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6.癖ある騎士に能あり、かたや木を見て森を見ず

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 ティートと約束を交わした1週間後は、ソレールの休みの前日だった。

 いつも通りを装って食事を終えたアネモネは、食後のお茶にティートからもらった眠り薬を入れて、ソレールに出す。

「良い香りだね」
「……うん。今日はミルラさんがくれたハーブティーにしてみたの。ジンセンとハイビスカスは疲労回復にもなるって。でも酸っぱいからハチミツを入れてみたの…… 飲んでみて」

 ソレールはアネモネに促されるままティーカップを傾ける。

「うん、初めて飲んだけれど美味しいね」
「……そう、良かった」

 アネモネも向かいの席に座って、ハーブティーを呑む。

 当然ながら己のカップには眠り薬は入っていない。

 テーブルには今日もソレールが用意したデザートが皿に盛りつけられている。

 パンプキンプティング。秋の味覚とアネモネの大好物のコラボであるが、それを食す気にはなれない。

「ソレール、どうしたの?」
「……ん、ちょっと……」

 言葉を濁しつつ片手で目頭を抑えるソレールは、とても眠そうだった。

 彼のお茶に混ぜた眠り薬は、副作用は無いが速攻性の強いものだとティートは言っていた。

 薬に耐性が無い者なら数滴、お茶に混ぜて飲んだだけで、すぐに眠りに落ちるという。

「ソレール、疲れているならベッドに行こう」
「……ああ」

 アネモネは椅子から立ち上がり、ソレールの腕を引っ張る。けれど、彼は曖昧な返事をするだけで動かない。

「ソレール?」
「……」
「……ソレール?」
「……」
「……ねぇ、ソレール。寝ちゃったの?」
「……」

 軽く揺さぶっても、ソレールは身動ぎすらしない。テーブルに突っ伏して規則正しい寝息を立てている。

 そんな彼を残し、アネモネは一旦、寝室へ行き毛布を取ってくる。

「おやすみ、ソレール…… あと、ごめんね」

 本当ならベッドに運んであげたいけれど、それが出来ないアネモネは毛布でソレールを包み、そのままそっと外に出た。



***




「ティート、待った?」
「いや、今来たとこだよ」
「そう。良かった」

 まるで夜中にコソコソ隠れて蜜時を過ごす恋人のようだが、二人の間にはそんな甘い空気は無い。

 その証拠にティートは不機嫌そうに眉間に皺が寄っている。

「呼び捨てって……随分フランクだね、君」
「余計な敬称を省けば、時間短縮になると思って」
「ははっ。ものっすごいこじつけ。今度使わせて貰っていい?」
「あーはい。どうぞ」

 どうせアニスにお届け物を渡せば、この会話はすぐに忘れられる。

 だからアネモネは雑な返事をしながら、早く行こうとティートを急かした。

 

 
 ブルファ邸は、侯爵家が住まう屋敷であるから、そこらの貴族邸宅より格段に大きく敷地面積も相当なもの。
  
 もちろん厳重な警護で固めてはあるが、護衛騎士にとって、それらを欺き一人の少女を連れて当主の部屋に侵入するのは造作も無いことだった。

 ただ、ノックも無く部屋と入ったというのに、この屋敷のご当主様であるアニスがあまり驚いた表情を浮かべなかったのは想定外だった。

「なんだ子猿。今日は木登りをしないのか?」

 部屋のカウチソファで読書中だったアニスは、本から目を離して呆れた顔でそう言った。

「ええ。協力者がいましたから」

 家宅侵入罪確定のアネモネであるが、悪びれもせずしれっと答える。

 そうすればアニスは忌々し気に舌打ちすると、乱暴に手にしていた本を閉じた。
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