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36. 柚姫は……永劫の時を、私と共に生きる気はあるか?

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「チトセさん、どこ行っちゃったのかな……」

 チトセが住んでいたはずの部屋は、既に引き払われていた。

「何故、あいつの心配をする?」

 ベッドの上に座り込んだトワが、しかめっ面で聞いてくる。

「だって、いきなりいなくなったら気になるでしょ?」
「全く気にならんな」

 にべもなく言われる。

「柚姫……」
「ん、何?」

 柚姫は机から離れ、ベッドへ移動した。

「どうしたの? っ……」

 トワの顔を横から覗き込んだ瞬間、隙ありと言わんばかりに、いきなりベッドの上に押し倒された。

 トワの視線が、柚姫の首筋に注がれていることに気づき、

「あ……」

 そうだ――トワに屋上から家へ連れ帰ってもらい、そのまま疲れて眠ってしまった。

 朝はすぐに学校へ行ってしまったから、トワはあれからずっと血を飲んでいないことになる。

 チトセさんとの戦いで力を消耗し、いつも以上に飢えは高まっているはずだ。

 柚姫はトワの欲求に応えるように、首を横に寝かせ、無防備な首筋を晒した。

 しかしトワは何を思ったのか、すっと身体を浮かせて柚姫から身を引いてしまう。

「え、トワ……?」

 そのまま血を吸われるものと思っていたので、柚姫は困惑する。

 続く言葉を思いつけずに心配そうな視線を送ると、トワは静かに口を開いた。

「柚姫……」

 いつになく甘い声が降ってきて、心臓がどきっと跳ねた。

 漆黒の髪がさらりと肩からすべり落ち、金色の双眸そうぼうが妖しい光をまとって柚姫を見下ろしている。

 見るものを魅了してやまない、吸血鬼の目だ。

「柚姫は……」

 そこで少し間を置いてから、トワは心にずっと抱いていた問いを、ようやく口にした。

永劫えいごうの時を、私とともに生きる気はあるか?」

 思いがけない言葉に、柚姫は目をみはった。

「吸血鬼に……なるか?」

 牙を覗かせた唇が柚姫の耳元まで降りてきて、ささやくように言われる。

 私が、吸血鬼に……?

 前に一度だけ、チトセさんに訊かれたことがある。

 吸血鬼になることについて、どう思うかと。あのときは、答えを出せなかったけれど……

 今は……私の気持ちは――

 柚姫は、きゅっと固く目を閉じた。

 まるで静寂を破ることを恐れるかのように、言葉にする代わりに、こくりとうなずく。

 自分のとった行動が急速に現実味を帯びていき、鼓動がうるさいほど存在を主張し始める。全身の血が沸騰するように、身体が熱くなった。

 しかし、いつまでたっても何も起こる気配がなく、柚姫はゆるゆるとまぶたを上げる。

 目を閉じる前と変わらない位置にトワの顔があり、耳朶じだに吐息がかかるほどの至近距離で低くささやかれる。

「本当は、柚姫の許可などとらずに、今すぐにでも仲間にしたいと思っている」
「え……?」
「あいつが言っていただろ? 吸血鬼は、仲間に引き入れることで最上級の愛を示す生き物だと」

 その通りだ、とトワは唇を噛みしめる。

「愛しいと思うから、吸血鬼の……こんな呪われた宿命を負わせたくないと思っているのに、残酷な吸血鬼の本性は、お前を仲間にしろと私をき立てる……っ」

 ぎり、とトワは自身をいさめるように奥歯を強く噛みしめた。
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