316 / 432
5
しおりを挟む
父さまは、母さまに顔を近づけ、いきなり母さまの頬をペロリと舐めた。
「あっ、アルっ?」
「塩からい…。泣いてたのか?」
「あ…うん、ちょっと…」
「ちょっと、なんだ?」
「カエンがね、すごく嬉しいことを言ってくれたんだ…。だからこれは、嬉し泣き」
「そうか…。おまえは本当に泣き虫だな」
父さまが母さまを優しく抱きしめて、椅子に座らせる。
母さまの隣に父さまも座り、俺にも向かい側に座るよう、目で指し示した。
「ローラントは元気だった?それに何の用事だったの?」
父さまの手を握ったまま、母さまが聞く。
父さまは、反対側の指で母さまの頬に触れて微笑んだ。
「元気だ。今は忙しいみたいだが、近いうちにおまえとカエンに会いに来ると言っていたぞ」
「ほんと?俺も早く会いたいな」
「ローラントはな、おまえの体調を心配して、良い薬が手に入ったからと俺を呼んで、渡してくれたのだ」
「俺の体調?なんで知ってるの?」
「…すまん。以前ローラントと会った時に、俺のほんの僅かな表情の変化に気がついて、どうしたのかとしつこく聞かれたのだ。その時に、カナの体調が良くないことを話した…」
ふ…と頬を弛めて、母さまが父さまの頬に手を伸ばした。
「謝らなくていいよ。ごめんねアル…。俺、すごく心配かけてるよね…。自分では元気なつもりなんだけどさ…。もっと体力をつけないと駄目だね」
「そうだな…。でも無理に体力をつけなくてもいい。疲れた時は休んでいい。俺は、カナがずっと傍にいてくれさえいたら、それでいい」
「うん…」
父さまが、母さまの細い指を掴んで唇を押し当てた。
俺も父さまも、当の本人の母さまも、口に出さないけど、たぶん皆わかってる。
母さまが、もう元気になることはないかもしれないって。
でも俺と父さまは、そんなこと怖くて口に出来ない。
そう思うことで、真実になってしまいそうで、認めたくない。
母さんは、きっと俺と父さまを不安にさせない為に、口にしないんだ。
ふいに涙が溢れそうになって、俺は慌てて立ち上がると扉に向かった。
「父さま、ローラントおじさんからもらった薬、早くカナに飲んでもらおうよ。俺、持ってくるよ。今どこにあるの?」
「苦味の強い物だから、飲みやすいようにしてくれと、医師に渡してある」
「わかった。もらってくる。カナ、待ってて」
「うん。カエンありがとう」
俺は、頬に流れ落ちた涙が見えないように、前を向いたまま頷くと、扉を引いて廊下に出た。
「あっ、アルっ?」
「塩からい…。泣いてたのか?」
「あ…うん、ちょっと…」
「ちょっと、なんだ?」
「カエンがね、すごく嬉しいことを言ってくれたんだ…。だからこれは、嬉し泣き」
「そうか…。おまえは本当に泣き虫だな」
父さまが母さまを優しく抱きしめて、椅子に座らせる。
母さまの隣に父さまも座り、俺にも向かい側に座るよう、目で指し示した。
「ローラントは元気だった?それに何の用事だったの?」
父さまの手を握ったまま、母さまが聞く。
父さまは、反対側の指で母さまの頬に触れて微笑んだ。
「元気だ。今は忙しいみたいだが、近いうちにおまえとカエンに会いに来ると言っていたぞ」
「ほんと?俺も早く会いたいな」
「ローラントはな、おまえの体調を心配して、良い薬が手に入ったからと俺を呼んで、渡してくれたのだ」
「俺の体調?なんで知ってるの?」
「…すまん。以前ローラントと会った時に、俺のほんの僅かな表情の変化に気がついて、どうしたのかとしつこく聞かれたのだ。その時に、カナの体調が良くないことを話した…」
ふ…と頬を弛めて、母さまが父さまの頬に手を伸ばした。
「謝らなくていいよ。ごめんねアル…。俺、すごく心配かけてるよね…。自分では元気なつもりなんだけどさ…。もっと体力をつけないと駄目だね」
「そうだな…。でも無理に体力をつけなくてもいい。疲れた時は休んでいい。俺は、カナがずっと傍にいてくれさえいたら、それでいい」
「うん…」
父さまが、母さまの細い指を掴んで唇を押し当てた。
俺も父さまも、当の本人の母さまも、口に出さないけど、たぶん皆わかってる。
母さまが、もう元気になることはないかもしれないって。
でも俺と父さまは、そんなこと怖くて口に出来ない。
そう思うことで、真実になってしまいそうで、認めたくない。
母さんは、きっと俺と父さまを不安にさせない為に、口にしないんだ。
ふいに涙が溢れそうになって、俺は慌てて立ち上がると扉に向かった。
「父さま、ローラントおじさんからもらった薬、早くカナに飲んでもらおうよ。俺、持ってくるよ。今どこにあるの?」
「苦味の強い物だから、飲みやすいようにしてくれと、医師に渡してある」
「わかった。もらってくる。カナ、待ってて」
「うん。カエンありがとう」
俺は、頬に流れ落ちた涙が見えないように、前を向いたまま頷くと、扉を引いて廊下に出た。
0
お気に入りに追加
1,670
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ヒロインは始まる前に退場していました
サクラ
ファンタジー
とある乙女ゲームの世界で目覚めたのは、原作を知らない一人の少女。
産まれた時点で本来あるべき道筋を外れてしまっていた彼女は、知らない世界でどう生き抜くのか。
母の愛情、突然の別れ、事故からの死亡扱いで目覚めた場所はゴミ捨て場、
捨てる神あれば拾う神あり?
人の温かさに触れて成長する少女に再び訪れる試練。
そして、本来のヒロインが現れない世界ではどんな未来が訪れるのか。
主人公が7歳になる頃までは平和、ホノボノが続きます。
ダークファンタジーになる予定でしたが、主人公ヴィオの天真爛漫キャラに ダーク要素は少なめとなっております。
同作品を『小説を読もう』『カクヨム』でも配信中。カクヨム先行となっております。
追いつくまで しばらくの間 0時、8時、16時の一日3話更新予定
作者 非常に豆腐マインドですので、悪意あるコメントは削除しますので悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる