ご令嬢は一人だけ別ゲーだったようです

バイオベース

文字の大きさ
上 下
3 / 27

2

しおりを挟む
「まったくもう……」

 エレノアは土煙を上げ去って行く馬車を見送りながらため息を吐いた。
 これが父だった男との最後の会話と思うと、気も削がれるというものだ。
 気遣うような言葉の一つも無く、延々嫌味を垂れ流し罵声を浴びせに来ただけだ。

 もっともそうさせたのは、エレノアが最後に余計な一言を添えたせいでもある。

 しかし自身の言葉を後悔する事はあっても、反省する気など毛頭無い。
 自分はそういう人間なのだ、という諦観と矜持があった。
 あの場で毅然と自身の潔白と不義理を責めなければ、高潔な貴族として生きて来たエレノアは成り立たない。
 そうであるからこそエレノアはあの『聖女様』と争ったのだ。

 反省するべき事と言えばただ一点。
 最後の時まであのリッケン公爵を心の底からは父親だと感じられなかった事だ。

 エレノアには人には話せない秘密がある。
 それは物心ついた時から自分の中に、此処とは『異なる世界』で生きる別人の記憶があったという事。
 いわゆる『前世の記憶』というヤツだ。

 そんな物が常に頭の片隅にあるせいで、子供の頃から家族とは馴染めなかった。
 そして自分が『レベルが上がらない』という欠点を抱えているのもきっとこのせいだろう、とエレノアは思っている。
 きっと自分は魂からして異邦人で、この世界から逸脱した存在なのである。

 そう突飛な事を考えるだけの根拠はあった。
 エレノアはこの世界の事を、前世の時点で知っていたからだ。
 日本という国で生きた前世において、この世界は『ゲーム』と呼ばれる形式で描かれる物語の一つだったのである。

 その『ゲーム』の中に婚約者の王子も、あの『聖女』の姿もあった。
 彼らはいわゆる主役という立場で、学院で出会い、冒険を乗り越え、愛を紡ぎ合う物語の牽引役だ。
 その『ゲーム』を遊んだことのあるエレノアは、当然彼らの物語の行く末を最後まで詳細に知っていた。

 そしてエレノアという序盤の敵役が辿る末路も。

「結局、ですか……」

 自身の破滅を知っていたエレノアも、ただ漫然と日々を生きて来たわけでは無い。
 『ゲーム』のエレノアよりも遥かに努力し、貴族たらんと研鑽を積んでいた。
 また 『聖女』と諍いを起こしたとはいえ、理不尽な事で責め立てた覚えも無い。
 ただ貴族の女性として、王子の婚約者として当然の忠告をしたまでだ。
 しかしその結果が、この開拓村への追い込みである。

 不満はある。
 しかしだからと言ってあの少女におもねるべきだったか。

 ――否、である。

 この世界は前世では『ゲーム』だった。
 しかしエレノアが実際に生きたこの世界は紛れもない現実だ。
 ならばその事実に誠実に向き合って生きていかなければならない。
 そうでなければ人生に対して不義理である。

 そうしてエレノアはこれまで貴族の娘としての人生を歩んできた。
 だからこそ「命が惜しいから」と不実な輩に頭を下げるようであってはならない。

「あんな平民の暴挙を許して、どう今後の統制を取るおつもりなのか」

 独り言ちても、答えなど出る筈も無かった。

 婚姻の横やりに、身分と暗黙の了解の軽視。
 あまつさえ貧民救済と謳って政治に口出し。
 あの聖女の広げた傷は、きっと後になるほど多く血を流すことになる。
 これが『お話』ではなく『現実』ならば、誰かが頬を張って分からせてやらねばならない事だった。


 ◆


「あ、あのぉ? 公爵様はお出になられたんですかい?」

 エレノアが一人でこめかみを抑えていると、一人の男が慣れない敬語でおずおずと声を掛けて来た。
 体は大きいが髪はざんばら、目も落ちくぼんで、野党崩れと見紛う男だった。

「ええ、言うだけ言って行かれました」
「は、あの、大したお見送りもしてませんが……」
「良いんですのよ。どうせ気にも掛けて居ませんから」

 男は「はぁ」と気の無い返事をすると、後方に向けて目をやった。
 申し訳程度の開拓道具や資材の陰に、複数の人影がある。
 どうやらあの開拓民たちの中から代表して、この男が様子を聞きに来たらしい。

「そう恐々としなくてもよろしいですわよ。アナタたちと同じ身の上なのですから」
「そうは言われましても、オレたちにとってはお嬢様で……」
「敬語も結構」

 なおも目下として自分を立てようとする男に、エレノアは申し訳ないような心持ちを抑えられずにいた。
 近年急増した魔物の被害で故郷を失った者たち。
 エレノアの母方の実家であるシュテルン伯爵領の領民だった。
 血筋であるエレノアが不祥事を起こした為、半ばそれに巻き込まれる形でこの開拓に参加させられたのだった。

 王子――そして聖女がエレノアに下した罰は、彼らと新しい住まいを築く事。
 この魔物が跋扈する辺境で、見知らぬ平民と共に、だ。

 要するに、見せしめ。

 貴族の下には領民が居る。
 そして守るべき彼らの生活と利益がある。
 彼らの楯であり看板である貴族が舐められれば、こうして実害が彼らを襲うのだ。

「まぁ、私は今日から平民とはなりますが、最後のケジメとしてアナタ達の生活は保障いたします」

 そして貴族としての義務を果たすのはこれが最後となる。
 エレノアは倦怠を息にして大きく吐き出した。

「お気持ちはありがたいんですが、その……」
「レベルが上がらない、魔術も使えない非力なお嬢様には無理だと?」

 意地悪くそう問うと、男はひとしきり悩んだ後にはっきりと「はい」と答えた。

「無理為されて怪我でもされたら事なんで……」
「あら、ま」

 出て来たのは明らかな拒絶の言葉ではあったが、それは身を案じての事。
 男の誠実な姿勢を見て、エレノアは今日初めて頬を緩めた。

「しかしそうまで言われたら増々引けませんわね」

 そう言うとエレノアは資材置き場の中からクワを一振り手に持った。
 開拓民たちが心配そうに、それを元に戻すよう説得する。
 しかしそれにエレノアは笑みを返した。

「まあ見てなさいな。レベルは上がらないけど、魔法は使えるのよ私」

 そしてエレノアは勢いよく大地にクワを振り下ろした。
 農具など手にしたことも無いであろうお嬢様なのに、その所作は中々堂に入ったものだった。

 不思議な事はそれだけでは無い。
 固い石交じりの荒野の大地。
 それが非力な少女がクワを突き立てただけで、ふかふかの畑に変貌したのだ。

 おお、と開拓民たちの中から驚きの声が上がる。

「な、なんですかい、コレは!」
「魔法、といったでしょう。私が農具を使うと何故かこうなりますの。理屈は分かりませんが」

 半分ほどは嘘である。
 理屈は分からないが、心当たりはあった。

 前世でこの世界は『リスティ・ワールド』というタイトルの、いわゆる『乙女ゲー』でそれなりの人気を博していた。
 エレノアも前世でこれを結構やり込んだものだったが、一番好きな 『ゲーム』かと問われればそうでも無い。
 『リスティ・ワールド』のメインは所謂アクションRPGで、すっとろいエレノアには不向きなゲームだったのだ。

 総プレイ時間だけなら、同じ会社の出した『ファーミング・シムズ』という農業系シミュレーションゲームの方がはるかに長い。
 名前通りのんびりとしたゲームで、そのせいか時間を忘れて遊んだものだった。

(やっぱあの『ファーミング・シムズ』のせいかしらねえ……)

 クリック一つで畑を耕し、僅か数日で作物が取れる。
 現実に落とし込むとトンデモな能力である。

 前世でやり込んだ『時間』や『思い入れ』が原因か。
 それとも同社の『ゲーム』だったから何かの『間違い』が起きたのか。
 神ならぬ身のエレノアには分からない事だ。

 今までは教会の目やら穀物相場に対する懸念などもあり、親にすらこの力の事はひた隠しにしていた。
 しかし今の状況でこんな得体の知れない力でも使わない手は無かった。
 
「……お、お嬢さまはレベルが上がらないはずでは?」
「ええ。だからこれがその代わりなのでしょう。神はすべからく地に生くる者に恩寵を与えたもう――教典の聖句の通りではありませんか」

 それを聞いた開拓民たちは顔を見合わせ、俄かにその顔を紅潮させた。
 ただでさえ開拓というのは命がけの大仕事
 大勢が野垂れ次ぬかもしれない中で、確かな光明が見えたのだ。
 これが嬉しく無いわけが無いだろう。

 もうエレノアが義務を果たすべきは、この開拓民の生活の安寧ぐらいのものだ。
 それ以外の面倒事は、もう気を払う必要すら感じない。

「さあさあ、まだ季節は冬とはいえ麦の種撒きには少し遅いぐらいです。さっさと土を耕して一面小麦畑にしますわよ」

 荒野の片隅で、開拓民たちの威勢の良い声が上がった。
しおりを挟む
感想 432

あなたにおすすめの小説

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...