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第五章

笑ってバイバイ③

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 どんな禍体であっても消える時はどれも一緒。光の粒子となって、煙草の煙のようにユラリユラリと天へと吸い込まれていく。

「お兄ちゃん」

 暗闇を照らすのが狐火だけになったと同時に、朗らかな声が聞こえた。

 泥人形だった正弘は、本来の姿を取り戻していた。偽物と同様にパジャマ姿だったけれど、ほんの少しだけ大人びている。

「正弘……ごめんな」

 博は弾かれたように立ち上がると、傷跡がある左腕をだらりと下げたまま片腕で弟を抱きしめた。

「お兄ちゃん、痛い?大丈夫?」

 抱きしめられながら正弘は、そっと博の左腕をさする。

「大丈夫、痛くなんかないさ。それより……ごめんな。辛かっただろう?」
「ううん。お兄ちゃんがずっと傍にいてくれたから、僕ぜんぜん平気だったよ」
「そうか。正弘は強い子だな」
「うん」

 博に褒められた正弘は、嬉しそうに大きく頷いた。そんな彼の身体は、もう半透明だ。

「お兄ちゃん、あのね」
「うん、どうした?」
「言い忘れてたことがあるんだ。聞いてくれる?」
「もちろんさ」

 博はここで一旦腕を緩めると膝を付いた。正弘と目を合わせる為に。

「あのね僕、お兄ちゃんの弟で良かった!」
「……っ」
「お兄ちゃん、僕のお兄ちゃんになってくれてありがとう」

 正弘は照れ臭いのか、言い終えたと同時にぎゅっと博の首にしがみ付いた。

「あとね、パパとママが言ってた。俺達はお兄ちゃんに甘えてばかりいるって。……あのね、パパは今でもお兄ちゃんと僕の写真を大事に持ってるよ。ママもお兄ちゃんがいない時に色んなところに電話をしてる。お仕事させてくださいって」
「そ……そうなのか……」
「うん!僕ね、パパのこともママのことも、お兄ちゃんのことも、ずっとずっと見てたもん」
「そうか……正弘は偉いな。お兄ちゃんより大人だな」
「へへっ」

 すりすりと博の首筋に頬を寄せた正弘は、まだまだ伝えたいことがあったのだろう。

 でもそれを飲み込み、最後に強く博を抱きしめてから、身体を離した。

「お兄ちゃん、僕もう逝くね」
「……ああ」
「ねぇ……お兄ちゃんは、僕が弟で良かった?」
「もちろんだ」

 間髪入れずに答えた博の目から涙が溢れる。でも口元は柔らかい弧を描いている。

 正弘の最後のお願いが、笑顔だったから。
 
「お兄ちゃん、バイバイ」

 一歩大きく後退した正弘は、最高に可愛い笑みを浮かべた。

 小さな身体が淡い光を放ちながら、さらさらと闇に溶けていく。ただ消える直前、正弘は美亜と風葉を見た。

「お姉さん、おじさん、ありがとう」

 ポロポロ涙を流していた美亜は、すかさず正弘に手を振る。おじさんと呼ばれた風葉は、これ以上無いほどしかめっ面で小さく頷いた。

 その後、瞬きする間に目の前の光景が変わった。

 時間が巻き戻ったかのように事故物件のワンルームでしゃがみ込む美亜の前には、博とスーツ姿に戻った課長と……なぜか東野がいた。
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