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食べられなかったハムと、とある伯爵令嬢の末路
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一番大事なところをはぐらかされてしまい、すかさずレオナードの瞳に不満の色が宿る。
けれど、それは一瞬だけ。
ぎゅっと拳を握った彼は何かに耐えるように目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けて、こう言った。
「じゃあ、質問を変えるね」
「……う、あ、はい」
「僕のことが好きで、僕と結婚してくれる気持ちがあるなら……君の部屋で、君の手で、ここに薬を塗って欲しいな?嫌かい?」
「やります。やらせていただきますっ」
ルシータは今度は素直に頷いた。こくこくと何度も首を上下に動かす。
なぜなら熱湯がかかってしまったレオナードの額や頬はまだ赤いのだ。
ルシータは気持ちがアップアップになりながらも、ずっと気になっていた。いつアロエを取りに行こうかタイミングすら伺っていたくらいだ。
火傷は時間との勝負。
ルシータは、この美しい顔を元通りにしなければならないという、全人類の願いを背負ったような使命感すら感じでいた。
ま、残念ながらルシータはまんまと、レオナードの話術にはまってしまったのだけれど、もう既に二人は想い合っているので大目に見てあげて欲しい。
そして概ね納得したレオナードは、ようやっとルシータから身体を離すと、向かいの席に腰かけた。次いで、こんな提案をした。
「さてと、じゃあ、ランチを買って帰ろうか。実は、一月前に新しいサンドウィッチ屋さんができたんだ。ハムが絶品だって、さ」
「……ハムですと?」
「ああ。特にパストラミと、生ハムが人気だって。それに、チーズを挟んだサンドウィッチはたまらなく美味しいらしい」
「……ハム」
「もちろんハムだけもテイクアウトできるよ。12種類もあるから、選ぶのは大変……いや、全部買えば良いか」
「……ハム」
ルシータはうわ言のようにただ一つの言葉を呟いているが、その表情はとてつもなく煌めいている。
まるで、長年会うことが叶わなかった恋人と再開できるかのように。
対してレオナードは内心面白くはなかった。かなり。でも、ここはぐっと堪えて、窓を開けて御者に指示を出す。
「ねえ、ルシータところでさ」
「……ハム」
「……ああ、駄目だ。まったく聞いてない……」
がっくりと肩を落とす侯爵家ご当主と、うっとりと目を細める男爵令嬢をのせた馬車は、二人の邪魔をしないよう静かに走り出した。
***
さて、これで大団円……でも良いかもしれないが、ちょっとだけ後日談を。
お茶会を退席する際にレオナードがアスティリアに言い捨てた家同士の話し合いについて。
実はあの後、あの二人が婚約破棄となったかどうかはご想像にお任せするとして、アスティリアを含むヨーシャ卿ご一家は爵位を剥奪され、国外に追放になった……わけではない。
もちろんお咎めナシなどという、オチでもない。
何度も言うがレオナードは、マークランズ研究所の最高責任者である。
そしてこの研究所は、国家事業と言っても良いほど、巨大で優秀で長い歴史を持ち、国王もかなり関心を向けているところ。
そんな権威ある研究所は、最近、心身症の特効薬はないのかと研究を始めていた。
そんなわけで、女性のヒステリーについてのサンプルが欲しかった。喉から手が出るほどに。
ちなみにレオナードは侯爵家の当主。国王とすら気軽に対面できる彼は、伯爵家を潰そうと思えばいつでもそうできる。
けれど利用できる大義名分を得る機会は、なかなか巡ってはこない。
……そろそろお気づきかもしれないが、アスティリアのヒステリーは太鼓判を押せるレベル。
そしてレオナードとしては、生きの良いサンプルを自ら差し出すことで、ルシータの父親の心証を良くする絶好の機会でもあった。
だから……まぁ、つまり、彼女は生きたサンプルとなり、此度の罪を償った。
爵位も剥奪されず、追放されず良かったじゃんと思うかもしれない。けれど、これは、アスティリアにとってかなり屈辱的なものであった。
なにせキーキー声で喚こうが、近くにあるものをなぎ倒す勢いで髪を振り乱して暴れても、研究者達は目を輝かせて、メモを取るだけ。そして「さぁさぁ、もっと症例を見せてくれ」と迫られる始末。
はっきり言って、これはある種の拷問に近い。
ただアスティリアは、この国の医療に貢献し、レオナードとルシータの結婚に大きく貢献したことにもなる。
でもこれは、あくまで余談。
レオナードはこの真実をちょっとだけ歪めて、ルシータにアスティリアがこれまでのことを反省して、サンプルになることを自ら立候補したと伝えてある。
そしてルシータもその言葉を鵜呑みにして、ほっと胸を撫でおろした。「路頭に迷う結末にならないか心配していたの」という言葉をポロリと零しながら。
ルシータの婚約者は、彼女の本音を何でも知っている。
例えば、自分を貶めた人間にでも、情を向けてしまうこともしっかりわかっている。
対してレオナードの婚約者は、彼のことを全部は知らない。
でも、その小さな小さな秘密は、全て彼女への想いでできている。
なので、これまでお付き合いいただいた皆さま、どうかこの事実は、内緒にしてあげてくださいな。
◇◆◇◆ おしまい ◇◆◇◆
加筆、加筆で長くなってしまい、短編詐欺のような長さになってしまいました(;^ω^)申し訳ありません(><)
お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました!!
けれど、それは一瞬だけ。
ぎゅっと拳を握った彼は何かに耐えるように目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けて、こう言った。
「じゃあ、質問を変えるね」
「……う、あ、はい」
「僕のことが好きで、僕と結婚してくれる気持ちがあるなら……君の部屋で、君の手で、ここに薬を塗って欲しいな?嫌かい?」
「やります。やらせていただきますっ」
ルシータは今度は素直に頷いた。こくこくと何度も首を上下に動かす。
なぜなら熱湯がかかってしまったレオナードの額や頬はまだ赤いのだ。
ルシータは気持ちがアップアップになりながらも、ずっと気になっていた。いつアロエを取りに行こうかタイミングすら伺っていたくらいだ。
火傷は時間との勝負。
ルシータは、この美しい顔を元通りにしなければならないという、全人類の願いを背負ったような使命感すら感じでいた。
ま、残念ながらルシータはまんまと、レオナードの話術にはまってしまったのだけれど、もう既に二人は想い合っているので大目に見てあげて欲しい。
そして概ね納得したレオナードは、ようやっとルシータから身体を離すと、向かいの席に腰かけた。次いで、こんな提案をした。
「さてと、じゃあ、ランチを買って帰ろうか。実は、一月前に新しいサンドウィッチ屋さんができたんだ。ハムが絶品だって、さ」
「……ハムですと?」
「ああ。特にパストラミと、生ハムが人気だって。それに、チーズを挟んだサンドウィッチはたまらなく美味しいらしい」
「……ハム」
「もちろんハムだけもテイクアウトできるよ。12種類もあるから、選ぶのは大変……いや、全部買えば良いか」
「……ハム」
ルシータはうわ言のようにただ一つの言葉を呟いているが、その表情はとてつもなく煌めいている。
まるで、長年会うことが叶わなかった恋人と再開できるかのように。
対してレオナードは内心面白くはなかった。かなり。でも、ここはぐっと堪えて、窓を開けて御者に指示を出す。
「ねえ、ルシータところでさ」
「……ハム」
「……ああ、駄目だ。まったく聞いてない……」
がっくりと肩を落とす侯爵家ご当主と、うっとりと目を細める男爵令嬢をのせた馬車は、二人の邪魔をしないよう静かに走り出した。
***
さて、これで大団円……でも良いかもしれないが、ちょっとだけ後日談を。
お茶会を退席する際にレオナードがアスティリアに言い捨てた家同士の話し合いについて。
実はあの後、あの二人が婚約破棄となったかどうかはご想像にお任せするとして、アスティリアを含むヨーシャ卿ご一家は爵位を剥奪され、国外に追放になった……わけではない。
もちろんお咎めナシなどという、オチでもない。
何度も言うがレオナードは、マークランズ研究所の最高責任者である。
そしてこの研究所は、国家事業と言っても良いほど、巨大で優秀で長い歴史を持ち、国王もかなり関心を向けているところ。
そんな権威ある研究所は、最近、心身症の特効薬はないのかと研究を始めていた。
そんなわけで、女性のヒステリーについてのサンプルが欲しかった。喉から手が出るほどに。
ちなみにレオナードは侯爵家の当主。国王とすら気軽に対面できる彼は、伯爵家を潰そうと思えばいつでもそうできる。
けれど利用できる大義名分を得る機会は、なかなか巡ってはこない。
……そろそろお気づきかもしれないが、アスティリアのヒステリーは太鼓判を押せるレベル。
そしてレオナードとしては、生きの良いサンプルを自ら差し出すことで、ルシータの父親の心証を良くする絶好の機会でもあった。
だから……まぁ、つまり、彼女は生きたサンプルとなり、此度の罪を償った。
爵位も剥奪されず、追放されず良かったじゃんと思うかもしれない。けれど、これは、アスティリアにとってかなり屈辱的なものであった。
なにせキーキー声で喚こうが、近くにあるものをなぎ倒す勢いで髪を振り乱して暴れても、研究者達は目を輝かせて、メモを取るだけ。そして「さぁさぁ、もっと症例を見せてくれ」と迫られる始末。
はっきり言って、これはある種の拷問に近い。
ただアスティリアは、この国の医療に貢献し、レオナードとルシータの結婚に大きく貢献したことにもなる。
でもこれは、あくまで余談。
レオナードはこの真実をちょっとだけ歪めて、ルシータにアスティリアがこれまでのことを反省して、サンプルになることを自ら立候補したと伝えてある。
そしてルシータもその言葉を鵜呑みにして、ほっと胸を撫でおろした。「路頭に迷う結末にならないか心配していたの」という言葉をポロリと零しながら。
ルシータの婚約者は、彼女の本音を何でも知っている。
例えば、自分を貶めた人間にでも、情を向けてしまうこともしっかりわかっている。
対してレオナードの婚約者は、彼のことを全部は知らない。
でも、その小さな小さな秘密は、全て彼女への想いでできている。
なので、これまでお付き合いいただいた皆さま、どうかこの事実は、内緒にしてあげてくださいな。
◇◆◇◆ おしまい ◇◆◇◆
加筆、加筆で長くなってしまい、短編詐欺のような長さになってしまいました(;^ω^)申し訳ありません(><)
お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました!!
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