狼領主は俺を抱いて眠りたい

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「なあ、本当は今も間者かんじゃとして潜り込んでんじゃないの？あの時のもう一人の男も」

 リオの言葉に男が顔を上げる。ひどく疲れた顔をしている。男はリオを見て、ふい…と目をそらせた。

「知らん。俺は一人で逃げてきた。あんた達、魔獣が人を襲うところを見たことがあるか？襲うだけなら、まだマシだ。魔獣の大きな口の中に、人が飲み込まれる様さまを見たことがあるか？あれを見た瞬間、戦慄せんりつした…」

 リオの背中が震えた。
 アトラスもジスも、険しい顔で男を見つめている。
 ニコラが掠れた声で聞く。

「人を飲み込んだだと？魔獣が人を食べたのか？」
「そうだ。魔獣は人を襲うが、食ったりはしない。他の動物や、自分より弱い魔獣を食う。今までは、そう思っていた。だが強大な魔獣は、人を食うぞ。俺はこの目で見た…」

 思い出したのか、男の顔が青ざめている。

「なるほど、だから魔獣に殺されたくない…か」

 ニコラが腕を組み天を仰ぐ。話が衝撃すぎて、飲み込むことが難しいのだ。しばらくして顔を戻すと、ニコラは男に続きを促した。
 男はもう話したくないようだったが、強く促されて渋々話し出した。
 

 夜襲をしている途中で、魔獣の咆哮が聞こえた。魔獣を動かすとは聞いていなかったから驚いた。しかしすぐ後に撤退の合図の太鼓が鳴ったので、自分達を引かせて魔獣に攻撃をさせるのだと理解した。そして対岸に戻って更に驚いた。味方のはずの強大な魔獣が、敵ではなくアシュレイ王子に襲いかかろうとしていたのだ。
 そもそも魔獣は、アシュレイ王子が連れてきた怪しげな若い男が操っていた。王子が「この者は特別な存在だ。この者の言葉は俺の言葉と同等に思え」と命じたため、内心反発しながらも従っていた。その若い男が裏切った。魔獣を操り王子を襲った。
 だが魔獣の鋭い爪が王子に届く前に、若い男が胸を押さえて倒れた。どうやら怪しげな力を使い果たしたらしい。王子を守っていた数人の騎士が殺され食われたが、王子は無事だった。
 自由になった魔獣は、陣営地を荒らしてどこかへ去った。魔獣がいなくなった途端に、皆が若い男を殺せと叫んで襲いかかった。だができなかった。いつも男の傍にいる大きな鷹が、翼を広げ鋭い爪で攻撃してきたのだ。鷹に邪魔をされて誰も手出しができなかった。