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3.暖炉とお茶と、紙の音

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 カダ村の村長はラスダット・ウェイカという名で、代々ウェイカ家はカダ村の長を務めている。

 御年76のラスダットは、見た目は矍鑠かくしゃくとしていて、高齢であっても杖を使うこと無く、腰もぴんっと伸びでいる。

 けれどモニカは、村長の中身が救いようがないほどに耄碌もうろくしていることに気付いてしまった。

 そうでなければ、嫌味で出した薄っいお茶の感想から、セリオの母に教えてもらえという流れになるなど到底理解できないから。

「…… おそれながら村長。お疲れのようですので、ご自宅でお休みいただいたほうが良いと思います」

 村長が自宅に戻れず村を徘徊するかもしれないという心配はあるが、そんなことは知ったこっちゃない。

 一先ずこれ以上の奇行に、付き合いたくはないだけだ。
 
 けれど遠回しな「帰れ」という訴えは村長の元まで届かなかった。どうやらセリオと同様に、耳もガタがきているのだろう。

「うんうん。モニカちゃんは優しいね。私はそういうところ、とっても気に入っているんだよ。だからもうこれ以上、セリオ君を困らすことはしないで、結婚しなさい」
「は?」

 想像を絶する言葉を吐いた村長に、モニカは二の句が継げ無かった。

 だが、村長はそんなモニカを無視して、どんどん語り出す。

「セリオ君はもう怒ってないんかいないんだよ。それに私がちゃんとセリオ君の気持ちを聞いたから、安心しなさい」
「はぁ?」
「ま、はっきり言ってしまうと、セリオ君は、モニカちゃんを気に入っているんだよ。ふふっ、いいねぇ若者は。恋した相手と結婚できるなんて、モニカちゃんは幸せ者だ」

 この世界は、いつから一方的に恋をされた相手と結婚できることが幸せという方程式になったのだろうか。 

 モニカは、真剣に首を傾げてみる。

 ただ目も耄碌している村長からすると、モニカのその仕草は、はにかむ乙女にしか見えなかったようだ。

「セリオ君、見てごらん。モニカちゃんが、ものすごく嬉しそうだ。やっぱり村一番の有能株であるセリオ君は人気者なんだねぇ。うんうん」
「いやぁ、そっすかぁー」

 吐き気を催す村長の言葉に、セリオは照れた笑みを浮かべた。

 そしてセリオは、粘っこい笑みをモニカに向けて口を開いた。

「ま、そういうことだからこの前の一件は忘れてやるよ。それで持参金のことだけど…… お前の家は畑も牛もないからなぁ。とりあえず蓄え全部と、この屋敷で許してやるよ」

 要約するとセリオは「結婚してやるから、全財産よこせ」と言ってきている。

「はっ。馬鹿じゃないの?」

 長々と混乱を極めていたモニカだったけれど、ここでやっと自我を取り戻した。
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