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6. トワ、ただいま。
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小さい頃、捨てられた犬や猫を拾ってきて母親によく叱られたものだけれど、よもや吸血鬼を拾うことになるなんて思いもしなかった。
――また拾ってきて。
学校からの帰り道。
ふと、両手を腰に当て、呆れたように言う母の姿が浮かんだ。
しかし、そんな光景もすぐに淡い色に霞み、記憶の底へと沈んでいく。
両親を乗せた飛行機が墜落したのは去年の二月。
高校も決まり、新しい生活が始まろうとした矢先のことだった。
胸のうちによぎった様々な思いを振り払うように、柚姫はふぅと溜息を落とす。
「ただいま――」
静まり返った玄関に自分の声が響いて、柚姫は思わず立ち止まる。
何気なく声に出していたが、久しく言うことのなかった言葉だ。
「柚姫」
呼びかけられ、はっとなる。
廊下を歩いてくるトワの姿を見つけ、自然と顔がほころぶ。
「トワ、ただいま」
「ああ、早く上がれ」
私の家なんだけど……。
トワの偉そうな態度は、ずっと昔から一緒に住んでいたような気にさせられる。
柚姫の口から、くすりと笑みがこぼれた。
「トワ、もう起きて大丈夫なの?」
「……肩が凝った」
吸血鬼でも肩は凝るのか……。
たしかに、あんな狭い空間で眠れる人がいたら拍手ものだ。
それでなくとも、トワは見るからに背が高い。
体育座りで寝ていたのだろうか。
それとも、立ったままだろうか。
逆立ちなんてことは。
「柚姫……」
「ん?」
「……今、何か想像しなかったか?」
柚姫は、頭の中に実った想像の果実をすぐさま手でもぎ取った。
「ううん、何も?」
「そうか……」
ほっとする柚姫の傍らで、トワは続けた。
「誰かさんが想像したとおり、妙な寝方をしたせいで体力を消耗した。優しい誰かさんは、今宵は多くの血を捧げてくれるに違いない」
げ。
柚姫は身の危険を感じた。
「これ以上は死んじゃうから!」
「そんなこともあろうかと、これを用意した」
柚姫の前に、様々なラベルの貼られたビンが次々と並べられる。
「……こ、これは――?」
ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC、鉄分、鉄分、鉄分、鉄分……コラーゲン。
ん、コラーゲン?
くるりとビンをまわしてみると、美容にいいと書かれている。
「……」
「これで存分に体力をつけろ」
柚姫の頬がひくっと引きつる。
「ちょ、ちょっと待って」
「何を待つのだ?」
「ええと……」
柚姫は顔を引きつらせたまま、一列に並べられたビンを右から左へと検分していく。
こんなにたくさんの栄養剤を見ると、薬物中毒者になった気分である。
いやしかし……。
この先のことを思うと、美容はともかく鉄分は必要かもしれない。
鉄分と書かれたビンを手にとってみる。
「あれ?」
蓋をまわそうと力を加えるが、びくともしない。
「う……ん……っ」
次第に、ビンを振ってみたり、蓋を引っぺがそうとしたり、暴挙に出始める。
そして柚姫の持てる力をすべて加えたところで、奇跡は起きた。
銀色の蓋が柚姫の手をすり抜けるようにして吹っ飛んだかと思うと、今度は弾丸の如く錠剤が飛び出した。
「ふわ!?」
無残にも散らばってしまった錠剤を見て、唖然とする柚姫……。
トワは堪えきれずに吹き出した。
「そ、そんなに笑わなくたって!」
「すまぬ。あまりにもおかしくて、ついな」
「ついって何よ~」
柚姫はふくれる。
その怒ったような仕草に、トワはもう一度笑った。
――また拾ってきて。
学校からの帰り道。
ふと、両手を腰に当て、呆れたように言う母の姿が浮かんだ。
しかし、そんな光景もすぐに淡い色に霞み、記憶の底へと沈んでいく。
両親を乗せた飛行機が墜落したのは去年の二月。
高校も決まり、新しい生活が始まろうとした矢先のことだった。
胸のうちによぎった様々な思いを振り払うように、柚姫はふぅと溜息を落とす。
「ただいま――」
静まり返った玄関に自分の声が響いて、柚姫は思わず立ち止まる。
何気なく声に出していたが、久しく言うことのなかった言葉だ。
「柚姫」
呼びかけられ、はっとなる。
廊下を歩いてくるトワの姿を見つけ、自然と顔がほころぶ。
「トワ、ただいま」
「ああ、早く上がれ」
私の家なんだけど……。
トワの偉そうな態度は、ずっと昔から一緒に住んでいたような気にさせられる。
柚姫の口から、くすりと笑みがこぼれた。
「トワ、もう起きて大丈夫なの?」
「……肩が凝った」
吸血鬼でも肩は凝るのか……。
たしかに、あんな狭い空間で眠れる人がいたら拍手ものだ。
それでなくとも、トワは見るからに背が高い。
体育座りで寝ていたのだろうか。
それとも、立ったままだろうか。
逆立ちなんてことは。
「柚姫……」
「ん?」
「……今、何か想像しなかったか?」
柚姫は、頭の中に実った想像の果実をすぐさま手でもぎ取った。
「ううん、何も?」
「そうか……」
ほっとする柚姫の傍らで、トワは続けた。
「誰かさんが想像したとおり、妙な寝方をしたせいで体力を消耗した。優しい誰かさんは、今宵は多くの血を捧げてくれるに違いない」
げ。
柚姫は身の危険を感じた。
「これ以上は死んじゃうから!」
「そんなこともあろうかと、これを用意した」
柚姫の前に、様々なラベルの貼られたビンが次々と並べられる。
「……こ、これは――?」
ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC、鉄分、鉄分、鉄分、鉄分……コラーゲン。
ん、コラーゲン?
くるりとビンをまわしてみると、美容にいいと書かれている。
「……」
「これで存分に体力をつけろ」
柚姫の頬がひくっと引きつる。
「ちょ、ちょっと待って」
「何を待つのだ?」
「ええと……」
柚姫は顔を引きつらせたまま、一列に並べられたビンを右から左へと検分していく。
こんなにたくさんの栄養剤を見ると、薬物中毒者になった気分である。
いやしかし……。
この先のことを思うと、美容はともかく鉄分は必要かもしれない。
鉄分と書かれたビンを手にとってみる。
「あれ?」
蓋をまわそうと力を加えるが、びくともしない。
「う……ん……っ」
次第に、ビンを振ってみたり、蓋を引っぺがそうとしたり、暴挙に出始める。
そして柚姫の持てる力をすべて加えたところで、奇跡は起きた。
銀色の蓋が柚姫の手をすり抜けるようにして吹っ飛んだかと思うと、今度は弾丸の如く錠剤が飛び出した。
「ふわ!?」
無残にも散らばってしまった錠剤を見て、唖然とする柚姫……。
トワは堪えきれずに吹き出した。
「そ、そんなに笑わなくたって!」
「すまぬ。あまりにもおかしくて、ついな」
「ついって何よ~」
柚姫はふくれる。
その怒ったような仕草に、トワはもう一度笑った。
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