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第四章
そこには本音が混ざってる①
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天狐の愛刀【涅闇斬】は、禍体を一刀両断できる意思を持った太刀。「来い」の一言だけで、パッと現れて、やることやったらパッ消える収納要らずの優れもの。
ただ呼ばれる間、どこにいるかは天狐にもわからない。一度、あまりに杜撰過ぎる管理に美亜が苦言を呈したら「こんなもんずっと持ってられるか。銃刀法違反でお縄になるだろ!」と一喝されてしまった。
……一ヶ月ほど前に取引先の屋上に不法侵入した男の発言とは、到底思えなかった。
とはいえ、天狐はパールカンパニーの開発部の課長でもある。仕事もできるエースである。守り神云々の前に、彼が居なくなったら会社は大きな損失となる。
だから美亜はそれ以上、太刀のことについては触れなかった。っというか、よくよく考えたら禍体を引っ張りながら鳥居までダッシュする美亜には、直接関係の無いことだった。
そんな美亜の目の前に、涅闇斬がある。まさに触れるか触れないか、物理的な距離で。
「ーー大丈夫か?」
鳥居直前て大転倒した美亜を間一髪で救った風葉は、涅闇斬を手にしたまま静かに問うた。
ほんの少し前、美亜を食べようと大口を開けていた真っ黒なアメーバみたいな禍体は、彼の愛刀によって光の粒子となって空に還っていた。
今はだらりと下を向いている切っ先は今日も漆黒で、まるで鏡のよう。間抜け面の自分をしっかり写してくれている。
そんな自分の顔に苦笑しながら美亜は、風葉から差し伸べられた手を取らず、自力でのろのろと立ち上がった。
すぐに物言いたげな視線とぶつかる。
「どこか具合が悪いのか?」
「あー……違います」
「単純に疲れているだけか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら」
「本当に大丈夫です。ちょっとドジ踏んだだけです……へへっ」
問いを投げられるのが辛くて、美亜は風葉の言葉を遮って笑った。
無理矢理笑ったせいで表情筋に違和感を感じる。おそらく作り笑いとすぐに気付かれるだろう。
「お前がドジなのは想定内だ。これまで何のトラブルが無かったのが不思議なくらいだ」
「あっそうですか……いえ、そうですね」
酷い返しに美亜はつい頬を膨らませそうになる。でも、風葉の言っていることは悔しいけれど、事実だ。これまでよく頑張って来た。
とはいえ今日だって全力を出したつもりだ。でも小さな悩みが枷となって、あと一歩のところで失態を犯してしまったのだ。
そんな冷静な分析はできたけれど、結果として風葉に迷惑をかけてしまったことは間違いない。
「ごめんなさい」
「いや、怪我が無いならそれでいい」
おちょくりの天才から信じられないくらい優しい言葉をいただき、美亜は罪悪感で胸が痛い。こういう時は、勢い良く怒って欲しい。
なのに風葉は、追い打ちをかけるように更に優しい言葉を掛けてくる。
「で、何を悩んでるんだ?俺に言いたいことがあるのか?それとも俺に頼みたいことがあるのか?……まずは言ってみろ」
言い終えたと同時に風葉の大きな手が、頭の上にポンっと乗る。
たったそれだけの仕草なのに、迷いがなくなった。
「あの……風葉さん、聞いて欲し事があるんです。東野総合病院でのことで、お伝えしてないことがあるんです」
平安貴族みたいな風葉の衣装の袖を掴んでそう言えば、少しの間の後、ため息交じりに「わかった」と静かな声が闇夜に響いた。
ただ呼ばれる間、どこにいるかは天狐にもわからない。一度、あまりに杜撰過ぎる管理に美亜が苦言を呈したら「こんなもんずっと持ってられるか。銃刀法違反でお縄になるだろ!」と一喝されてしまった。
……一ヶ月ほど前に取引先の屋上に不法侵入した男の発言とは、到底思えなかった。
とはいえ、天狐はパールカンパニーの開発部の課長でもある。仕事もできるエースである。守り神云々の前に、彼が居なくなったら会社は大きな損失となる。
だから美亜はそれ以上、太刀のことについては触れなかった。っというか、よくよく考えたら禍体を引っ張りながら鳥居までダッシュする美亜には、直接関係の無いことだった。
そんな美亜の目の前に、涅闇斬がある。まさに触れるか触れないか、物理的な距離で。
「ーー大丈夫か?」
鳥居直前て大転倒した美亜を間一髪で救った風葉は、涅闇斬を手にしたまま静かに問うた。
ほんの少し前、美亜を食べようと大口を開けていた真っ黒なアメーバみたいな禍体は、彼の愛刀によって光の粒子となって空に還っていた。
今はだらりと下を向いている切っ先は今日も漆黒で、まるで鏡のよう。間抜け面の自分をしっかり写してくれている。
そんな自分の顔に苦笑しながら美亜は、風葉から差し伸べられた手を取らず、自力でのろのろと立ち上がった。
すぐに物言いたげな視線とぶつかる。
「どこか具合が悪いのか?」
「あー……違います」
「単純に疲れているだけか?」
「いえ、大丈夫です」
「なら」
「本当に大丈夫です。ちょっとドジ踏んだだけです……へへっ」
問いを投げられるのが辛くて、美亜は風葉の言葉を遮って笑った。
無理矢理笑ったせいで表情筋に違和感を感じる。おそらく作り笑いとすぐに気付かれるだろう。
「お前がドジなのは想定内だ。これまで何のトラブルが無かったのが不思議なくらいだ」
「あっそうですか……いえ、そうですね」
酷い返しに美亜はつい頬を膨らませそうになる。でも、風葉の言っていることは悔しいけれど、事実だ。これまでよく頑張って来た。
とはいえ今日だって全力を出したつもりだ。でも小さな悩みが枷となって、あと一歩のところで失態を犯してしまったのだ。
そんな冷静な分析はできたけれど、結果として風葉に迷惑をかけてしまったことは間違いない。
「ごめんなさい」
「いや、怪我が無いならそれでいい」
おちょくりの天才から信じられないくらい優しい言葉をいただき、美亜は罪悪感で胸が痛い。こういう時は、勢い良く怒って欲しい。
なのに風葉は、追い打ちをかけるように更に優しい言葉を掛けてくる。
「で、何を悩んでるんだ?俺に言いたいことがあるのか?それとも俺に頼みたいことがあるのか?……まずは言ってみろ」
言い終えたと同時に風葉の大きな手が、頭の上にポンっと乗る。
たったそれだけの仕草なのに、迷いがなくなった。
「あの……風葉さん、聞いて欲し事があるんです。東野総合病院でのことで、お伝えしてないことがあるんです」
平安貴族みたいな風葉の衣装の袖を掴んでそう言えば、少しの間の後、ため息交じりに「わかった」と静かな声が闇夜に響いた。
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