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閑話③ 突然の来訪者

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 ファルナは足を止めて、くるんと身体の向きを変える。

 ご主人様の大切な大切なお客様がいらっしゃっているのだから、メイドの自分はお茶をお出ししなければならないと思って。

 そりゃあ、本音は行きたくない。仲睦まじい二人を視界になんか入れたくない。

 でもグリジットに役立たずなどと思われたら、それこそ心が凍死する。真冬の森で、遭難するよりもっと辛いこと間違いない。

 だからファルナは足を引きずるように、病院へと戻る。けれども、あと数歩ということろでピタリと足が止まった。見たくはないものを目に入れてしまった。

「......あ」

 小さく声を上げたファルナの唇は震えていた。

 グリジットと訪問者は、診察室にいた。そこは大きな窓があって、外からでも中の様子が良く見える。

 綺麗な訪問者は、ファルナが初日に処女かどうかを調べられたあの豪奢な椅子に腰かけていた。

 すぐ側にはグリジットがいた。彼は前のめりになって慈愛のこもった眼差しを彼女に向けていた。そして、夜になると自分を可愛がってくれる大きな手は、彼女の肩に置かれていた。 

 その距離感は医者と患者とは到底思えなかった。誰が見たって、特別な関係だと気づくそれ。

(......そっか。先生は、あの人のことが好きなんだ。そしてあの人も、先生のことを)
 
 グリジットは大人だ。いつ結婚してもおかしくはない。いや、もう結婚しているのかもしれない。
 
 これはあくまで仮説だけれど、グリジットは初夜をやり直すためのお薬を開発していると言っていた。

 それはもしかして、自分と妻との初夜をやり直すために研究していたのかもしれない。妻には内緒にして。

 だから妻と同じような処女で、年齢もそこそこ近い女性を探していた。メイドなんていうのは建前で、実験台になってくれる人材を探していたのだ。

 普段から身の回りのことをグリジットは自分でやるのは、それが優しさからのものではなく、妻以外の人間と関わり合うのを避けたいから。

 そうだとしたら彼に特別な感情を持ってしまった自分は、あまりに滑稽だ。

 そこまで考えてファルナは、なんてネガティブな発想なんだろうと自分を笑う。でも、恐ろしいほど辻褄が合う。

 むしろそんな可能性にまったく気付いていなかった自分が、どれだけおめでたいのだとすら思ってしまう。

 診察室にいる二人は、呆然と庭に立ちすくむファルナに気付いていない。

 グリジットは懸命に妻であろう彼女に何かを語りかけている。こちらに背を向け、俯いている女性の表情はわからないけれど、時折頷く仕草は見てとれた。そしてグリジットが柔らかく微笑むのも。

 それから、俯いていた彼女は顔を上げて、グリジットに向け何かを言った。

 それは彼にとって予想外に嬉しい言葉だったのだろう。

 前のめりになっていた身体を元に戻して、手の甲を口元に当て横を向く。でも、大きな窓からは照れた表情は丸見えだった。

 そんな二人をこれ以上見ていられなくて、ファルナは駆け足で自分の部屋に飛び込んだ。
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