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第二章

縁⑥

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 ーーそれから風葉は、森を離れた。


 誰かの守り神になる度胸が無かった風葉は、しばらくの間フラフラした。

 気まぐれで立ち寄った賑やかな街の引退間近の駄菓子屋の守り神とひょんな出会いをして、強引に意思を持つ刀を押し付けられ、強制的に二代目守り神に就任させられた。

 と同時に、不本意ながら風葉は空狐から天狐に昇華した。

 何年かは「俺なんかが」と己に問うてばかりだった風葉だが、駄菓子屋の社長に「義務でもなく使命でもなく、単なる仕事だと思ってやってくれ」とあっけらかんと言われ、何かが吹っ切れた。

 人に紛れて生きる神と出会い、その縁で南の温泉地から名を借りて、風葉は指宿亮史として人と共に生活することを選んだ。

 その間、一度もいなり寿司もお揚げも口にしなかった。己の驕り高ぶりを戒めるために。


***


「待ってください課長!ああー、もうっ。最後の一個は私のです!!」

 無意識に三つ目のいなり寿司をつまんだ途端、目の前にいる小娘ーーもとい星野美亜は目をむいて叫ぶ。

「他のがあるじゃないか」
「駄目です!これは特別なヤツなんですっ」

 必死過ぎる表情に、風葉はどういうことだと目で問うた。

「これ、マリーが」
「マリーだと?」
「あ、私のおばあちゃんの名前です。本当は鞠子って言うんですけど……私のおばあちゃん、ちょっと変わってて新しもの好きっていうか西洋かぶれで、自分のことマリーって呼べって言うんです……って、そうじゃなくって!これおばあちゃんのオリジナルレシピのいなり寿司で、ものすごく良いことがあった時に食べる超特別なヤツなんですっ。だから私が食べないとーー」
「へぇ。じゃあ、また作れ」
「そんなぁ……ああっ」

 無情にも最後のいなり寿司を口に含んだ途端、美亜はこの世の終わりのような表情をした。

 今にも泣きそうな彼女を見て少し胸が痛んだが、風葉はどうしたって譲る気になれなかった。

「もー、全部食べなくても……でも、美味しかったですか?」
「ああ」
「へへっ。今度帰省したらおばあちゃんに言っておきますね。おばあちゃんのいなり寿司は、いなり寿司嫌いの狐も虜にさせるって」
「ああ、そうしてくれ」

 彼女が伝えたところで、きっと鞠子はかつてお節介を焼いた狐とは思わないだろう。

 最後のいなり寿司を味わいながら、風葉は縁とはまったく不思議なものだと痛感する。

 一仕事終えた帰りに偶然見付けた男運最悪な小娘が、まさか命の恩人の孫だなんて、可能性すら見出だせなかった。

 だが神が翻弄されてしまったという悔しさより、たまらなく面白いという感情が勝っている。

 といっても小娘は「お借りしていた交通費返します。これまでどうもありがとうございました」と、金が入った封筒を押し付けつつ縁を切ろうとしているが。

 馬鹿を言っちゃいけない。この縁は、だ。そう簡単に切れると思うなよ。

 風葉は美亜を見つめて薄く笑う。今、胸に湧き上がる感情は人の言葉で表すなら【独占欲】。

 こいつが欲しい。
 どうしても手に入れたい。

 誰にも渡したくないーー傍にいて欲しい。

 初めて覚えたこの感情は、ひどく荒く、熱く、激しく、抗い難くて、風葉は暴れ出す感情に身を委ねることにした。
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