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17. 本当に、お前はとんだお節介だ。

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 目を覚ますと、柚姫はベッドの上にいた。

「ん……」

 起き上がろうとするが、身体に力が入らない。

 あれ、どうしたんだっけ?

 ぼーっと考えていると、

「気がついたか?」

 急にトワの声が降ってきて、それまで夢現ゆめうつつだった柚姫は、はっきりと目を覚ました。

「トワ? ずっと……いてくれたの?」

 トワはベッドの端に腰を下ろし、柚姫の頬に触れた。

「……すまない。やはり、いつもより多く血をいただいてしまった。全く加減ができなかった」

 自身を責めるトワに、柚姫はやんわりと笑みをむける。ずっと側にいてくれたことが何より嬉しかった。

「何で謝るの? 私、ちゃんと生きてるし」
「柚姫……」
「それより、どうして血を飲まなかったの?」

 あんなに弱るまで、どうして……。

 トワは額に手を当てると、溜息まじりに言った。

「……飲まなかったわけではない」
「えっ?」
「正確には、飲めなかったのだ」

 飲まなかったのではなく、飲めなかった……?

 柚姫が困惑していると、トワはさらにつけ足して言う。

「適当な人間の血を吸おうと思った。だが、ほんの一口、口に含んだだけで喉が焼けつくような痛みを覚えた。……私の身体からだが血を受けつけなかった」

「どういうこと? 血を飲まなかったら……」

 トワは息をつき、その先を続けた。

「いくら不死身の吸血鬼と言えど、血を断てば死に至る。だが、前にも話したと思うが、吸血鬼は生きようとする本能が強い。自ら死を望んでも、吸血衝動を抑えることはできない」

 そう言えば、初めて会ったとき、トワはそんなことを言っていた。だから、太陽の下で灰になろうとしていたわけで。

 じゃあ、血が飲めなくなったから、トワは私の血もこばんだってこと……? って、あれ?

 柚姫は矛盾に気がついた。

「でも、さっき私の血は飲んだ……飲めたよね?」

 結果的にトワは柚姫の血を飲んだけれど、それは相当無理をしてのことだったのだろうか。

 もし、トワが自分の血も飲めなくなったのだとしたら。

 それは、考えるだけで怖かった。

 いつかいなくなってしまうのではという不安が、常に心の中にあった。だから――

 ああ……そうか、と柚姫は気づく。

 血を提供することで、柚姫は少しでもトワと繋がっていたかったのだ。

「私の血が嫌いになったの? だから、ほかの人の血を飲もうとしたの?」 

 トワが自分の血を飲めなくなったのかもしれない。そう思うだけで、不安になる。

 今にも泣きそうな柚姫に、トワは静かに首を横に振る。

「……そうではない。柚姫の血は……こうして近くにいるだけでも誘われる……」

 柚姫に手を伸ばしかけ、はっとトワはその手を引っ込めた。

 トワの瞳が、まるで夜空に浮かぶ月のように、まばゆい光を放っていることに柚姫は気がついた。

 こんなトワの瞳を見たのは多分、二回目だ。

 最初に見たのは、トワが柚姫との距離を置いたあの日。あのときも、トワの金色の瞳がいつにもまして輝いて見えた。

「……まただ」

 短く舌打ちをし、トワは深く息を吸った。そうすることで、苛立つ気持ちを落ち着かせようとしているようだった。

「だ、大丈夫?」
「あまり大丈夫ではない」
「えっ?」

 トワは、柚姫を見ないようにしながら嘆息たんそくした。

「柚姫の血が嫌いになった? その逆だ。私が柚姫の血をこばんだのは、柚姫の血が欲しかったからだ」

 私の血が欲しかった? 欲しいのにこば……んだ?

「そんな状態で柚姫の血を吸えるものか」

 額に手を添え、言い捨てる。

「先ほどはすんでのところで理性が働いたから良かったものの、いつか歯止めが利かなくなり、吸いつくしてしまう。故に、柚姫以外の血で飢えをしのごうと思ったのだが……」
「飲めなかったの?」
「……どう言うわけか、柚姫の血しか受けつけなくなってしまった」
「私の血……だけ?」
「そうだ。五百年生きてきたが、こんなことは初めてだ」

 眉間にしわを寄せ、トワはこの先のことを考える。

 柚姫の血しか受けつけない以上、柚姫から血をもらわなければ死んでしまう。だが、柚姫の血を渇望かつぼうしているこの状態で血をもらうのは危険だ。

 さて、どうしたものかとトワが思考を巡らせていると、

「ねぇ、トワ」

 呼ばれて、ベッドに横たわったままの柚姫を振り返る。

「何だ?」
「私の血は飲めるんだよね?」
「ああ……」
「だったら、飲んで」

 トワは見るからに怖い顔をした。

「……お前は、私の話を聞いていたのか?」
「うん」
「吸いつくしてしまうと言ったが?」
「うん。でも、そうならないかもしれない。だって、さっきは大丈夫だったでしょ?」

 トワの鋭い視線にひるむことなく、柚姫は続けた。

「あのとき、私が言った言葉はうそじゃないよ。トワになら……全部血をあげたって構わない。でも、そうならないって、私は信じてる」

 迷いのない瞳で、まっすぐトワを見据えた。

 一体、何処にそんな強さを隠し持っているのか。

 小柄で一見すると弱々しく見えるのに、ときおり、柚姫は信じられないくらい強い光を瞳に宿すことがある。死にとらわれていたトワを、光の世界へと引っぱり上げたのも、そんな柚姫の持つ強い光だった。

「まったく……」

 やがてトワは、諦めたように言う。

「本当に、お前はとんだお節介だ。死んでも知らんぞ」
「そのときは、骨は拾ってほしい……かな」

 トワは呆れたように言う。

「下らんこと言ってないで、寝ろ。そんなふらふらのやつから血を吸ってみろ。骨も残らないぞ」 

 ふん、と鼻を鳴らし、トワは背中をむけた。

 ……少し間を置いてから、ぶっきらぼうに言い直す。

「側にいてやるから、さっさと寝ろ」

 背中越しでトワの表情は見えない。だけど――

 トワの優しい心のうちが見え、柚姫の心が温かいもので満たされていく。

「うん……おやすみ、トワ」

 それだけ伝え、柚姫は素直に目を閉じた。
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