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耐え難きを耐え 忍び難きを忍び……

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 カラカラと馬車の車輪が回る音で、ミレニアは薄っすらと目を開けた。

 身体は睡眠を求めているけれど、頭はしっかりと冴えている。

 そして思い出したくなくても、どうしたってこれまでのヘンリーとの結婚生活を思い出してしまう。

(……きっと、もう思い悩む必要がないから幾らでも思い出してしまうのかもね)

 ふと思ったそれは、びっくりするほど心の中にストンと落ちた。

 結婚生活は、一言で言えば地獄だった。

 といっても、手を挙げられたり、窓ガラスが揺れるほど怒鳴られたり、これ見よがしに目の前にある調度品を壊されたこともない。

 いつもヘンリーは己の絶対的な信条に基づいて、自分にアレコレ求めていただけ。

 それはきっと、どこの家庭にもあることだろう。

 ”いつまでも奇麗でいてくれ”
 ”朝食だけはいつでも一緒に食べてくれ”
 ”どんなに付き合いで遅く帰ってきても「おかえり」と言ってくれ”
 ”長期で家を空けるときは、必ず手紙を送ってくれ”

 数え出したらキリがないそれは、傍から見たら微笑ましい夫婦のエピソードの一つだ。

 でも、実際蓋を開けてみたらどうなのだろう。

 夫が無邪気に、そして当然のように求めることが、どれほど妻の負担になっているのだろうか。それに夫は気付いているのだろうか。

 そこまで考えて、ミレニアはふと思った。

 ヘンリーは事あるごとに「愛している」と言っていた。その次に「これくらいは」という前置きを付けて、自分に沢山のことを要求してきた。そしてミレニアは、必死にその要求に応えた。

 けれども一度も「これくらい」というのは、どれくらいの分量なのかを尋ねたことはなかった。

(一度くらい聞いておけば良かったな)

 結果論としては変わらないけれど、純粋な好奇心でほんの少しだけ後悔してしまう。


 そうすれば、あの日───突然、押し付けられてたに対し、少しは反論できたはずだったから。



***




 義理の母親が息子と自分の結婚を反対していたことを知ってしまっても、日々は変わらず過ぎていく。

 ヘンリーと共に朝を迎え、そして朝食を共にし、彼が外出するのを玄関ホールまで見送る。そして自分は、近々自宅で開催する夜会の準備に追われ、バタバタとした一日を過ごす。

 あの日も、そんな一日を過ごすはずだった。けれども、

「ミレニア、この屋敷での生活にも慣れてきたようだし、本格的に始めようか。一緒に来て」

 てっきり今日も今日とてヘンリーは外出すると思い込んでいたミレニアは、突然の提案に目を丸くした。

「え?ちょっとまってください旦那様」
「良いから。来ればわかるよ」

 まるでちょっとしたサプライズを計画しているような茶目っ気のある口調でそう言った彼に、馬鹿馬鹿しくもミレニアはそれ以上尋ねることはしないで後を追うことにした。

 ヘンリーと並んで歩いて、到着した場所はニーゲラット家の紋章が刻まれている重厚な扉の前だった。

「……あの」
「さ、入って」

 自ら扉を開けてヘンリーはミレニアに入室するように促した。

 そして、ミレニアが部屋に入るなりこう言った。

「じゃあ、底辺貴族の君が、どれだけ母のやっていた仕事ができるか今から試験をしよう」 
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