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6.癖ある騎士に能あり、かたや木を見て森を見ず
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颯爽と現れたソレールは、まるで別人のように鋭い視線をこちらへと向けている。
「お覚悟を」
淀みなくそう言ったソレールは、迷うことなく剣を抜いて、一気にティートへと距離を詰める。
ティートは、ソレールと同僚でもあるから彼の剣の実力を知っているのだろう。アニスの剣を弾いて距離を取る。アネモネはついでといった感じで投げ飛ばされてしまった。
「眠り薬を飲んでなかったんですね。アネモネは信用されてなかったということですか。それは、残念」
頭上から飽きれ混じりの声が聞こえて、地べたに這いつくばった状態でアネモネは、胸を押さえた。ティートの言葉が酷く心を抉ったから。
でも、こんな気持ちになるのは馬鹿げている。自分だってソレールを裏切ったのだ。
そんなふうにアネモネが傷心でいても、事態はどんどん変化する。
「ぬかせ、ティート」
アニスはアネモネをちらりとも見ずにそう言い放つと、ソレールに己の剣を放った。
ソレールは難なくそれを受け止める。まるで、何百回、何千回と練習したかのように的確に。
そして、双剣使いとなった彼は、片方の剣でティートの剣を弾いて、もう片方の剣を降り下ろした。
─── ダンッ。
屋敷全部を揺るがす地響きのあと、微かな呻き声が聞こえた。
「...... あーあ、俺の部屋に穴が開いたぞ。どう責任を取ってくれるんだ?」
ガシガシと後頭部を掻きながらぼやくアニスは、ついさっきまで自分が命の危機に瀕してしたことなど忘れてしまったかのようだった。
「絨毯で隠せば良いだけでしょう」
「フラン殿下に修繕費を請求するのが良いのでは?」
同時に口を開いた二人にアニスは「黙れ」と呻いた。
絨毯で隠すという即席案を出したのは、ソレールだ。
対して、第二王子に請求しろと提案したのは、アネモネ─── ではなく、ティートだった。
そう、ティートは死んではいない。
ただソレールによって、わずかな服の弛みに剣を刺され、それが床に串刺しになっている状態なので身動きが取れない。
呑気なことを言えるぐらいの余裕があるから、彼の肉体が傷付いている様子は無い。一瞬で命を奪うより、この方が高度な技術だ。
─── すごい。すごい、すごい、すごい。
もはや神業といっても過言ではないそれを、アネモネは身体を起こしながら食い入るように見つめる。
でも、そのまま視線を上にしまえば、息が止まった。
ソレールと目が合ったから。
ふらふらと立ち上がったアネモネは一歩後退した。
怖かった。
とても、とても怖かった。
ソレールは双剣使いだ。
だからまだ片方の手には剣が握られている。その切っ先がっ自分に向くかもしれない……からではなく、彼に軽蔑されるのが。
睡眠薬を使って、彼を騙すようなことをしたのだ。
そして結果としてアニスに危険が及んでしまった。
こんなつもりじゃなかった。自分の力で丸く納めるつもりだった。誰も傷つけるつもりなんてなかった。
でも、現実は違う。
「......アネモネ」
ソレールが自分の名を呼ぶ。とても静かに。
今、彼がどんな気持ちでいるのかわからない。
目で見たことを言葉で覆すのはとても難しいし、精一杯説明をして信じてもらえないのはとても辛い。
だからアネモネは、また一歩ソレールから距離を取るために後退した。
「お覚悟を」
淀みなくそう言ったソレールは、迷うことなく剣を抜いて、一気にティートへと距離を詰める。
ティートは、ソレールと同僚でもあるから彼の剣の実力を知っているのだろう。アニスの剣を弾いて距離を取る。アネモネはついでといった感じで投げ飛ばされてしまった。
「眠り薬を飲んでなかったんですね。アネモネは信用されてなかったということですか。それは、残念」
頭上から飽きれ混じりの声が聞こえて、地べたに這いつくばった状態でアネモネは、胸を押さえた。ティートの言葉が酷く心を抉ったから。
でも、こんな気持ちになるのは馬鹿げている。自分だってソレールを裏切ったのだ。
そんなふうにアネモネが傷心でいても、事態はどんどん変化する。
「ぬかせ、ティート」
アニスはアネモネをちらりとも見ずにそう言い放つと、ソレールに己の剣を放った。
ソレールは難なくそれを受け止める。まるで、何百回、何千回と練習したかのように的確に。
そして、双剣使いとなった彼は、片方の剣でティートの剣を弾いて、もう片方の剣を降り下ろした。
─── ダンッ。
屋敷全部を揺るがす地響きのあと、微かな呻き声が聞こえた。
「...... あーあ、俺の部屋に穴が開いたぞ。どう責任を取ってくれるんだ?」
ガシガシと後頭部を掻きながらぼやくアニスは、ついさっきまで自分が命の危機に瀕してしたことなど忘れてしまったかのようだった。
「絨毯で隠せば良いだけでしょう」
「フラン殿下に修繕費を請求するのが良いのでは?」
同時に口を開いた二人にアニスは「黙れ」と呻いた。
絨毯で隠すという即席案を出したのは、ソレールだ。
対して、第二王子に請求しろと提案したのは、アネモネ─── ではなく、ティートだった。
そう、ティートは死んではいない。
ただソレールによって、わずかな服の弛みに剣を刺され、それが床に串刺しになっている状態なので身動きが取れない。
呑気なことを言えるぐらいの余裕があるから、彼の肉体が傷付いている様子は無い。一瞬で命を奪うより、この方が高度な技術だ。
─── すごい。すごい、すごい、すごい。
もはや神業といっても過言ではないそれを、アネモネは身体を起こしながら食い入るように見つめる。
でも、そのまま視線を上にしまえば、息が止まった。
ソレールと目が合ったから。
ふらふらと立ち上がったアネモネは一歩後退した。
怖かった。
とても、とても怖かった。
ソレールは双剣使いだ。
だからまだ片方の手には剣が握られている。その切っ先がっ自分に向くかもしれない……からではなく、彼に軽蔑されるのが。
睡眠薬を使って、彼を騙すようなことをしたのだ。
そして結果としてアニスに危険が及んでしまった。
こんなつもりじゃなかった。自分の力で丸く納めるつもりだった。誰も傷つけるつもりなんてなかった。
でも、現実は違う。
「......アネモネ」
ソレールが自分の名を呼ぶ。とても静かに。
今、彼がどんな気持ちでいるのかわからない。
目で見たことを言葉で覆すのはとても難しいし、精一杯説明をして信じてもらえないのはとても辛い。
だからアネモネは、また一歩ソレールから距離を取るために後退した。
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