ご令嬢は一人だけ別ゲーだったようです

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 土地とは領主の所有物。
 通常であればそれを切り開く『許し』を得るのには長い時間が必要となる。
 そしてその上で『返礼』として開墾した土地の一部を荘園として寄進を求められる事もザラだ。

 そこに人の営みが深く関わる以上、土地には多くの利権が絡むもの。

 開拓という事業は、そのような利権を餌に開拓者を募る行為だ。
 それぐらいの旨みがなければ人手が集まらないし、領主からすれば実質空手形を振るだけで済む。
 なにせ元々そこには何もありはしないのだから。

 ヴァイス村の開拓にも、実に多くのが用意されていた。
 畑の自由な開墾と私有化はもちろん、その中には水源地の開発許可なども含まれている。

 作物を育てるには水が必要不可欠。
 水源を握るという事は、近隣の人々の命を握るという事だ。
 河川付近の村々はこぞってその利用を求め、いざ争いになった時「水門を閉じる」と言われればもう何も言えはしない。
 まさに破格の条件である。

 とはいえこれには当然の如く裏があった。
 端的に言ってしまえばただの見せ札なのだ。

 ただの農夫たちが魔物を迎撃しながら見知らぬ山野の開発など出来るわけもない。
 しかも開拓地である以上、まず自分たちの家や畑の方が最優先。
 余裕が出来た頃には開拓も終わり、諸々の権利も喪失しているという寸法だ。

 現実的には村が領主に頭を下げ、水源地確保に助力を乞うという形になるだろう。
 そうして結局はお上がその支配と管理を独占するのである。

 だがしかし、ヴァイス村においてその目論見は破綻しかけていた。



「で、ここに大きな池があったと」
「ありゃもう湖って言った方が良いかもしれませんぜ」

 額に傷のついた老人は、使い古された長剣で肩を叩きながら答えた。
 指し示す手製の地図の中には、ヴァイス村から森を突っ切って北東に上った辺りに大きな湖畔の絵が描かれている。

 この傭兵上がりの老人、ヨトゥン爺が湖を見つけたのは偶然の産物だった。
 『レベル上げ』の為に見込みのある若者数名を連れ山狩りをしている折、この豊富な水を湛える水源地にぶつかったのである。

「川の水量から近くに水場があるとは分かってましたけど、幸運でしたわね」

 いずれ探そうとは思っていたが、手探りではどれだけ時間が掛かったのかも分からない。
 その途中で怪我をする、遭難するといったリスクも込みだ。
 エレノアは聖女の騒ぎ以来、崇めるのを辞めていた天に「再び祈りを捧げるのも悪くないか」などと考え始めている。

「……するってえと、オジョウサマ?」
「当然開発に着手します」

 エレノアはにっこりと笑みを深くして言った。
 ヨトゥン老人も同じように獰猛な笑みを浮かべている。

 これはただの工事の宣言では無い。
 もっと大がかりな仕事の始まりである。

 それにはまず第一に、付近の魔物の本格的な掃討を始めなければならない。
 となればヨトゥンとその弟子たちの『レベル上げ』と装備の充実は更に本格的なものになる。
 その上水源地の開発が終われば、その影響力は見知らぬ川下の村々にまで及ぶのだ。

 武威を示し、実質的な支配力を得る。
 それは開拓どころか土地の切り取りに等しい行為だった。

 エレノアにそれを遠慮する気持ちなど一切ない。
 ここはほとんど手つかずの辺境であり、区分の上では王領。
 将来あの王子の懐に入るモノなら、幾ら掠め取っても良心が痛まないというものだ。

(それにどうせ『魔神』が復活したら、この王国中の土地がダメになりますしね……)

 前世の『ゲーム』知識によれば、結構人類は生存圏を脅かされるはずだ。
 こんな片田舎はそうそう見捨てられて地図の上から消えるだろう。
 そういう意味では、ただ純粋な生存競争でもある。

「そんならオジョウサマよ。オレ達の薬の割り当て、もっと増やしてくれねえか?」

 ヨトゥンはエレノア以上にちっとも遠慮しない様子でそう言った。
 傍らに立つ村娘が目を鋭くするが、それすらも鼻で笑っている。

「良いのよ。その為の準備なのだから」

 村人の『レベル上げ』をすると決めた後、エレノアがまず第一に行ったのは育てる作物の変更だった。
 麦や野菜だけでは無く、薬の材料となるような薬草も育てられないかと思案したのである。
 そして結果としてそれは上手くいった。

 そこから先はとんとん拍子だ。
 豊富な練習素材を前に、まず『薬師ハーバリスト』や『錬金術師アルケミスト』のクラスを持つ者が調合に勤しむ。
 市場価格で言えば銀貨数十枚という素材も惜しげもなく使い潰せるのだから、彼らの腕前が上がるのはすこぶる早かった。

 そうして彼らの『レベル』が上がり、全ての下地が出来れば後は簡単だった。
 戦闘職につく者たちは騎士が使うような高級魔法薬ポーションを片手に、近隣の魔物を片っ端から蹂躙。
 昼も夜も無く闘い続けた結果、今では彼らの戦闘レベルは30を優に超えている。

「……でも本当に今までの分だけじゃ足りないんですか?」

 村娘は怪訝な顔つきでそう口を挟んだ。
 レベル30と言えば王都の騎士ほどの熟練した腕前。
 そこらの魔物程度にそうそう遅れを取るとも思えない。
 エレノアも改めてそう考え、同じように小首を傾げた。

「ゴブリンや二頭狼ぐらいならな。だがダメだ。水辺に火吹きトカゲの糞がありやがった」

 ヨトゥンは忌々し気に酒をあおる。

「トカゲ、って……もしかしてサラマンダー?」
「そうだ。火も厄介だが、奴らは夜行性なんだよ。駆除するつもりなら夜出向く必要があるし、そうすると何度かは奇襲も覚悟せにゃな」

 だからもっと傷を癒す魔法薬ポーションが必要なのだとヨトゥンは訴えた。

「納得致しました。創傷の魔法薬ポーションを更に作らせましょう。……ですが、耐火や暗視の魔法薬は無いんですか?」
「おいおい、オジョウサマ。そんな珍しい魔法薬ポーションアイツらが作れると思ってんのかい?」

 そう言われてエレノアはようやく合点がいった。
 つまりは現実と『ゲーム』の認識のズレだ。
 『ゲーム』では普通にそれらの魔法薬ポーションも店頭に並んでいたが、魔人復活前の今の状況ではそんなニッチな魔法薬ポーションは活躍の機会が無い。
 まず一般には知られていないだろうし、下手をすれば市井の薬師ハーバリストの間でも秘伝という扱いになっているかもしれない。

「これは失念していました。彼らには私からそれらのレシピの一部を教えておきましょう」
「……は? オジョウサマ、そんな事知ってなさるのかい?」
「ええ、まぁ。知ってるだけ、しかも材料だけで調合法は分かりませんが」

 『リスティ・ワールド』の調合スキルを思い出しながら、素知らぬ顔でそんな事を言う。
 幸い材料なら山ほど作れるし、薬の基本的な作成法にもパターンがあるだろう。
 これもひたすらごり押しで何とかなる筈である。

 そんな頭の悪い解決法をエレノアは考えていたとは露知らず、村娘はしきりに感心している。
 ヨトゥンの方はというと、こちらはこちらで何か他に思う所があるようだった。 

「するってえとあれかい? 頑強や剛力の魔法薬ポーションとかも作れるんですかい?」
「えーと、それも材料の名前と素材揃えるだけでしたら……」
「ほう! こりゃいい! そんなら大物狩りビッグハントにも手を出せますぜい!」

 戦士としての血が騒ぐのか、ヨトゥンは豪快に笑った。

 女であるエレノアはその気持ちがよく分からず、ただ相槌の笑顔を見せるだけ。
 それを同意の意だと捉えたのか、ヨトゥンはますます上機嫌になった。

「いや、この年になって夢が叶うとはなぁ! 大物狩りに国盗り! ホント、アンタについてきて良かったよ!」
「はは、それはどうも……」
「若い連中にも夢見させてやんなきゃなぁ! すぐに湖の周りにして来やすぜ!」

 そう言ってさっそく弟子たちの元へ走るヨトゥンの背中を、エレノアは疲れた眼差しで見ていた。

 こんな事は何もヨトゥン老人が初めてのことでは無かった。
 『レベル上げ』をするとエレノアが提案した時や、治癒の魔法薬ポーションを作成した時もこんな浮かれ方をする者は大勢いた。
 そうした者たちが血走った目で昼夜を問わず魔物狩りをする姿を、エレノアは少し引いた目で見ていたのである。

(『リスティ・ワールド』はRPGだったし、この世界の住民は戦闘民族なのかしらねえ?)

 実際の所はそうでは無いのだが、エレノアが真実を知る日はまだ先の事だった。



 そしてそれから一週間が過ぎたある日の事。
 エレノアの元に三つの報せが届いた。

 一つは湖周辺の魔物の掃討が完了した事。
 二つ目はその結果、主要戦闘員のレベルが40を超えた事。

 そして三つ目はヨトゥン老人が、山中深くに潜んでいた飛竜の首を刈ったという驚くべきものだった。
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