58 / 86
閑話④ 終わりを告げる来訪者
3
しおりを挟む
ルブランは頭と肩に乗った雪を払って、窓枠に手をかける。そして、しなやかな動きで診察室の中に入った。
「お久しぶりです、兄上」
「……ああ」
おやつを貰える直前の犬のような顔をするルブランとは対照的に、グリジットの表情は沈んでいる。
「兄上、何かありましたか?」
「いや、別に」
「……もしかしてお願いしていたアレに不具合でも?先日届いた便りでは、今日、受け取れると」
「一先ず座れ」
答えを先延ばしにしたグリジットは、執務机の向かいにある椅子を顎で示す。
そして溜息を吐きつつ、弟の為に温かいお茶を淹れる。
ちなみに診療所のメイドことファルナは、本日は自室でできる仕事を与えている。ただそれはまったく意味のない医学書を書き写すというもの。
メイドの仕事でもなければ夜の薬の助手作業でもないのに、ファルナは嬉々として引き受けてくれた。グリジットの良心がしくしくと痛んだけれど致し方ない。
だって数日前のような失態を繰り返すのはごめんだから。
そんなふうに意識をよそに向けるグリジットに対し、ルブランはソワソワと落ち着かない。兄の態度に思い当たることがあるからで。
「ミザベラからの伝言です。”ありがとうございました”だって」
「……ああ」
コトリ、と湯気の立ったティーカップをテーブルに置きながら、グリジットは気の無い返事をする。それから執務椅子に腰かける。
すぐさま絶え間なく続くルブランの物言いたげな視線と合い、グリジットは観念して口を開く。
「何か言いたげな顔だな」
「ええ。でも、言っても良いですか?」
「構わん。が、私から伝えた方が良いだろう」
ルブランが聞きたいことはわかっている。
だからグリジットは頷くと同時に机の引き出しから、小瓶を二つ取り出した。
「ミザベラ妃殿下が半月前にここに来た理由を知りたいんだろ?」
「はい」
神妙に頷くルブランに、グリジットは小瓶の一つを掲げて見せた。
「妃殿下はこの薬を使おうと……まぁ正確に言うならこれが毒ではないかを私に尋ねたかったようだ」
「ちなみに、これは何ですか?」
小瓶には薄紫色の液体が入っており、一見すると香水のようにも見える。
だが香水ごときを使うのに、わざわざ共も付けずに城を抜け出してこんな森の中になどやって来るわけが無い。
それは説明せずともわかることなので、グリジットは端的に答えることにする。
「娼婦が使う媚薬だ」
「なっ……っ!?」
信じられないといった感じで目を見開くルブランに、グリジットは淡々と言葉を続ける。
「妃殿下は妃殿下で、お前との関係を悩んでいらっしゃるようだ。まぁ、世継ぎの産まないといけない重圧もさることながら、お前が側室を迎えることを危惧していた」
「僕は絶対にそんなことしませんっ」
「しっ、声を荒げるな。……お前が妃殿下を大切にしていることはわかっている。じゃなきゃ、私に恥を捨ててあんな薬を依頼したりなんかしないだろう」
「ええ……まぁ」
「妃殿下だって心の底ではお前を信じている。だが実際世継ぎを授かる行為ができないことに自分自身を責めていらっしゃる。だから追い詰められて、こんな怪しげな薬に手を出そうとしたんだ」
グリジットが言い終えた瞬間、ルブランは頭を抱えた。
「なんて……馬鹿なことを」
その言葉はミザベラに向けてのものではなく、大切にしたいと思っている人にそんなことをさせてしまった自分に向けてのものだった。
「お久しぶりです、兄上」
「……ああ」
おやつを貰える直前の犬のような顔をするルブランとは対照的に、グリジットの表情は沈んでいる。
「兄上、何かありましたか?」
「いや、別に」
「……もしかしてお願いしていたアレに不具合でも?先日届いた便りでは、今日、受け取れると」
「一先ず座れ」
答えを先延ばしにしたグリジットは、執務机の向かいにある椅子を顎で示す。
そして溜息を吐きつつ、弟の為に温かいお茶を淹れる。
ちなみに診療所のメイドことファルナは、本日は自室でできる仕事を与えている。ただそれはまったく意味のない医学書を書き写すというもの。
メイドの仕事でもなければ夜の薬の助手作業でもないのに、ファルナは嬉々として引き受けてくれた。グリジットの良心がしくしくと痛んだけれど致し方ない。
だって数日前のような失態を繰り返すのはごめんだから。
そんなふうに意識をよそに向けるグリジットに対し、ルブランはソワソワと落ち着かない。兄の態度に思い当たることがあるからで。
「ミザベラからの伝言です。”ありがとうございました”だって」
「……ああ」
コトリ、と湯気の立ったティーカップをテーブルに置きながら、グリジットは気の無い返事をする。それから執務椅子に腰かける。
すぐさま絶え間なく続くルブランの物言いたげな視線と合い、グリジットは観念して口を開く。
「何か言いたげな顔だな」
「ええ。でも、言っても良いですか?」
「構わん。が、私から伝えた方が良いだろう」
ルブランが聞きたいことはわかっている。
だからグリジットは頷くと同時に机の引き出しから、小瓶を二つ取り出した。
「ミザベラ妃殿下が半月前にここに来た理由を知りたいんだろ?」
「はい」
神妙に頷くルブランに、グリジットは小瓶の一つを掲げて見せた。
「妃殿下はこの薬を使おうと……まぁ正確に言うならこれが毒ではないかを私に尋ねたかったようだ」
「ちなみに、これは何ですか?」
小瓶には薄紫色の液体が入っており、一見すると香水のようにも見える。
だが香水ごときを使うのに、わざわざ共も付けずに城を抜け出してこんな森の中になどやって来るわけが無い。
それは説明せずともわかることなので、グリジットは端的に答えることにする。
「娼婦が使う媚薬だ」
「なっ……っ!?」
信じられないといった感じで目を見開くルブランに、グリジットは淡々と言葉を続ける。
「妃殿下は妃殿下で、お前との関係を悩んでいらっしゃるようだ。まぁ、世継ぎの産まないといけない重圧もさることながら、お前が側室を迎えることを危惧していた」
「僕は絶対にそんなことしませんっ」
「しっ、声を荒げるな。……お前が妃殿下を大切にしていることはわかっている。じゃなきゃ、私に恥を捨ててあんな薬を依頼したりなんかしないだろう」
「ええ……まぁ」
「妃殿下だって心の底ではお前を信じている。だが実際世継ぎを授かる行為ができないことに自分自身を責めていらっしゃる。だから追い詰められて、こんな怪しげな薬に手を出そうとしたんだ」
グリジットが言い終えた瞬間、ルブランは頭を抱えた。
「なんて……馬鹿なことを」
その言葉はミザベラに向けてのものではなく、大切にしたいと思っている人にそんなことをさせてしまった自分に向けてのものだった。
0
お気に入りに追加
1,329
あなたにおすすめの小説
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる