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無意識だった。
ドサッ!と大きな音とうめき声が聞こえた。そちらに目を向けると、脇腹を押さえてトラビスが床に転がっていた。
俺の足に違和感を感じる。ああそうか。トラビスの剣がフィル様の腹を貫いたと聞いた瞬間に、トラビスを蹴ったんだな。そうしようと思ったわけではないが、身体が勝手に動いてしまった。
俺はゆっくりとトラビスに近づき、苦痛に歪む顔を覗き込んだ。
「トラビス、フィル様を刺した感触はどうだった?尊い身体を傷つけてどう思った?」
「…ゲホッ…くそ…いきなり蹴るなよ、頭がイカレてるのか」
「そうだ。俺はフィル様のことでは自制がきかなくなる。それで?どう思ったか聞かせろ」
「…怖かった。俺は…怖くてたまらなかった。倒れるフィル様を抱きとめて、どうすればいいかわからなくて、ただその場に座っていた」
トラビスが咳き込みながらゆっくりと上半身を起こした。
俺は立ち上がると、両手の拳を強く握りしめた。
俺の不穏な気配を感じてトラビスが渋い顔をする。
「おい、顔は殴るなよ。王に理由を聞かれると面倒だからな」
「…フィル様はどうした。まさか…死…」
「大丈夫だ、と思う…。俺が放心状態で座り続けていると、フィル様が逃がした少年が戻ってきた。役人と身分の高そうな男を連れて。身分の高そうな男の声に正気に戻って、俺はその場を離れた」
「フィル様を置いてきたのか」
「そうだ。怖くなって逃げたんだよ。でもフィル様を親しそうに呼んでいたあの男が助けてくれている。身分も高そうだったから、高度な治癒を受けられたはずだ。だからフィル様はきっと無事だ」
「なぜそう言いきれる。おまえの剣には毒が塗られてなかったか?おいたわしいことに、フィル様は毒には慣れている。だがもしもフィル様の身に何かあれば、俺はおまえを許さない。フィル様の身体に傷をつけたことも許さない」
「そうだな…」
息を吐き出しながら呟いたトラビスの声が、震えている。フィル様を刺した後悔か?違うな。こいつは喜んでいるのだ。己が手で、フィル様の身体に消えない跡をつけたことを。
俺は怒りでおかしくなりそうだった。だがこれ以上トラビスを殴っても仕方がない。それに高度な治癒を受けられているなら、フィル様は無事だろう。
俺は「早く王に報告に行け」と吐き捨てると、フィル様の部屋へと足を向けた。
部屋の鍵を開けて中へ入り、ベッドに近づく。ベッドの横で膝をつくと、シーツに顔を伏せた。
細く長く息を吐き、ゆっくりと鼻から吸い込む。シーツからフィル様の甘い香りがする。フィル様の香りは、いつも俺を落ち着かせてくれる。
俺は常に冷静沈着だ。なにごとにも動じない。ましてや怒りで人を脅したり殴ったりしたことがない。
だがフィル様に関しては、自分の感情を制御できない。トラビスを蹴ったところで無駄な労力を使うだけだというのに、俺は自分を止められなかった。
トラビスは重い罪を冒したのだ。フィル様の身体に傷をつけた。絶対に許されることではない。
フィル様に再会したら、トラビスがつけた跡は必ず治す。誰にもフィル様に跡などつけさせない。
「フィル様…今どこに」
俺はシーツに顔を埋めると、掠れた声を出して目を閉じた。
ドサッ!と大きな音とうめき声が聞こえた。そちらに目を向けると、脇腹を押さえてトラビスが床に転がっていた。
俺の足に違和感を感じる。ああそうか。トラビスの剣がフィル様の腹を貫いたと聞いた瞬間に、トラビスを蹴ったんだな。そうしようと思ったわけではないが、身体が勝手に動いてしまった。
俺はゆっくりとトラビスに近づき、苦痛に歪む顔を覗き込んだ。
「トラビス、フィル様を刺した感触はどうだった?尊い身体を傷つけてどう思った?」
「…ゲホッ…くそ…いきなり蹴るなよ、頭がイカレてるのか」
「そうだ。俺はフィル様のことでは自制がきかなくなる。それで?どう思ったか聞かせろ」
「…怖かった。俺は…怖くてたまらなかった。倒れるフィル様を抱きとめて、どうすればいいかわからなくて、ただその場に座っていた」
トラビスが咳き込みながらゆっくりと上半身を起こした。
俺は立ち上がると、両手の拳を強く握りしめた。
俺の不穏な気配を感じてトラビスが渋い顔をする。
「おい、顔は殴るなよ。王に理由を聞かれると面倒だからな」
「…フィル様はどうした。まさか…死…」
「大丈夫だ、と思う…。俺が放心状態で座り続けていると、フィル様が逃がした少年が戻ってきた。役人と身分の高そうな男を連れて。身分の高そうな男の声に正気に戻って、俺はその場を離れた」
「フィル様を置いてきたのか」
「そうだ。怖くなって逃げたんだよ。でもフィル様を親しそうに呼んでいたあの男が助けてくれている。身分も高そうだったから、高度な治癒を受けられたはずだ。だからフィル様はきっと無事だ」
「なぜそう言いきれる。おまえの剣には毒が塗られてなかったか?おいたわしいことに、フィル様は毒には慣れている。だがもしもフィル様の身に何かあれば、俺はおまえを許さない。フィル様の身体に傷をつけたことも許さない」
「そうだな…」
息を吐き出しながら呟いたトラビスの声が、震えている。フィル様を刺した後悔か?違うな。こいつは喜んでいるのだ。己が手で、フィル様の身体に消えない跡をつけたことを。
俺は怒りでおかしくなりそうだった。だがこれ以上トラビスを殴っても仕方がない。それに高度な治癒を受けられているなら、フィル様は無事だろう。
俺は「早く王に報告に行け」と吐き捨てると、フィル様の部屋へと足を向けた。
部屋の鍵を開けて中へ入り、ベッドに近づく。ベッドの横で膝をつくと、シーツに顔を伏せた。
細く長く息を吐き、ゆっくりと鼻から吸い込む。シーツからフィル様の甘い香りがする。フィル様の香りは、いつも俺を落ち着かせてくれる。
俺は常に冷静沈着だ。なにごとにも動じない。ましてや怒りで人を脅したり殴ったりしたことがない。
だがフィル様に関しては、自分の感情を制御できない。トラビスを蹴ったところで無駄な労力を使うだけだというのに、俺は自分を止められなかった。
トラビスは重い罪を冒したのだ。フィル様の身体に傷をつけた。絶対に許されることではない。
フィル様に再会したら、トラビスがつけた跡は必ず治す。誰にもフィル様に跡などつけさせない。
「フィル様…今どこに」
俺はシーツに顔を埋めると、掠れた声を出して目を閉じた。
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