになる。
しかしそれで易々と長年醸成されたこの性分が治る筈も無い。
度々仕事をサボリ、男に手を出しては折檻を受けることの繰り返しだ。
そんな問題のある人物が村のトップとの面会を許可される事などある訳も無い。
結局カリンは幾ばくかの食料を持たされただけで、冬を目前にヴァイス村を追い出されることとなった。
追放者たちの集まりで、本質的にはだだ甘いこの村にしては異例の出来事である。
その後のカリンの人生はようとして知れない。
だが場末の酒場や街角で、トラブルを起こす街娼の噂が度々聞こえてくるあたり暫くはしぶとく生き延びていたようである。
しかし、花の命は短い。
そして実もつけず枯れた花になど誰も見向きもしないモノだ。
それも本職の農家からすればすこぶる単調なものだった。
ヴァイス村の畑には噂の『豊穣』エレノアの植えた大量の作物が実っている。
それを片っ端から収穫し、指定の倉庫に運搬するというのが仕事の内容だ。
間違えようの無い単純作業。
それも肉体労働としては優しい部類。
その上厳しいノルマを課せられているわけでも無いとくれば、後はやる気の問題だけだった。
しかしカリンにとっては、それこそが大問題なのである。
「……めんどい」
人参を両手に三個。
それを倉庫に運んだ時点で、カリンのやる気など早々に尽きていた。
早々に本日の労働を切り上げる事を決め、倉庫に積み上げられた箱の上でぷらぷらと足を放り出している。
「ちょっとアナタ! この間もそうやってサボってたでしょ!」
当然、他の労働者仲間からのウケは悪い。
似たような境遇であろう見知らぬ女が、カリンに向けてさっき放置り捨てた人参を突き付けている。
「えー、でもぉ。こういう力仕事って男の人のものじゃないですか?」
「今の時代仕事貰えてご飯食べれるだけありがたいと思いなさいよ! つーか、お腹いっぱいご飯食べられるとか前住んでた村でも無かったわ!」
「私都会育ちなので……。こういうのは慣れてなくって……」
「慣れの要る作業じゃないでしょ!?」
作業に従事するようになってからこの三日、そんなやり取りの毎日だ。
――こんな面倒な小言を聞かされるぐらいなら真面目に勉強するべきだった。
カリンは自らの半生を振り返り、指先で詰まんだ砂粒ほどの後悔をする。
魔術の才が認められて王都の学院に入学したカリンだったが、肝心の勉強はサボっていた。
『お友達』との付き合いが忙しくて、それどころでは無かったのだ。
その上精霊に出会った後は、彼らに魔力を渡すだけですべてが解決していた。
如何に高価な宝石でも、磨かなければ石ころと同じなのである。
――ちゃんと学院で魔術を身に付けていれば、今頃楽が出来ていた筈なのに。
どこかズレた事を考えながら、脳裏に浮かぶのは『お友達』の姿。
「……そうだっ!」
ふとかつての仲間を思い出したカリンは、当たり前の真理に気が付いた。
人間とは、助け合う生き物なのだ。
「私、やっぱり男の人の方手伝ってきます!」
「え? う、うん。反省してくれれば良いのよ……」
困惑した顔で見送る女を後に、カリンは倉庫を飛び出した。
別に何か大それた策を思いついたわけでも無い。
カリンにとっての『当たり前』をするだけなのだから。
女慣れしていない田舎農夫など、カリンの手に掛かれば仲良くなるのは簡単な事だった。
しかも長い逃亡生活の中で、その手管は淫魔が関心するほどに上達している。
そうしてカリンは、ヴァイス村で久方ぶりのお花畑生活を満喫するのだった。
◆
「村役さん、あの人です」
しかし、花が散るのは早い。
男どもにちやほやされ、仕事をサボり、色々な物を貢がせていたカリンは女たちの怒りを買った。
それも情け容赦の無い村社会の女たちの怒りだ。
彼女たちはエレノアのような学院の貴族の子女などより、よっぽど直情的だった。
村社会で守るべきは内輪の連帯が第一で、お行儀や外聞などでは無い。
鼻の下を伸ばした男どもにも直接文句を言うし、時には倉庫の裏でカリンを囲む。
それも仲の良い男に泣きついて難を逃れてみれば、間を置かずに監督役にチクりにいく始末。
「むむ、困るなぁ。我の人事評価に響くでは無いかッ!」
それも呼び出したのは監督役の中で一番面倒臭い者。
常に己の村内評価を気にかけ、人間を見下している魔族のキリゴールだった。
「そんな、私そんなつもりじゃ……。頑張ってるんですけど……」
「んんっ? 頑張るなんて当たり前では無いか。頑張った上で結果を出す。それが社会と言うものでは無いか!」
いつもの調子で篭絡を試みるも、キリゴールはねちねちと説教を畳みかけて来る。
「チミねえ? そんなんじゃイカンぞ? 大体何でこんな簡単な仕事が出来んのだ?」
「私、町育ちで……。不器用だし、こういうのって慣れなくって!」
「誰が言い訳をしろと言ったのだ!? 全く、最近の若い者は!」
「ええ……? だってそっちが『何で』って聞いて来たんでしょ!」
「ええい、うるさい! 人の言葉のあら捜しをする暇はあるのに、与えられた仕事をする暇は無いのか!」
説教は半ば言いがかりに近いものになりつつあった。
どうやら日頃のうっ憤を、説教を言い訳にして晴らしているようだ。
「……というか、うん? 貴様の顔、どこかで見た覚えがあるぞ?」
怒涛の説教を打ち切り、キリゴールは胡乱な眼差しをカリンに向けた。
やばい、とカリンの直感が危機を告げる。
魔物の顔など見分けがつかないが、魔神軍に居た時に会ったことのある魔物だったのかもしれない。
そう思い至ったカリンは、反射的に顔を覆ってすすり泣き出した。
「そんなぁ! 私これでも一生懸命だったのに……!」
「か、カリンちゃん! 酷いぞお前ら!」
新しい『お友達』が二人の間に割って入る。
それから女たちと男どもの言い争いが始まり、全てはうやむやになろうとしている。
カリンが意図した事では無い。
本能が生み出した幸運である。
しかしそれ以上に、農村の女たちの底意地は悪かった。
「……というかさ? 平民のくせにこの娘ちょっと甘ったれ過ぎない?」
男の一人が「お前たちだって平民だろ」と突っ込みを入れると、女はにやりと顔を歪めた。
「そうじゃなくて、この村には他に歴とした『お嬢様』がいらっしゃるじゃない?」
それを聞いてキリゴールの顔はさっと青ざめる。
「そのお嬢様だってクワ振って畑耕してるのに、ねえ?」
「水桶なんて一番重いのよ? 幾らお嬢様しか畑を実らせられないからって、お辛いでしょうに」
「あーあ! 元貴族だって額に汗して働いてるのに、サボる平民がいるなんてねえ!」
わざとらしいまでの大声で騒ぎ立てる女たち。
それに顔を蒼くしたのはキリゴールだった。
「バカモノッ! 自分が何を言っているのか分かっているのか!」
そう叱りつけられるも、女たちは含みのある笑みを返すだけ。
分かったうえでやっている、という顔だった。
「この村でそんな事を言えばどうなる事か! お前たちにはヒトの心というものが無いのかッ!」
「えー、知りませーん。私たちはただ思った事を正直に言っているだけでーす」
カリンも男たちも、このやり取りの意味が分からずに首を捻る。
いや、カリンも本来ならこの意味を知る事が出来ただろう。
だが仕事をサボり、女たちからは爪弾きにされていたカリンがそれを知る事は無かった。
ヴァイス村最大の禁忌の存在を。
果たして、その答えは向こうの方からやって来た。
「……今お嬢様のお話されてませんでした?」
キリゴールの背後からぬ、っと這い出てきたのはいつぞやの受付をしていた村娘の姿だった。
さっきまでそこには誰もいなかった筈なのに。
「ひぃ」と小さな悲鳴を上げながら、キリゴールは無情に彼方へと飛び去って行く。
「あ、この娘の事です! 『お嬢様』だって働いているのに、この娘男の陰に隠れて仕事をサボるんですよ!」
「ちょ!」
カリンが言い訳を募ろうとするより早く、村娘はぐりんと不自然なまでの笑みを向けて来た。
「……ほう! お嬢様から賜った仕事を、蔑ろにする者がいると?」
「ち、違うんです。これには理由があって……。一生懸命やってるんですけど、私体力が――」
「ふんッ」
その弁明を途中で遮り、村娘は手の平から糸の塊をはじき出した。
カリンは済んでの所でそれを躱そうとするも、幾つかは体に当たってしまう。
鉄の杭を押し込んだような痛みに、カリンは呻き声をあげた。
ただの糸束とは思えない威力だ。
ふと躱した先を見てみれば、石が砕け飛び大地が抉れているではないか。
「ちょっと、なにすんのよ! 怪我じゃすまないでしょ、これ!」
かつて精霊がいた時、レベル上げをしていたカリンの体だからこそ耐えられたようなものだ。
だが村娘はカリンの抗議など一顧だにせず、薄ら笑いを浮かべて鼻を鳴らした。
「ちゃんと動けるじゃないですか、ええ? しかも残念な事に並みの男より頑丈と来ている」
「う……」
気まずい所を指摘された。
カリンが男たちの方に目を走らせてみれば、そこには愕然とした顔が並んでいた。
「人より動けるくせに、ただ楽をしたいから男にしなだれかかっていたわけですか?」
「ち、ちがうし……。女の子なんだから仕方ないでしょ!」
「私もお嬢様も同じ女だ」
その言葉と共に、村娘は無言でカリンの顔を叩いた。
握りこぶしで。
「や、やめっ! 顔は止めて!」
「なら腹の方にしましょうか」
「誰か助けて! 男の人!」
「この頑丈さ、絶対お前の方がレベルが上だろうがっ!」
村娘は周囲に衝撃破が発生するような勢いで、猛烈な拳を放つ。
大砲のような音が飛び、土煙が舞っている。
この光景には男のみならず、村娘を呼び出した女たちもが引いていた。
有無を言わさずこうも執拗な折檻を行うとは思っていなかったし、両者のレベルがそんなに高いとは思っていなかった。
とはいえカリンはレベルこそ高いものの、戦闘技術はからきしのようだった。
すぐに大地に膝をつき、目を回している。
それでも息も絶え絶えに、自分より遥かに弱いはずの農夫助けを求めるカリンに、村娘は呆れ気味に怒号を飛ばした。
「少しは自分の手足を動かせ……ッ!」
◆
・
・・
・・・
それからしばらくの間、カリンは村娘の直属の監視を受けながら村内の仕事に従事することになる。
しかしそれで易々と長年醸成されたこの性分が治る筈も無い。
度々仕事をサボリ、男に手を出しては折檻を受けることの繰り返しだ。
そんな問題のある人物が村のトップとの面会を許可される事などある訳も無い。
結局カリンは幾ばくかの食料を持たされただけで、冬を目前にヴァイス村を追い出されることとなった。
追放者たちの集まりで、本質的にはだだ甘いこの村にしては異例の出来事である。
その後のカリンの人生はようとして知れない。
だが場末の酒場や街角で、トラブルを起こす街娼の噂が度々聞こえてくるあたり暫くはしぶとく生き延びていたようである。
しかし、花の命は短い。
そして実もつけず枯れた花になど誰も見向きもしないモノだ。
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