15 / 33
耐え難きを耐え 忍び難きを忍び……
10
しおりを挟む
カラカラと馬車の車輪が回る音で、ミレニアは薄っすらと目を開けた。
身体は睡眠を求めているけれど、頭はしっかりと冴えている。
そして思い出したくなくても、どうしたってこれまでのヘンリーとの結婚生活を思い出してしまう。
(……きっと、もう思い悩む必要がないから幾らでも思い出してしまうのかもね)
ふと思ったそれは、びっくりするほど心の中にストンと落ちた。
結婚生活は、一言で言えば地獄だった。
といっても、手を挙げられたり、窓ガラスが揺れるほど怒鳴られたり、これ見よがしに目の前にある調度品を壊されたこともない。
いつもヘンリーは己の絶対的な信条に基づいて、自分にアレコレ求めていただけ。
それはきっと、どこの家庭にもあることだろう。
”いつまでも奇麗でいてくれ”
”朝食だけはいつでも一緒に食べてくれ”
”どんなに付き合いで遅く帰ってきても「おかえり」と言ってくれ”
”長期で家を空けるときは、必ず手紙を送ってくれ”
数え出したらキリがないそれは、傍から見たら微笑ましい夫婦のエピソードの一つだ。
でも、実際蓋を開けてみたらどうなのだろう。
夫が無邪気に、そして当然のように求めることが、どれほど妻の負担になっているのだろうか。それに夫は気付いているのだろうか。
そこまで考えて、ミレニアはふと思った。
ヘンリーは事あるごとに「愛している」と言っていた。その次に「これくらいは」という前置きを付けて、自分に沢山のことを要求してきた。そしてミレニアは、必死にその要求に応えた。
けれども一度も「これくらい」というのは、どれくらいの分量なのかを尋ねたことはなかった。
(一度くらい聞いておけば良かったな)
結果論としては変わらないけれど、純粋な好奇心でほんの少しだけ後悔してしまう。
そうすれば、あの日───突然、押し付けられてたアレに対し、少しは反論できたはずだったから。
***
義理の母親が息子と自分の結婚を反対していたことを知ってしまっても、日々は変わらず過ぎていく。
ヘンリーと共に朝を迎え、そして朝食を共にし、彼が外出するのを玄関ホールまで見送る。そして自分は、近々自宅で開催する夜会の準備に追われ、バタバタとした一日を過ごす。
あの日も、そんな一日を過ごすはずだった。けれども、
「ミレニア、この屋敷での生活にも慣れてきたようだし、本格的に始めようか。一緒に来て」
てっきり今日も今日とてヘンリーは外出すると思い込んでいたミレニアは、突然の提案に目を丸くした。
「え?ちょっとまってください旦那様」
「良いから。来ればわかるよ」
まるでちょっとしたサプライズを計画しているような茶目っ気のある口調でそう言った彼に、馬鹿馬鹿しくもミレニアはそれ以上尋ねることはしないで後を追うことにした。
ヘンリーと並んで歩いて、到着した場所はニーゲラット家の紋章が刻まれている重厚な扉の前だった。
「……あの」
「さ、入って」
自ら扉を開けてヘンリーはミレニアに入室するように促した。
そして、ミレニアが部屋に入るなりこう言った。
「じゃあ、底辺貴族の君が、どれだけ母のやっていた仕事ができるか今から試験をしよう」
身体は睡眠を求めているけれど、頭はしっかりと冴えている。
そして思い出したくなくても、どうしたってこれまでのヘンリーとの結婚生活を思い出してしまう。
(……きっと、もう思い悩む必要がないから幾らでも思い出してしまうのかもね)
ふと思ったそれは、びっくりするほど心の中にストンと落ちた。
結婚生活は、一言で言えば地獄だった。
といっても、手を挙げられたり、窓ガラスが揺れるほど怒鳴られたり、これ見よがしに目の前にある調度品を壊されたこともない。
いつもヘンリーは己の絶対的な信条に基づいて、自分にアレコレ求めていただけ。
それはきっと、どこの家庭にもあることだろう。
”いつまでも奇麗でいてくれ”
”朝食だけはいつでも一緒に食べてくれ”
”どんなに付き合いで遅く帰ってきても「おかえり」と言ってくれ”
”長期で家を空けるときは、必ず手紙を送ってくれ”
数え出したらキリがないそれは、傍から見たら微笑ましい夫婦のエピソードの一つだ。
でも、実際蓋を開けてみたらどうなのだろう。
夫が無邪気に、そして当然のように求めることが、どれほど妻の負担になっているのだろうか。それに夫は気付いているのだろうか。
そこまで考えて、ミレニアはふと思った。
ヘンリーは事あるごとに「愛している」と言っていた。その次に「これくらいは」という前置きを付けて、自分に沢山のことを要求してきた。そしてミレニアは、必死にその要求に応えた。
けれども一度も「これくらい」というのは、どれくらいの分量なのかを尋ねたことはなかった。
(一度くらい聞いておけば良かったな)
結果論としては変わらないけれど、純粋な好奇心でほんの少しだけ後悔してしまう。
そうすれば、あの日───突然、押し付けられてたアレに対し、少しは反論できたはずだったから。
***
義理の母親が息子と自分の結婚を反対していたことを知ってしまっても、日々は変わらず過ぎていく。
ヘンリーと共に朝を迎え、そして朝食を共にし、彼が外出するのを玄関ホールまで見送る。そして自分は、近々自宅で開催する夜会の準備に追われ、バタバタとした一日を過ごす。
あの日も、そんな一日を過ごすはずだった。けれども、
「ミレニア、この屋敷での生活にも慣れてきたようだし、本格的に始めようか。一緒に来て」
てっきり今日も今日とてヘンリーは外出すると思い込んでいたミレニアは、突然の提案に目を丸くした。
「え?ちょっとまってください旦那様」
「良いから。来ればわかるよ」
まるでちょっとしたサプライズを計画しているような茶目っ気のある口調でそう言った彼に、馬鹿馬鹿しくもミレニアはそれ以上尋ねることはしないで後を追うことにした。
ヘンリーと並んで歩いて、到着した場所はニーゲラット家の紋章が刻まれている重厚な扉の前だった。
「……あの」
「さ、入って」
自ら扉を開けてヘンリーはミレニアに入室するように促した。
そして、ミレニアが部屋に入るなりこう言った。
「じゃあ、底辺貴族の君が、どれだけ母のやっていた仕事ができるか今から試験をしよう」
1
お気に入りに追加
1,533
あなたにおすすめの小説
婚約者に裏切られた私……でもずっと慕ってくれていた護衛騎士と幸せになります
真優
恋愛
私、ソフィア・ベネットは侯爵家の一人娘。婚約者にサプライズで会いに行ったらまさかの浮気現場に遭遇。失意のどん底に陥った私に手を差し伸べてくれたのは、優しい護衛騎士でした。
わがまま妹、自爆する
四季
恋愛
資産を有する家に長女として生まれたニナは、五つ年下の妹レーナが生まれてからというもの、ずっと明らかな差別を受けてきた。父親はレーナにばかり手をかけ可愛がり、ニナにはほとんど見向きもしない。それでも、いつかは元に戻るかもしれないと信じて、ニナは慎ましく生き続けてきた。
そんなある日のこと、レーナに婚約の話が舞い込んできたのだが……?
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~
夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。
それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。
浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。
そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。
小説家になろうにも掲載しています。
完結 偽りの言葉はもう要りません
音爽(ネソウ)
恋愛
「敵地へ出兵が決まったから別れて欲しい」
彼なりの優しさだと泣く泣く承諾したのにそれは真っ赤な嘘だった。
愛した人は浮気相手と結ばれるために他国へ逃げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる