リセット ~もし、時間を戻せたら~

楪巴 (ゆずりは)

文字の大きさ
上 下
1 / 1

リセット

しおりを挟む

「時間を戻したいって思ったことない?」


 不意にアヤが言うと、グラスの中の氷が溶けてカランと涼しげな音色を奏でた。


「どうしたの急に?」


 アヤの思いがけない問いに、京子きょうこは驚いたように聞く。


「何となく……聞いてみただけ」

「ふぅん?」


 京子はストローをグラスの中でまわす。


「そうね、戻せたら素敵よね」


 路地裏の小さなバーでの他愛ない会話。

 薄暗い店内を静かに音楽が流れ、時折入るレコードのスクラッチ音がかえって心地良い。


「時間を戻せるとしたら、京子は何に使う?」

「う~ん、何かな……」


 京子は考え込む。


「ギャンブルとか? 結果を見て戻すの」


 アヤが笑った。


「俗物的ね」


 京子はムッとする。


「じゃあ、アヤは何に使うのよ?」

「……例えば、誰かと喧嘩けんかしちゃった時……かな」

喧嘩けんか?」

「そう。京子は、喧嘩けんかしたあとで後悔したことってない?」

「……ある。実はこの前、由香里ゆかり喧嘩けんかしちゃって大変だったんだ」

「えっ、由香里と?」

「うん、私の一言のせいで。言ったことは取り消せないからさ」


 京子が溜め息をついた横で、アヤは静かに頷いた。


「そうね…… 喧嘩けんか前に戻せたらいいわよね」

「でもさ」


 京子はカウンターに片肘をつく。


喧嘩けんか前に戻せたとしても、喧嘩けんかを避けられるかしら?」


 その言葉に、アヤの表情が心なしか憂いを帯びる。


「また同じことを繰り返しちゃう気がしない?」

「どうかな……」


 アヤは頼りなく答えると、オレンジ色の液体を口に含んだ。

 京子もアヤにならって一口飲む。そして、グラスをカウンターに置くと同時に話を切り出した。


「ねっ、それよりアヤ。相談に乗ってよ」

「彼氏のことでしょ?」

「あれ、何で分かったの?」


 京子が不思議そうに尋ねた時、流れていた音楽が突然リズムを崩した。

 同じ箇所を何度も演奏している。

 京子がカウンター横に目をやると、困り顔をしたマスターがプレーヤーを覗き込んでいた。


「……ゴメンね」


 唐突にアヤが小さく呟いた。

 マスターの様子に気を取られていた京子が振り返る。


「何か言った?」


 京子の言葉に、アヤは淋しそうに笑う。


「私も、聞いて欲しいことがあるの……」


 空になったグラスをアヤは静かに置いた。


 ~おしまい~
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

桟田譲児とその家族

ミダ ワタル
現代文学
「孤独を愛し淫することがないように」それが少年に母親が遺した言葉だった。 幸福の記憶に捉われ少年は少女への情念に迷いだす。 全7話完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

人魚の鱗

花籠しずく
現代文学
幼い頃人魚の少年に会った梨花。成長して高校生になってからも、その面影を探し続けていた。友人関係に思い悩む中、彼に似た人に出会う。投げやりに肌を重ね、自暴自棄になっていた時に、再び人魚の彼に再会する――。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

身代わりと捨てた時間

月詠世理
現代文学
若くして不治の病になった彼。医者に宣告された余命が短かった。——本来なら不治の病に罹っていたのは彼の兄だった。しかし、彼は生きていられた時間(とき)を捨ててしまった。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...