天狗の花嫁

明樹

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極夜 3

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次に目を覚ました時には、もうお昼を過ぎていた。充分に寝たから、さすがに寝るのにも疲れて、ゆっくりと起き上がる。居間に行くと、俺に気付いた鉄さんが寄って来た。


「起き上がって大丈夫?」
「大丈夫…」
「じゃあ、先にお昼にしようか」
「はい…。朝のお粥、あれ…食べたい」
「わかった」


鉄さんがそう言って、俺をコタツに座らせて台所に入る。
すぐに、お茶碗に入った湯気の立つお粥を持って来た。俺がお粥を食べる隣で、鉄さんはおにぎりを食べていた。その様子を、俺はお粥を咀嚼しながらじっと見つめていたらしい。俺の視線に気付いた鉄さんが、「何?」と聞いてきた。


「えっ、いや…」
「ああ…、僕が怖いか?」


鉄さんの指摘に、俺は躊躇いがちに小さく頷く。


「…もう何もしないよ。逆にして欲しい事があれば、僕を良いように使ってくれてもいい。って言っても無理か…。散々ひどい事をしてきたからね。そもそも凛が今、こんな事になってるのも僕のせいだし…。でも、このままもう少し傍にいさせて欲しい。怖い事はしないと約束する」
「……」


鉄さんが、何を思ってるのかはよくわからないけど、俺の命を狙う事はしないらしい。でもやっぱり、鉄さんを完全に信用する事は出来ない。ただ、彼がここにいる事で、銀ちゃんのことを考え過ぎないでいられるのは助かる、と少しだけ思った。


この日から、俺と鉄さんの奇妙な関係が始まった。


鉄さんは、主に家事全般をやってくれたので、とても助かった。
銀ちゃんがいなくなってから、俺はろくに食べていなかったから、作ってもらっても胃が受け付けなくて、そんなにたくさんは食べられない。でも、久しぶりに少しずつだけど、まともな食事を摂れるようになって、体力も僅かに戻ってきた。


鉄さんは、俺が学校に行っている間に時々郷に戻っているようだった。でも、俺が学校から帰ると必ず家にいる。
夜には帰ってもらいたかったけど、「夜は危険が多い」などと言って泊まっていく。夜は、俺の身体がおかしくなって変な声を出してしまうから、聞かれると困るのに…。


そう俺が心配した通り、何日目かの夜に、俺の苦しむ声を鉄さんに聞かれてしまった。鉄さんは、憐れむような目をして俺を見た。


「なあ…、その胸の印のせいで身体が辛いんだろ?それを鎮めてやれるのは、しろしかいない。だけど、新たに契約をし直すという選択も、あるにはある。…凛、僕と…」
「辛いよ…。でも、銀ちゃんが戻って来るまで耐える。もしも戻って来なくて、春になってほんとに婚儀を挙げてしまったら、その時は印を消してもらいに行く。だから、春までは待つよ…」  
「どうやって消すんだ?」
「友達の家の神社の神使様が、消してくれる。俺を助けてくれるって」


鉄さんは「そうか…」と言って俯き、それ以上は聞いて来なかった。


鉄さんが身の回りの世話をしてくれるようになって、やっと普段の日常に戻れたような気がしていた。だけど、俺の心はずっと暗闇の中に沈んだままだ。
銀ちゃんと会えない日が続くようになってから、俺には世界が灰色にくすんで見えていた。それはまるで、一日中、陽の昇らない極夜の中にいるみたいだった。


もう、何かを考えるのも疲れた。何かに抗うのも面倒だ。だから、俺を殺そうとした鉄さんが傍にいる事も、許してしまっていた。





俺の家に鉄さんが来るようになって二週間程が過ぎた頃に、久しぶりに心隠さんが尋ねて来てくれた。
天狗の郷の話を聞いて、俺が心配になったそうだ。


「凛が辛いなら、俺の所に来ないか?俺は君の事が好きだから、ずっとそばにいて守ってあげるよ」


  相変わらずの綺麗な顔で、俺を見つめてそんな事を言う。
銀ちゃんを忘れてそう出来れば、どれだけ楽だろう。でも……。


「ありがとう…心隠さん。でも、俺はまだ、銀ちゃんと繋がってます。彼を愛してます。だから春までは待ちます。その後の事は…まだ、わかりません…」
「そう…わかった。凛がどれだけ彼を愛しているか知ってるしね。でも、気が変わったらいつでもおいで。俺は、待ってるから」
「待たなくていいですよ…。でも、ありがとう」


心隠さんは、俺を軽く抱きしめて帰って行った。
心隠さんも、俺のばあちゃんの生家の話は知ってるんだと思う。なのに、俺を心配して会いに来てくれた。
俺の周りには、清忠や浅葱や心隠さんのような、優しい妖がたくさんいる。
その事に、俺の暗い心がかろうじて救われていた。
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