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カツカツと硬い床を打つ音が近づいてくる。足音が僕から少し離れた場所で止まる。
部屋にしばらく沈黙が降りた。
目を伏せたままで動かない僕に「フェリ様」とラズールがそっと囁く。
僕は扇子を開いて口元を隠しながら顔を上げた。上げた瞬間、心臓が止まるかと思った。
目の前に会いたかった愛しい人がいる。手を胸に当てて片膝をつき、顔を伏せているからどういう表情をしているのかわからないけど、彼の姿に恋しさが込み上げてくる。
僕は一度目を閉じると、グッと腹に力を入れて溢れ出そうになる感情にフタをした。
「どうぞ立ってください。遠い所からよく来てくださいました。礼を言います」
リアムとリアムの後ろにいたゼノが、ゆっくりと立ち上がって僕を見る。
僕はリアムの目を見つめ返した。
途端にリアムの身体が小さく揺れる。美しい紫の瞳が大きく開かれ、整った唇が音を出さずにフィルと動いた。
リアム…僕だとわかってくれた…?
こんな格好をしていても、僕だと気づいてくれた。だけど今から、僕は愛する人に嘘をつかなければならない。
僕は深く息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。
「…私は、つい先日に亡くなった前王から跡を継ぎました。イヴァル帝国の王、フェリです。以後お見知りおきを…」
「フェリ…?」
リアムが訝しげに呟く。そしてこちらへと足を踏み出しかけたが、ラズールの厳しい声に動きを止める。
「隣国の王子!それ以上近づいてはなりません。無礼です!それにあなたはまだ名乗りもしておりませんっ」
「名乗る必要があるのか?」
リアムが片足を前に踏み出したまま、ラズールを睨む。
ラズールも鋭い視線を飛ばして、二人の間に険悪な空気が漂った。
「おまえ…名は?」
「ラズールと申します」
「ラズール?聞いたことがあるな。確かフィルの側近だったという…」
「フィル…とは誰ですか?」
「は?ふざけてるのか?そこに女王の格好をして座っているじゃないか!」
「ふざけているのはあなたではありませんか?こちらにいらっしゃるのは女王のフェリ様です。フィルなどという者は、この城にはおりません」
「もういい。おまえは黙ってくれ」
リアムがラズールを一瞥して、僕の前まで歩いてくる。
当然トラビスとその部下がリアムを制止するだろうと思っていたのに、トラビスはリアムを見つめたまま動かない。トラビスが動かないから部下も同じように動かない。
焦った様子のラズールが、トラビスを叱責する。
「トラビスっ、何をしている!王子を止めよ!」
トラビスはチラリとラズールを見ただけで、動くことなく答える。
「ラズール落ち着けよ。この方は王に無体はなさらない」
「トラビス…!」
僕はカチャリと剣を揺らして前へ出ようとするラズールの腕を掴んだ。
部屋にしばらく沈黙が降りた。
目を伏せたままで動かない僕に「フェリ様」とラズールがそっと囁く。
僕は扇子を開いて口元を隠しながら顔を上げた。上げた瞬間、心臓が止まるかと思った。
目の前に会いたかった愛しい人がいる。手を胸に当てて片膝をつき、顔を伏せているからどういう表情をしているのかわからないけど、彼の姿に恋しさが込み上げてくる。
僕は一度目を閉じると、グッと腹に力を入れて溢れ出そうになる感情にフタをした。
「どうぞ立ってください。遠い所からよく来てくださいました。礼を言います」
リアムとリアムの後ろにいたゼノが、ゆっくりと立ち上がって僕を見る。
僕はリアムの目を見つめ返した。
途端にリアムの身体が小さく揺れる。美しい紫の瞳が大きく開かれ、整った唇が音を出さずにフィルと動いた。
リアム…僕だとわかってくれた…?
こんな格好をしていても、僕だと気づいてくれた。だけど今から、僕は愛する人に嘘をつかなければならない。
僕は深く息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。
「…私は、つい先日に亡くなった前王から跡を継ぎました。イヴァル帝国の王、フェリです。以後お見知りおきを…」
「フェリ…?」
リアムが訝しげに呟く。そしてこちらへと足を踏み出しかけたが、ラズールの厳しい声に動きを止める。
「隣国の王子!それ以上近づいてはなりません。無礼です!それにあなたはまだ名乗りもしておりませんっ」
「名乗る必要があるのか?」
リアムが片足を前に踏み出したまま、ラズールを睨む。
ラズールも鋭い視線を飛ばして、二人の間に険悪な空気が漂った。
「おまえ…名は?」
「ラズールと申します」
「ラズール?聞いたことがあるな。確かフィルの側近だったという…」
「フィル…とは誰ですか?」
「は?ふざけてるのか?そこに女王の格好をして座っているじゃないか!」
「ふざけているのはあなたではありませんか?こちらにいらっしゃるのは女王のフェリ様です。フィルなどという者は、この城にはおりません」
「もういい。おまえは黙ってくれ」
リアムがラズールを一瞥して、僕の前まで歩いてくる。
当然トラビスとその部下がリアムを制止するだろうと思っていたのに、トラビスはリアムを見つめたまま動かない。トラビスが動かないから部下も同じように動かない。
焦った様子のラズールが、トラビスを叱責する。
「トラビスっ、何をしている!王子を止めよ!」
トラビスはチラリとラズールを見ただけで、動くことなく答える。
「ラズール落ち着けよ。この方は王に無体はなさらない」
「トラビス…!」
僕はカチャリと剣を揺らして前へ出ようとするラズールの腕を掴んだ。
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