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「…ここは何も変わってないんだね。まだ僕の部屋が残っているとは思わなかったよ」
「掃除はされていたようですが、ここにある物には触れられていないはずです。フィル様、俺は帰国の挨拶をしてきます。ここでしばらくお待ちを」
「わかった」
トラビスが一礼をして部屋を出ていく。
トラビスの背中が扉の向こうに消えると、僕はベッドに腰掛けて部屋を見回した。
トラビスの陰に隠れるようにして城へ戻ってきた。
城の敷地に入ると、トラビスが馬を使用人に託して僕を連れ、まっすぐにこの部屋に来た。
ここは懐かしい、イヴァル帝国の王城の中の僕の部屋だ。出て行った時と何一つ変わっていない。母上は、僕を消そうとしていたのに、なぜ部屋をこのままにしていたのだろう。
母上のことを考えて、僕はハッと立ち上がる。
母上の葬儀はまだ行われていないとトラビスから聞いた。それならば、まだ母上の身体は城の中にある…?
僕は脱いでいたマントをもう一度羽織って髪を隠すと、廊下の様子をうかがいながら部屋を出た。
廊下を進んで階段を降りる。城の北側に、王族の遺体を安置する部屋があったはずだ。
母上の身体がまだあるならば、最後にひと目会いたい。そして逃げてしまったことを謝りたい。
でも逃げたことは後悔していない。そのおかげで、僕はリアムと出会って、愛することを知ったから。愛される幸せを知ったから。
十六年間過ごしてきたよく知る城の中を、誰に会うこともなく進み、目的の部屋の前に着いた。でもすぐには入れない。母上に会うのが怖い。僕は数回深呼吸を繰り返して覚悟を決める。怖いけど会わなければ。
僕は震える手を伸ばして扉の取っ手を掴む。その瞬間、キィと音を立てて扉が向こう側へと開いて、よろめいた。フラリと前のめりに倒れかけた身体を、扉を開けた人に支えられる。
「あ…ごめん…なさ…」
「…その声…まさ…か」
俯きながら謝った僕の頭上から、震える声がした。
その声を聞くなり僕の心臓が跳ねた。僕も一瞬で誰かわかったから。
「フィル様…」
僕はゆっくりと顔を上げる。あげた拍子にフードが外れて銀髪があらわになる。
見上げた先で、ラズールが苦しそうに顔を歪めている。
「よく…ご無事で…っ」
「うん…」
ラズールの腕が伸びて僕を強く抱きしめた。
僕の肩に顔を埋めたラズールが、身体を震わせる。
「ずっと…会いたかった」
「僕も…会いたかったよ」
そう呟いて、僕はラズールの胸を強く押した。
でもラズールは、腕の力を緩めてくれない。僕を離してくれない。
「ラズール…離して」
「…嫌です」
「どうして…?僕と一緒に来てくれなかったのに…。なのに今さらっ、会いたいなんて言うなっ」
大きな声で叫んだら涙が出た。
だめだな。ラズールの前だといつも我慢ができない。すぐに甘えて泣いてしまう。
両手でラズールの胸をドンドンと叩きながら、僕は声を上げて泣き出した。
「ラズールのっ…ばか…っ」
「フィル様…申しわけありません!俺もあなたと行きたかった。離れたくなかった。ずっと傍にいると誓った約束を…守りたかった!」
「来なかったくせにっ…!うそつきっ、ラズールはうそつきだ!ラズールなんて…嫌いだっ…!」
「フィル様っ…!俺は…っ、あなたに嫌われては生きていけないっ」
僕の耳元で吐き出されたラズールの悲痛な声。
僕は肩を震わせながら、涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「掃除はされていたようですが、ここにある物には触れられていないはずです。フィル様、俺は帰国の挨拶をしてきます。ここでしばらくお待ちを」
「わかった」
トラビスが一礼をして部屋を出ていく。
トラビスの背中が扉の向こうに消えると、僕はベッドに腰掛けて部屋を見回した。
トラビスの陰に隠れるようにして城へ戻ってきた。
城の敷地に入ると、トラビスが馬を使用人に託して僕を連れ、まっすぐにこの部屋に来た。
ここは懐かしい、イヴァル帝国の王城の中の僕の部屋だ。出て行った時と何一つ変わっていない。母上は、僕を消そうとしていたのに、なぜ部屋をこのままにしていたのだろう。
母上のことを考えて、僕はハッと立ち上がる。
母上の葬儀はまだ行われていないとトラビスから聞いた。それならば、まだ母上の身体は城の中にある…?
僕は脱いでいたマントをもう一度羽織って髪を隠すと、廊下の様子をうかがいながら部屋を出た。
廊下を進んで階段を降りる。城の北側に、王族の遺体を安置する部屋があったはずだ。
母上の身体がまだあるならば、最後にひと目会いたい。そして逃げてしまったことを謝りたい。
でも逃げたことは後悔していない。そのおかげで、僕はリアムと出会って、愛することを知ったから。愛される幸せを知ったから。
十六年間過ごしてきたよく知る城の中を、誰に会うこともなく進み、目的の部屋の前に着いた。でもすぐには入れない。母上に会うのが怖い。僕は数回深呼吸を繰り返して覚悟を決める。怖いけど会わなければ。
僕は震える手を伸ばして扉の取っ手を掴む。その瞬間、キィと音を立てて扉が向こう側へと開いて、よろめいた。フラリと前のめりに倒れかけた身体を、扉を開けた人に支えられる。
「あ…ごめん…なさ…」
「…その声…まさ…か」
俯きながら謝った僕の頭上から、震える声がした。
その声を聞くなり僕の心臓が跳ねた。僕も一瞬で誰かわかったから。
「フィル様…」
僕はゆっくりと顔を上げる。あげた拍子にフードが外れて銀髪があらわになる。
見上げた先で、ラズールが苦しそうに顔を歪めている。
「よく…ご無事で…っ」
「うん…」
ラズールの腕が伸びて僕を強く抱きしめた。
僕の肩に顔を埋めたラズールが、身体を震わせる。
「ずっと…会いたかった」
「僕も…会いたかったよ」
そう呟いて、僕はラズールの胸を強く押した。
でもラズールは、腕の力を緩めてくれない。僕を離してくれない。
「ラズール…離して」
「…嫌です」
「どうして…?僕と一緒に来てくれなかったのに…。なのに今さらっ、会いたいなんて言うなっ」
大きな声で叫んだら涙が出た。
だめだな。ラズールの前だといつも我慢ができない。すぐに甘えて泣いてしまう。
両手でラズールの胸をドンドンと叩きながら、僕は声を上げて泣き出した。
「ラズールのっ…ばか…っ」
「フィル様…申しわけありません!俺もあなたと行きたかった。離れたくなかった。ずっと傍にいると誓った約束を…守りたかった!」
「来なかったくせにっ…!うそつきっ、ラズールはうそつきだ!ラズールなんて…嫌いだっ…!」
「フィル様っ…!俺は…っ、あなたに嫌われては生きていけないっ」
僕の耳元で吐き出されたラズールの悲痛な声。
僕は肩を震わせながら、涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔を上げた。
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