ご令嬢は一人だけ別ゲーだったようです

バイオベース

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16-②

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 悪魔は大きく息を吐き、深刻な面持ちで口を開く。
 これはさぞ重大な事件が起きたに違いない。
 そう思ったエレノアは、気取られぬように唾を飲み込んだ。

「始まりは――女でした」
「ん?」

 しかし次いで悪魔の口から飛び出したのはそんな言葉。
 ひどく矮小で下らない事件の予感がする。

「魔神様は好色な方でしてな。それはもう魔界の女性にオモテになるのです」
「……はぁ」
「英雄色を好むと言いますでしょう? その上魔神様はマメな方で、恋人への贈り物をかかしません」

 その点ビョルンよりかは甲斐性がある。
 エレノアは現実逃避気味に頭の片隅でそんな事を考える。

「そしてその恋人の一人がある時こうおっしゃったのです。『魔神様のカッコイイとこ見てみたい』とッ!」
「……」
「そうして魔神様は決意も新たに、野望の火を再度胸に灯されたのです。しかしそうなると女性であるアナタの手を借りるのは些か格好が付きません」
「それで私の返答も待たず、配下への連絡もせず、勝手に戦線を開いたと?」
「はい。ただでさえコチラは『力が全て』な上、これは恋人への贈り物ですから」

 そこまで黙って聞いた後、エレノアはカップに静かに口を付ける。
 そして小さく息を整えると、悪魔の顔を見据えて言った。

「くっっだらないッ!」
「く、下らないとは何ですか! こちらは真剣に困っているんです! 足並みを乱され、メンツも潰された他の魔族諸侯は怒り狂うし! まだ兵力足りてないのに派手に戦線広げたせいで各個撃破さてるし!」
「それが下らないって言ってるんです!」

 エレノアは盛大に後悔した。
 自分がまだこの世界の事を心のどこかで甘くみていた事を。
 あの魔神も『お花畑』の住民。
 元はセリフも存在しないただの物語上の障害に過ぎない存在だったとしても、『乙女ゲー』の登場人物だったのである。

「そういうわけでエレノア様には是非とも食料の供給をお頼みしたく! 兵站線がもうグチャグチャで、強引にでも立て直さなきゃ後が無いんです!」
「……そんな状況を聞かされて今更協力などするワケ無いでしょう」
「そんな! あの魔の作物さえあればどうにかなります! 兵站を整え、ついでに配下たちの離れた忠誠心を洗脳で上書きして下さい!」
「人聞きの悪い妄言を口にしないで下さる? とにかく、私は関わるつもりはありませんからッ!」
「見捨てないで下さいよぉ! ちゃんと見返りだって用意してますから!」

 エレノアが怪訝な瞳を送ると、悪魔は指先を弄りながらおずおずと言葉を紡ぐ。

「その、我々も出来る限り、全てをあなたに差し出す覚悟でして」
「言葉だけを聞けば随分と殊勝ですが……」
「はい、それはもうッ! エレノア様には魔神様の正妃、全ての魔のモノの母になって戴きたく!」

 しかし悪魔が口にした『報酬』はただの罰ゲームだった。

「却下します」
「何故ですかッ! これが私たちに差し出せる最高の報酬だと言うのに! 世界の全てがエレノア様の物になるんですよ!?」
「全ての厄介ごとの間違いでしょう? ……アナタがずっと敬語だったのはその為ですか」
「未来の御妃様に失礼があってはいけませんから」
「だから勝手に決めないで下さる!? それに他の人も納得するんですか、それで!」

 人間が魔族たちの頂点に立つなど、冗談にしてもありえない。
 『リスティ・ワールド』の知識では、あちらは人間を下等生物と見なしている分かりやすい悪役種族だった筈だ。

「ほ、他の諸侯もこれには納得してるんですよ? エレノア様の魔の作物があれば魔族の栄光は確実。それにアナタは宮廷の作法にも精通なさっておられるでしょう?」
「どこかで聞いたような話ですわね……。しかしそれなら、当の魔神様はご了承なさってるのですか?」
「……『力が全て』とは言っても、国体の為に政治は必要ですので」

 つまりこれは魔族の重鎮たちが決めた事。
 後の厄介ごとに派生するのも確定である。

 エレノアは頭の隅でビョルンの陰がちらつくのにイラつきながら、悪魔に向かってため息を吐く。

「それじゃあ魔神様の御許しを得られてからまた話を聞きましょう。それでは」
「お待ちください! それじゃあもう正妃とか無茶は言いませんから、せめて室の一人にお入り下さい! あの恋人おんなを止められる人が必要なんです!」

 そういうバカ話はもう聞き飽きている。
 エレノアは足元に縋りつく悪魔を蹴り飛ばしながら、家の扉を開け大声で人を呼んだ。

 果たして現われたのは、どこにでもいる髭と筋肉のむくつけき村人(レベル40)だった。

「どうしました!? お嬢様!」
「曲者です。これ」
「ひぃ! 猟奇的連続魔物殺し!」

 その後悪魔は村中の住人たちに追い回され、這う這うの体で仲間の元へ逃げかえった。
 あれだけ痛めつければ、交渉自体打ち切りに出来るかもしれない。
 儚い願いと知りつつも、エレノアはそう願わずには居られなかった。



 結局悪魔との交渉で良い方向に働くものなど無かった。
 厄介ごとを幾つか知らされただけの話だ。
 しかしエレノアはあのやせ細った悪魔に対して、ある種の申し訳無さを感じずには居られなかった。

 そもそも彼らがこのような状況に陥ったのは、『ゲーム』と違うエレノアの動きに寄る所が大きいに違いない。
 豊穣の力を持つエレノアの名が世に知れ渡っていなければ、あのように魔神が無謀な戦を仕掛ける事も無いのだから。

 自分は異邦人であり、イレギュラー。
 エレノアはこの所の騒動の中で、それを強く意識していた。

「ただ引き込もってるだけ、というわけにもいかなくなりましたわね……」

 魔神側の苦境、それは即ち王国にとっての優位である。
 このまま行けば、聖女は『ゲーム』よりも簡単にに魔神を討伐出来るだろう。
 そしてその後、ビョルンがそれだけで満足するとは思えない。

 だからこそ、今の内に自分の取り巻く環境を少しでも優位にしておく必要がエレノアにはあった。

「叔父様に援助の申し出をして、それから街との関係改善は必須ですわね」

 羽根ペンを紙の上で躍らせながら、エレノアは交渉の思案をした。

 村人はともかく、自分は戦う術など持たない。
 いざという時役に立てないのら、せめて今の内に『心意気』を見せる必要がある。

「あの子がちゃんと交渉纏めて来てくれると良いのだけど……」

 そうしてため息交じりに月を見上げる。
 諦観の色が混じっていたのは、どこかであの村娘の失態を予期していたからだったのかもしれない。
 それを示唆するかのように、次の日の朝エレノアは沈んだ村娘の顔を目にするのだった。
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