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リセット
しおりを挟む「時間を戻したいって思ったことない?」
不意にアヤが言うと、グラスの中の氷が溶けてカランと涼しげな音色を奏でた。
「どうしたの急に?」
アヤの思いがけない問いに、京子は驚いたように聞く。
「何となく……聞いてみただけ」
「ふぅん?」
京子はストローをグラスの中でまわす。
「そうね、戻せたら素敵よね」
路地裏の小さなバーでの他愛ない会話。
薄暗い店内を静かに音楽が流れ、時折入るレコードのスクラッチ音がかえって心地良い。
「時間を戻せるとしたら、京子は何に使う?」
「う~ん、何かな……」
京子は考え込む。
「ギャンブルとか? 結果を見て戻すの」
アヤが笑った。
「俗物的ね」
京子はムッとする。
「じゃあ、アヤは何に使うのよ?」
「……例えば、誰かと喧嘩しちゃった時……かな」
「喧嘩?」
「そう。京子は、喧嘩したあとで後悔したことってない?」
「……ある。実はこの前、由香里と喧嘩しちゃって大変だったんだ」
「えっ、由香里と?」
「うん、私の一言のせいで。言ったことは取り消せないからさ」
京子が溜め息をついた横で、アヤは静かに頷いた。
「そうね…… 喧嘩前に戻せたらいいわよね」
「でもさ」
京子はカウンターに片肘をつく。
「喧嘩前に戻せたとしても、喧嘩を避けられるかしら?」
その言葉に、アヤの表情が心なしか憂いを帯びる。
「また同じことを繰り返しちゃう気がしない?」
「どうかな……」
アヤは頼りなく答えると、オレンジ色の液体を口に含んだ。
京子もアヤにならって一口飲む。そして、グラスをカウンターに置くと同時に話を切り出した。
「ねっ、それよりアヤ。相談に乗ってよ」
「彼氏のことでしょ?」
「あれ、何で分かったの?」
京子が不思議そうに尋ねた時、流れていた音楽が突然リズムを崩した。
同じ箇所を何度も演奏している。
京子がカウンター横に目をやると、困り顔をしたマスターがプレーヤーを覗き込んでいた。
「……ゴメンね」
唐突にアヤが小さく呟いた。
マスターの様子に気を取られていた京子が振り返る。
「何か言った?」
京子の言葉に、アヤは淋しそうに笑う。
「私も、聞いて欲しいことがあるの……」
空になったグラスをアヤは静かに置いた。
~おしまい~
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