67 / 451
31
しおりを挟む
「ようやく見えてきました。イヴァル帝国の王都が。久しぶりではありませんか?」
「そうだね…」
馬に揺られながらトラビスが僕を振り返り、嬉しそうに言う。
その顔を見て、僕は少しだけ苛ついた。
滅多に笑顔を見せないおまえがそんな顔をするのは、今度こそ僕を殺せることが嬉しいから?
僕は息を吐いて小さく首を振る。
リアムと離れてから、僕の思考がどんどんと黒く染まっていく。
そして二度と戻ることはないと思っていた王都を目にして、僕の胸が苦しくなった。懐かしい感情と姉上や母上に申しわけない気持ちとラズールに会うことが怖い思いと。いろんな気持ちが混ざって苦しい。リアムが傍にいないことも寂しくて苦しい。でも不思議と殺されることは怖いと思わない。ずいぶんと前から覚悟はできていたから。
「少し暑いですね」と言いながら、トラビスがコートを脱ぐ。コートの下は、商人の格好ではなく濃い青色の軍服に着替えている。イヴァル帝国に入った日の朝に、国境近くの宿で着替えたのだ。
僕はトラビスを一瞥すると、王都の高い塀を見ながら口を開く。
「イヴァルは北の国に比べると暖かいな。冬でも過ごしやすく良い国だ」
「当然です。ところで北の国とは?」
「デネス大国だよ。とても寒かった」
「そんな遠くまで行かれたのですか」
「そうだよ。いつ追手が来て殺されるかわからないから。自由があるうちに行ってみたかった」
「それは…バイロンの第二王子と一緒に…」
「うん。彼は優しいんだ。僕が心配だからとついて来てくれた」
「そうですか…。それは貴重な経験をされましたね。俺はまだデネスには行ったことがありません」
「へぇ?また今度話してやっても……」
「はい。ぜひお願いします」
僕は苦い顔で口を噤んで前方を見つめる。
今度ってなに。今度なんてないのに。トラビスと数日、二人きりで旅をして、少し心を許してしまった。口を緩めすぎた。
リアムと出会って、この先もずっと生きていくのだと夢を見た。でも夢は夢だ。僕に未来はない。生まれた瞬間からそんなものはなかった。そして間もなく、僕はこの世界から消える。僕という存在を知る者は少ない。だから僕が消えても世界は何も変わらない。ただ…リアムにだけは忘れられたくない。隣国に僕という王子がいたことを、できれば忘れないで欲しい。リアムが覚えてさえいてくれたら、僕は満足だ。
「どうされました?フィル様もコートを脱ぎますか?」
「そうだね…」
僕は馬を止めると、マントとコートを脱いだ。
隣に来て手を差し出すトラビスに、訝しげな顔を見せる。
「なに?」
「コートをこちらへ。お持ちします」
「いいよ、別に…」
コートを前に置いて首を振る。でも僕がマントを羽織っている間に、トラビスがコートを取り上げてしまった。
「これは綺麗にして後で部屋に届けます。フィル様、城内の部屋に入るまでは、銀髪を見られないように気をつけてください」
「わかってる」
トラビスがうるさくて、僕は思いっきり嫌な顔をする。
こいつはこんなに喋る奴だったのかと思いながら息を吐く。
城にいる時は、顔を合わせても挨拶程度にしか言葉を交わしたことがなかったから、知らなかった。
トラビスが僕を見て不思議そうに眉を動かした。
「なにか気分を害されることがありましたか?」
僕は無言でトラビスを見て前を向く。
「なにも。早く姉上に会いたい」
「かしこまりました」
トラビスが、馬の腹を蹴って速度をあげる。
僕も遅れないようにロロの腹を蹴る。
王都がどんどんと近づくにつれて、僕の鼓動が壊れそうなくらいに激しく鳴り始めた。
「そうだね…」
馬に揺られながらトラビスが僕を振り返り、嬉しそうに言う。
その顔を見て、僕は少しだけ苛ついた。
滅多に笑顔を見せないおまえがそんな顔をするのは、今度こそ僕を殺せることが嬉しいから?
僕は息を吐いて小さく首を振る。
リアムと離れてから、僕の思考がどんどんと黒く染まっていく。
そして二度と戻ることはないと思っていた王都を目にして、僕の胸が苦しくなった。懐かしい感情と姉上や母上に申しわけない気持ちとラズールに会うことが怖い思いと。いろんな気持ちが混ざって苦しい。リアムが傍にいないことも寂しくて苦しい。でも不思議と殺されることは怖いと思わない。ずいぶんと前から覚悟はできていたから。
「少し暑いですね」と言いながら、トラビスがコートを脱ぐ。コートの下は、商人の格好ではなく濃い青色の軍服に着替えている。イヴァル帝国に入った日の朝に、国境近くの宿で着替えたのだ。
僕はトラビスを一瞥すると、王都の高い塀を見ながら口を開く。
「イヴァルは北の国に比べると暖かいな。冬でも過ごしやすく良い国だ」
「当然です。ところで北の国とは?」
「デネス大国だよ。とても寒かった」
「そんな遠くまで行かれたのですか」
「そうだよ。いつ追手が来て殺されるかわからないから。自由があるうちに行ってみたかった」
「それは…バイロンの第二王子と一緒に…」
「うん。彼は優しいんだ。僕が心配だからとついて来てくれた」
「そうですか…。それは貴重な経験をされましたね。俺はまだデネスには行ったことがありません」
「へぇ?また今度話してやっても……」
「はい。ぜひお願いします」
僕は苦い顔で口を噤んで前方を見つめる。
今度ってなに。今度なんてないのに。トラビスと数日、二人きりで旅をして、少し心を許してしまった。口を緩めすぎた。
リアムと出会って、この先もずっと生きていくのだと夢を見た。でも夢は夢だ。僕に未来はない。生まれた瞬間からそんなものはなかった。そして間もなく、僕はこの世界から消える。僕という存在を知る者は少ない。だから僕が消えても世界は何も変わらない。ただ…リアムにだけは忘れられたくない。隣国に僕という王子がいたことを、できれば忘れないで欲しい。リアムが覚えてさえいてくれたら、僕は満足だ。
「どうされました?フィル様もコートを脱ぎますか?」
「そうだね…」
僕は馬を止めると、マントとコートを脱いだ。
隣に来て手を差し出すトラビスに、訝しげな顔を見せる。
「なに?」
「コートをこちらへ。お持ちします」
「いいよ、別に…」
コートを前に置いて首を振る。でも僕がマントを羽織っている間に、トラビスがコートを取り上げてしまった。
「これは綺麗にして後で部屋に届けます。フィル様、城内の部屋に入るまでは、銀髪を見られないように気をつけてください」
「わかってる」
トラビスがうるさくて、僕は思いっきり嫌な顔をする。
こいつはこんなに喋る奴だったのかと思いながら息を吐く。
城にいる時は、顔を合わせても挨拶程度にしか言葉を交わしたことがなかったから、知らなかった。
トラビスが僕を見て不思議そうに眉を動かした。
「なにか気分を害されることがありましたか?」
僕は無言でトラビスを見て前を向く。
「なにも。早く姉上に会いたい」
「かしこまりました」
トラビスが、馬の腹を蹴って速度をあげる。
僕も遅れないようにロロの腹を蹴る。
王都がどんどんと近づくにつれて、僕の鼓動が壊れそうなくらいに激しく鳴り始めた。
1
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる