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6.癖ある騎士に能あり、かたや木を見て森を見ず
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アネモネはソレールの胸に収まっている自分の腕を引っこ抜いて、震えている彼の背に伸ばす。
いっぱい言い訳をしないといけないし、聞いてもらいたい。
でも何より、今はソレールの震えを止めることが先決だと思った。そして、自分がぎゅっと抱きしめれば、彼が落ち着いてくれると思った。
それは、なんの根拠も無かったが、正解だった。
うんと両手を伸ばしても全部を覆うことができないソレールの背は大きいけれど、トントンとゆっくり叩く度に震えが治まっていく。
「……心配かけてごめんなさい」
「いや、私こそ怒鳴って悪かった」
アネモネはソレールを抱きしめたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
不思議なものだ。
たったこれだけの会話で、ソレールが自分のことを疑っていたわけでは無いのがわかる。
「アネモネ、聞いて欲しいことがある」
「うん」
「本当は全部落ち着いたら、話そうと思っていたことなんだ。でも隠すような真似なんかしないで、ちゃんと伝えておけば良かったと後悔している」
「うん」
「実は───」
「見せつけてくれるわ、お前たち。随分と仲がよろしいことで。ったく、イチャつくのは、家に帰ってからにしろ」
胸焼けを押さえるような口調でアニスはソレールの言葉を遮った。
対して、ソレールは「そうします」と、あっさりと同意する。ただ、未だに彼の腕の中にいるアネモネは違った。
「なっ……な、な、な、な」
アネモネは顔を真っ赤にして、たった一文字を紡ぎながらモダモダしている。
アニスが、自分がソレールの家にお世話になっていることを存じ上げていることに驚きだが、それはまぁ……今思えば知らないほうがおかしい。ただ、その後が問題だ。
イチャつくって言ったのだ。
言葉として気持ちを確認していない微妙な関係で、からかわれるのは恐ろしい程こっ恥ずかしい。
あと詳細を聞いていはいないが、ソレールは今日のことを全部把握している。
アニスも、どうやら自分のことを毛嫌いしていたわけではないようだ。
もしかして襟首掴んで摘まみ出されたり、馬車から突き落とされたりと随分乱暴なことをしてくれてたが、その全ての行動はアネモネの身を守ろうとしてくれていのかもしれない。
仮に……もしそうだとしたら、自分で事をややこしくしてしまっていたのだ。
アネモネは驚愕した。そして深く反省した。
自分の力量を見極めることができず、大切な人に迷惑をかけてしまったことに。
「ごめんなさいソレール。あなたを騙すような事をして」
アネモネはソレールの腕から離れ、2歩距離を置くと深く頭を下げた。
「いいんだよ」
「でも……私……知らなかったとはいえ……ソレールを騙すだけじゃなく、あなたのご主人様も危険に晒してしまいました」
「こちらも騙していたんだ。それに遅かれ早かれこうなっていた。だから、アネモネが気にすることは無い」
この会話は全てアネモネとソレールが繰り広げている。
つまり、アニスとティートは蚊帳の外。
「なぁ、こういうのって俺が言うべき台詞なのでは?あと、娘。俺に詫びはないのか?」
あ、確かにそうだ。
アネモネは、すぐさまアニスの言葉に頷き、頭を下げようとした。
だが、ぶっちゃけソレールから言われた方が嬉しいので、本当に、本当にお貴族様には申し訳ないがその主張は無視という形にさせていただいた。
それに猿呼ばわりされたことは、多分一生忘れない。例え言った本人が忘れたとしても。
床に串刺しになっているティートが、「やるね」と言いたげに場違いな口笛を吹いた。
いっぱい言い訳をしないといけないし、聞いてもらいたい。
でも何より、今はソレールの震えを止めることが先決だと思った。そして、自分がぎゅっと抱きしめれば、彼が落ち着いてくれると思った。
それは、なんの根拠も無かったが、正解だった。
うんと両手を伸ばしても全部を覆うことができないソレールの背は大きいけれど、トントンとゆっくり叩く度に震えが治まっていく。
「……心配かけてごめんなさい」
「いや、私こそ怒鳴って悪かった」
アネモネはソレールを抱きしめたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
不思議なものだ。
たったこれだけの会話で、ソレールが自分のことを疑っていたわけでは無いのがわかる。
「アネモネ、聞いて欲しいことがある」
「うん」
「本当は全部落ち着いたら、話そうと思っていたことなんだ。でも隠すような真似なんかしないで、ちゃんと伝えておけば良かったと後悔している」
「うん」
「実は───」
「見せつけてくれるわ、お前たち。随分と仲がよろしいことで。ったく、イチャつくのは、家に帰ってからにしろ」
胸焼けを押さえるような口調でアニスはソレールの言葉を遮った。
対して、ソレールは「そうします」と、あっさりと同意する。ただ、未だに彼の腕の中にいるアネモネは違った。
「なっ……な、な、な、な」
アネモネは顔を真っ赤にして、たった一文字を紡ぎながらモダモダしている。
アニスが、自分がソレールの家にお世話になっていることを存じ上げていることに驚きだが、それはまぁ……今思えば知らないほうがおかしい。ただ、その後が問題だ。
イチャつくって言ったのだ。
言葉として気持ちを確認していない微妙な関係で、からかわれるのは恐ろしい程こっ恥ずかしい。
あと詳細を聞いていはいないが、ソレールは今日のことを全部把握している。
アニスも、どうやら自分のことを毛嫌いしていたわけではないようだ。
もしかして襟首掴んで摘まみ出されたり、馬車から突き落とされたりと随分乱暴なことをしてくれてたが、その全ての行動はアネモネの身を守ろうとしてくれていのかもしれない。
仮に……もしそうだとしたら、自分で事をややこしくしてしまっていたのだ。
アネモネは驚愕した。そして深く反省した。
自分の力量を見極めることができず、大切な人に迷惑をかけてしまったことに。
「ごめんなさいソレール。あなたを騙すような事をして」
アネモネはソレールの腕から離れ、2歩距離を置くと深く頭を下げた。
「いいんだよ」
「でも……私……知らなかったとはいえ……ソレールを騙すだけじゃなく、あなたのご主人様も危険に晒してしまいました」
「こちらも騙していたんだ。それに遅かれ早かれこうなっていた。だから、アネモネが気にすることは無い」
この会話は全てアネモネとソレールが繰り広げている。
つまり、アニスとティートは蚊帳の外。
「なぁ、こういうのって俺が言うべき台詞なのでは?あと、娘。俺に詫びはないのか?」
あ、確かにそうだ。
アネモネは、すぐさまアニスの言葉に頷き、頭を下げようとした。
だが、ぶっちゃけソレールから言われた方が嬉しいので、本当に、本当にお貴族様には申し訳ないがその主張は無視という形にさせていただいた。
それに猿呼ばわりされたことは、多分一生忘れない。例え言った本人が忘れたとしても。
床に串刺しになっているティートが、「やるね」と言いたげに場違いな口笛を吹いた。
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