鬼と六花

明樹

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『坊やは…まだ幼いから人の形をしておるが、鬼の子じゃな』

 五年前に会った、生臭坊主だという老人が言った言葉をふいに思い出す。
 やはり、りつは鬼の子なのか…。
 だからと言って、愛しいことに変わりはない。
俺は、りつに向かって手を伸ばそうとした。
 その脇を縫って、大男がりつに襲いかかる。

「あっ!やめろっ!」

 大男が、拾い上げた刀をりつに向かって大きく振るう。
 次の瞬間、りつのかろうじて腕に引っかかっていた着物の袖が裂け、白く細い腕から真っ赤な血が流れ落ちた。
 いつもなら痛くて泣き叫ぶであろうに、りつは、だらりと垂らした指先に伝った血を見て、スンと鼻を鳴らしただけだった。

「なんだおまえ?さっきはあんなに怯えていたのに…。ふんっ、おまえは物好きな金持ちのじじいに売っぱらってやるか。気色の悪い目の色だが、珍しいものを好むじじいが喜びそうだ」

 どこまでも下卑た野郎に吐き気がする。
 俺は刀で身体を支えて、りつに少しずつ近づく。

「おいっ、おまえは大人しくしてろ。無理に動くと血を失って死ぬぜ。さすがに俺も死人を犯す趣味はねぇからな」
「…早く失せろ、阿呆が」
「は?なんだとっ」

 俺が口答えをした瞬間、大男が額に青筋を立てて俺の腹を蹴り飛ばした。
 息が詰まって声も出せないまま、俺は大きく弾き飛ばされてしまう。
 まずい…。
 したたかに身体を打ち付けて地面に転がる。肩の痛みと蹴られた腹の痛みで、意識が朦朧としてきた。それでも何とか身体を起こして、りつに目をやる。
 りつは、相変わらずぼんやりと突っ立っている。
 頼むっ。動けるなら逃げてくれっ。神様っ、どうかりつを…!
 俺は、ぎりぎりと唇を噛み締めて、信じてもいないものに懇願した。
 次の瞬間、大男が突然悲鳴を上げた。
 俺のすぐ傍で、どさりと何かが落ちたような音がする。
 俺は、霞む視界に目を瞬かせて凝視した。
 な、に…?
 俺の足元に、刀を掴んだままの大男の腕が落ちている。

「な…ぜ?」

 ゆっくりと顔を上げて、息を飲んだ。
 りつの艶やかな藤色の髪の間に、二本の小さな白い突起物が覗いている。

「おっ、鬼だっ!」

 大男が、腕を押さえながら叫んで逃げ出した。
 あいつを追いかけて始末しないと、りつのことが知られてしまうかもしれない。
 そう思って焦ったが、あんな盗賊の戯言など誰が信じるだろうか。
 どの道、俺にはもう追いかける力も無い…と膝で擦り寄るようにしてりつの傍に行き、懇親の力でりつを抱きしめた。
 りつは、まだ石のように固まって動かない。

「りつ…もう大丈夫だ。俺と…帰ろう。家に、帰ろうな…」
「……ゆ、き…?」

 小さな小さなりつの声に応えて頷くと、瞳の美しく光る赤い色がすぅ…と消えて、いつもの鳶色の瞳に戻った。
 四本の小さな牙も、角らしきものも、すぐに元に戻った。

「…りつ、腕が痛いだろう?助けてやれなくてすまない…」
「……ん、あっ、ゆきはる?すごい怪我してるっ!だっ、大丈夫っ?死なないっ?」
「ああ…死なない。大丈夫だ。りつは大丈夫か?」
「だっ、大丈夫だよっ!こんなの痛くないっ!僕、誰か呼んで来るから…っ」
「…りっちゃあーんっ!」

 その時、遠くからさよちゃんの声が聞こえてきた。
 さよちゃんの声に続いて、数人の大人の声も聞こえてくる。

「あっ、さよちゃんだっ」

 声が聞こえる方へと向いたりつの顔を、両手で挟んでこちらに向かせる。

「りつ…何があったか覚えているか?」
「…ううん、あまり覚えてない…。怖い人が僕の着物を脱がそうとしてたのは覚えてるけど…」
「そうか…。りつ、怖い思いをしたな。そこに倒れてる男、そいつは俺が斬った。まだ息があるが、たぶん助からないだろう。…りつ、人を殺めた俺が怖いか?」
「ううん。僕を守ってくれたんだね。こんな怪我までして…。ありがとう、ゆきはる」

 ぎゅっと俺の首に抱きつくりつを、俺も動く右腕で強く抱きしめた。




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