炎の国の王の花

明樹

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「カナっ、何をしている!すぐに部屋に行くから中で待っていろ!」
「わかった!」

ヴァイスの背中から、父さまの凛々しい声が届く。
母さまは、とても素直に頷くと、ヴァイスが地面に降りたのを確認して部屋の中に戻った。
俺も後に続いて中に入り、窓を閉める。
そわそわと扉の前で待つ母さまの肩を抱いて、椅子に座らせた。

「そんなにすぐには来ないから座ってて。なにか飲む?」
「ううん、いい。アルが帰って来たら、街に出ようって言ったじゃん。美味しいお茶が飲める店があるんだよ。そこに行こう」
「なんでそんな店を知ってるの…」

もしかして、護衛もつけずにこっそりと城を抜け出したのだろうかと、俺は目を眇めて母さまの目を見つめた。
母さまは、少したじろぎながら、「違うよっ」と忙しなく手を振る。

「なんだよ、その目…。最近は城を抜け出してないからっ。街に実家がある使用人が、教えてくれたんだよ。また皆様で行かれてはどうですか?って」
「ならいいけど…」
「カエンも、昔は俺と一緒に城を抜け出してたのに。しっかりしてきたなぁ」

母さまの傍に立つ俺の手を、母さまが優しく握る。
その手が驚くほど冷たくて、俺は母さまの前にしゃがむと、両手で母さまの手を包んだ。

「ん?どうしたの?」
「手が冷たいっ!やっぱり冷えたんじゃ…」
「ああ、大丈夫。俺、すぐに手足の先が冷たくなるから」

そう言って微笑む母さまを見て、俺は息が詰まった。目の奥がツン…と痛くなって、胸が苦しくなった。

違う。嘘だ。俺に触れる母さまの手は、いつも暖かかった。その手に触れられるだけで、痛みは和らぎ、気持ちが落ち着いた。
今、俺の手の中にある母さまの白い手は、細くて冷たい。まるで作り物のようなその手に、俺は額を押し当てた。

「カエン?」
「黙って」

俺は、両手と額に意識を集中させる。

「あ…」

少しづつ、母さまの手が暖かくなる。

「あったかい…。カエン、ありがとう」

俺の魔法で、母さまの手を暖めた。
ほんの少しだけ暖めたりするのは、とても難しい。
大きな炎を出したりする方が、まだ簡単だ。
だけど俺は、国で一番、魔法を使える。
俺には容易いことだ。

「前から思ってたけど、母さまは薄着なんだよ。暑いと思っても、もう一枚余分に着て」
「う…、わかったよ…。まるでアルに怒られてるみたいだ…」
「俺が何だって?」

急に背後から声がして、俺と母さまは、驚いて振り向いた。
母さまに気を取られて、父さまが入って来たことに、全く気がつかなかった。
母さまは、父さまを見ると、勢いよく立ち上がって父さまに抱きついた。

「アル!おかえりっ!ローラントに会ってたんだって?」
「ただいま。そうだ。どうしても渡したい物があると、預かってきた」
「渡したい物って、何だったの?」

父さまにしがみついたまま、母さまが顔だけ上に向ける。
父さまは、母さまの頬を撫でて、ふいに怪訝な顔をした。
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