231 / 451
30
しおりを挟む
今日はとてもいい天気だ。窓から射し込む陽が暖かくて心地がいい。風もなく穏やかな庭の様子を眺めていたら外を歩きたくなった。
僕は机に向かって書類を見ているラズールを振り返る。
「ラズール、庭に出たい。いい?」
「いいですよ。ここ数日で一気に暖かくなりましたからね。少し歩きましょうか」
「じゃあ外でお茶を飲もう」
「わかりました。用意させますので少しお待ちを」
ラズールが立ち上がり扉を開けて鈴を鳴らす。すぐに来た使用人に用件を言うと、ラズールは棚の上にある黒のショールを手に僕の傍へ戻ってきた。そしてショールを広げて僕の肩にかける。
僕は右手でショールを摘んで、ラズールを見上げた。
「もう暖かいからいらないよ?」
「ダメですよ。まだ体調が戻ってないでしょう?」
「ええっ、元気だよ。あれから三ヶ月たってるんだから」
「でも念には念を。俺のいうことを聞いてくれますよね?」
「…わかったよ」
少し口を尖らせた僕に笑って、ラズールがしっかりと僕の肩を抱く。そしてまだ思うように動かせない僕の左手を握りしめて、窓からテラスを抜け庭に出た。
三ヶ月前、僕はバイロン国にいた。
イヴァル帝国とバイロン国の間で戦が起こり、その時に捕虜としてバイロン国に入ったのだ。心配してついてきたトラビスと一緒に。
そしてその時に、バイロン国の第二王子に左腕を斬り落とされ重傷を負った。流れすぎた血と雨に打たれて冷えすぎた身体で死にかけた。トラビス以外の味方がいない国では確実に死ぬしかなかった。
だけどラズールが来た。僕の代わりに毒矢を受けて動けなかったラズールが、回復して国境を越え助けに来てくれたのだ。
実のところ僕はラズールが来る直前に気を失ってしまい、前後のことをよく覚えてはいないのだけど。前後どころか、捕虜になってからのこともぼんやりとしか覚えていない。僕は十日間も意識が戻らなかったから。そのせいでバイロン国にいた時のことを思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったみたいになる。
だから今覚えていることは、全てラズールから聞いた話だ。
僕は意識が戻るとイヴァル帝国の王城にいた。城の中で一番日当たりのいい一階のこの部屋で、ラズールに手を握られていた。
ラズールは僕と目が合うなり顔を伏せて震えた。顔が見えなかったけど、泣いていたと思う。しばらくして顔を上げたラズールの目が、真っ赤になっていたから。長いまつ毛が湿っていたから。
僕が「ごめんね」と掠れた声で言うと、「本当にですよ…」と泣き笑いの顔で、僕の髪を撫でた。
「フィル様…左手ですが、今できうる限りの治癒をしました。動かせますか?」
「左手…?」
「斬り落とされたでしょう?」
「あ…そうか…」
「少し赤く痕が残ってしまいましたが…」
「そうなんだ。ありがとう、ラズール」
「いえ…、間に合わなくて申しわけありません」
「…よく覚えてないのだけど、僕は…金髪の男に斬られた…?」
「はい。彼はバイロン国の第二王子です。俺は彼を絶対に許しません。そしてあなたも許してはなりません」
「わかった」
ラズールがとても怒っている。なにが理由で斬られたのか思い出せないけど、僕も許す気はない。
僕はゆっくりと左手に力を入れる。ひどくゆっくりとだけど、なんとか指が動く。でも物を持ったり掴んだりは難しそう。
僕がそう言うと、ラズールは「そうですか」と苦しそうに顔を歪めた。
僕は机に向かって書類を見ているラズールを振り返る。
「ラズール、庭に出たい。いい?」
「いいですよ。ここ数日で一気に暖かくなりましたからね。少し歩きましょうか」
「じゃあ外でお茶を飲もう」
「わかりました。用意させますので少しお待ちを」
ラズールが立ち上がり扉を開けて鈴を鳴らす。すぐに来た使用人に用件を言うと、ラズールは棚の上にある黒のショールを手に僕の傍へ戻ってきた。そしてショールを広げて僕の肩にかける。
僕は右手でショールを摘んで、ラズールを見上げた。
「もう暖かいからいらないよ?」
「ダメですよ。まだ体調が戻ってないでしょう?」
「ええっ、元気だよ。あれから三ヶ月たってるんだから」
「でも念には念を。俺のいうことを聞いてくれますよね?」
「…わかったよ」
少し口を尖らせた僕に笑って、ラズールがしっかりと僕の肩を抱く。そしてまだ思うように動かせない僕の左手を握りしめて、窓からテラスを抜け庭に出た。
三ヶ月前、僕はバイロン国にいた。
イヴァル帝国とバイロン国の間で戦が起こり、その時に捕虜としてバイロン国に入ったのだ。心配してついてきたトラビスと一緒に。
そしてその時に、バイロン国の第二王子に左腕を斬り落とされ重傷を負った。流れすぎた血と雨に打たれて冷えすぎた身体で死にかけた。トラビス以外の味方がいない国では確実に死ぬしかなかった。
だけどラズールが来た。僕の代わりに毒矢を受けて動けなかったラズールが、回復して国境を越え助けに来てくれたのだ。
実のところ僕はラズールが来る直前に気を失ってしまい、前後のことをよく覚えてはいないのだけど。前後どころか、捕虜になってからのこともぼんやりとしか覚えていない。僕は十日間も意識が戻らなかったから。そのせいでバイロン国にいた時のことを思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったみたいになる。
だから今覚えていることは、全てラズールから聞いた話だ。
僕は意識が戻るとイヴァル帝国の王城にいた。城の中で一番日当たりのいい一階のこの部屋で、ラズールに手を握られていた。
ラズールは僕と目が合うなり顔を伏せて震えた。顔が見えなかったけど、泣いていたと思う。しばらくして顔を上げたラズールの目が、真っ赤になっていたから。長いまつ毛が湿っていたから。
僕が「ごめんね」と掠れた声で言うと、「本当にですよ…」と泣き笑いの顔で、僕の髪を撫でた。
「フィル様…左手ですが、今できうる限りの治癒をしました。動かせますか?」
「左手…?」
「斬り落とされたでしょう?」
「あ…そうか…」
「少し赤く痕が残ってしまいましたが…」
「そうなんだ。ありがとう、ラズール」
「いえ…、間に合わなくて申しわけありません」
「…よく覚えてないのだけど、僕は…金髪の男に斬られた…?」
「はい。彼はバイロン国の第二王子です。俺は彼を絶対に許しません。そしてあなたも許してはなりません」
「わかった」
ラズールがとても怒っている。なにが理由で斬られたのか思い出せないけど、僕も許す気はない。
僕はゆっくりと左手に力を入れる。ひどくゆっくりとだけど、なんとか指が動く。でも物を持ったり掴んだりは難しそう。
僕がそう言うと、ラズールは「そうですか」と苦しそうに顔を歪めた。
12
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
目が覚めたら異世界で魔法使いだった。
いみじき
BL
ごく平凡な高校球児だったはずが、目がさめると異世界で銀髪碧眼の魔法使いになっていた。おまけに邪神を名乗る美青年ミクラエヴァに「主」と呼ばれ、恋人だったと迫られるが、何も覚えていない。果たして自分は何者なのか。
《書き下ろしつき同人誌販売中》
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる