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「ねえ、リヒタスさん。あのね、他のことならわたくし何でも」
「いや、僕は君と一緒に行きたいんだ」
「……でも」
「行きたい。行くと決めた」
「……」
まるで駄々っ子のようになってしまったご領主様に、フェルベラは渋面になる。
普段は齢17とは思えない程、大人然しているというのに、今日に限っては手のかかる弟にしか見えない。
まぁ本音を言えば、ずっとフェルベラはリヒタスのことを弟として見ている。
婚約者として何も期待はしていないが、彼の人柄は贔屓目無しに好感が持てるので、おのずとそうなってしまうのだ。
「リヒタスさん、じゃあどうしてそんなに行きたいのか教えて下さいますか?」
これはフェルベラにとって最大の譲歩である。
政治的な理由なら断わることはできないし、義理的なアレなら懇切丁寧に自分の親や妹がどんな存在なのか徹底的に教え込むつもりだ。
もしかして元婚約者に何かしらの意趣返しをしてくれるのかと一瞬思ったけれど、秒で打ち消した。そういう期待は持たない方が良い。
そう思いながら強く理由を問いただせば、リヒタスは根負けした。
「僕さぁ隣のマルグルス国の大公爵と友達なんだけど、彼、実は最近、好きな人ができたらしいんだ。しかも運よくその人と婚約までできて浮かれポンチになったんだ。そのノリで面白いものを贈ってくれたんだ。それをちょっと使ってみたくってね」
期待はしていなかったが、恐ろしいまでにくっだらない理由だった。
「……は、はぁ」
フェルベラは一先ず相槌を打ってみた。それ以外、どうすれば良いかわからないから。
そんな曖昧な態度は、リヒタスにとって是と受け取れるものだったのだろう。
「じゃあ、そういうことで参加決定ってことでよろしくお願いします」
ペコっと領主様から頭を下げられてしまえば、フェルベラはもう諦めるしかない。
だって弟のおねだりを聞くのが姉の務めだから。
「……わかったわ。でもあまり長居は……したくない」
せめてこれくらいは譲歩してほしいとフェルベラが上目遣いで訴えたら、リヒタスはニコッと笑って頷いてくれた。
*
それからフェルベラは、夜会まで怒涛の日々だった。
でも鉱山の麓にある休憩所での仕事が忙しくなったわけじゃない。
毎日毎日、夜会の衣装合わせでてんてこ舞いだったのだ。
ルグ領は閉鎖的な地である。だから物流も盛んではないと思いきや、一体、どこから湧いて出て来たのかと首を傾げるほど商人達が屋敷に訪れた。
リヒタスはドレスの生地を始め、髪や胸元を飾るアクセサリーに靴やショールといった小物まで、全部新品の特注にするよう命じたのだ。
彼の張り切りようはフェルベラちょっと引いてしまうほどだったが、これまで無駄遣い一つしなかった領主様の大人買いを止めることは誰にもできなかった。無論、フェルベラも。
ということで結局、大公爵からどんな面白いものを貰ったのかリヒタスに聞く時間も取れないまま、夜会当日を迎えてしまった。
「いや、僕は君と一緒に行きたいんだ」
「……でも」
「行きたい。行くと決めた」
「……」
まるで駄々っ子のようになってしまったご領主様に、フェルベラは渋面になる。
普段は齢17とは思えない程、大人然しているというのに、今日に限っては手のかかる弟にしか見えない。
まぁ本音を言えば、ずっとフェルベラはリヒタスのことを弟として見ている。
婚約者として何も期待はしていないが、彼の人柄は贔屓目無しに好感が持てるので、おのずとそうなってしまうのだ。
「リヒタスさん、じゃあどうしてそんなに行きたいのか教えて下さいますか?」
これはフェルベラにとって最大の譲歩である。
政治的な理由なら断わることはできないし、義理的なアレなら懇切丁寧に自分の親や妹がどんな存在なのか徹底的に教え込むつもりだ。
もしかして元婚約者に何かしらの意趣返しをしてくれるのかと一瞬思ったけれど、秒で打ち消した。そういう期待は持たない方が良い。
そう思いながら強く理由を問いただせば、リヒタスは根負けした。
「僕さぁ隣のマルグルス国の大公爵と友達なんだけど、彼、実は最近、好きな人ができたらしいんだ。しかも運よくその人と婚約までできて浮かれポンチになったんだ。そのノリで面白いものを贈ってくれたんだ。それをちょっと使ってみたくってね」
期待はしていなかったが、恐ろしいまでにくっだらない理由だった。
「……は、はぁ」
フェルベラは一先ず相槌を打ってみた。それ以外、どうすれば良いかわからないから。
そんな曖昧な態度は、リヒタスにとって是と受け取れるものだったのだろう。
「じゃあ、そういうことで参加決定ってことでよろしくお願いします」
ペコっと領主様から頭を下げられてしまえば、フェルベラはもう諦めるしかない。
だって弟のおねだりを聞くのが姉の務めだから。
「……わかったわ。でもあまり長居は……したくない」
せめてこれくらいは譲歩してほしいとフェルベラが上目遣いで訴えたら、リヒタスはニコッと笑って頷いてくれた。
*
それからフェルベラは、夜会まで怒涛の日々だった。
でも鉱山の麓にある休憩所での仕事が忙しくなったわけじゃない。
毎日毎日、夜会の衣装合わせでてんてこ舞いだったのだ。
ルグ領は閉鎖的な地である。だから物流も盛んではないと思いきや、一体、どこから湧いて出て来たのかと首を傾げるほど商人達が屋敷に訪れた。
リヒタスはドレスの生地を始め、髪や胸元を飾るアクセサリーに靴やショールといった小物まで、全部新品の特注にするよう命じたのだ。
彼の張り切りようはフェルベラちょっと引いてしまうほどだったが、これまで無駄遣い一つしなかった領主様の大人買いを止めることは誰にもできなかった。無論、フェルベラも。
ということで結局、大公爵からどんな面白いものを貰ったのかリヒタスに聞く時間も取れないまま、夜会当日を迎えてしまった。
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