25 / 26
婚約者はもうどうにも止まらない⑥
しおりを挟む
本当に面白くない冗談だ。レオナードは、ほんのちょっとだけ不機嫌になる。それはルシータに向けてではなく、ルシータの父親に向けて。
なぜなら、ルシータは家族をとても大切にしているから。
だから「君のお父さんのせいで……」なんていう真実を明かすことはできないし、レオナードとて、自分の言葉が原因で二人が揉めるのなど見たくもない。
それに、いずれルシータとの間に子が授かって、それが女の子だったら間違いなくレオナードも同じ気持ちになることがわかっているから。
そんなわけで、レオナードはルシータに事の顛末を説明することはしなかった。
でも、いい加減、婚約者の気持ちをしっかり言葉にして聞きたい欲求は抑えることができなかった。
「ねえ、ルシータ怒ってる?」
「は?え?な、なにが?」
突然、しゅんとした口調に変わったレオナードに、ルシータは目を丸くする。
「学生時代、君を護れなかったこと。それから君の気持ちを確かめることをしないで、強引に婚約を進めたこと。あと今日、無理矢理お茶会に誘ったこと……怒ってる?」
レオナードは、もっと具体的にルシータに問いかけた。すぐに「はぁ?」という間の抜けた返事が返ってきた。
「怒ってない?」
「うん」
「本当に?」
「もちろん」
「僕の事、嫌いになってない?」
「まさか」
「じゃあ、好き?」
「……っ」
───ここは素直に誘導尋問に引っ掛かって欲しかったのに。
ルシータが妙齢の女性よりほんのちょっと冷静なところも魅力的であるけれど、今回に限っては、ちょっとばかし苦く思う。
だからレオナードはこれ以上追及する代わりに、ルシータの左の耳たぶに歯を立てた。
°˖✧°˖✧°˖✧°˖✧
「───まったくルシータは、素直じゃないんだから……だから、おしおき」
そんなことを言われた後、今まで経験したことがない疼きを覚えて、ひっとルシータは短く悲鳴をあげた。でもそこに拒絶の色はなかった。
ルシータの心の中では、只今季節外れの台風が起こっていた。
こんな目で、彼に見つめられる日が来るなんて。こんなふうに触れられることがあるなんて、ルシータは想像したことさえ無かった。
ただ予想外の展開についていけないのと、これまでそういった経験がないからどうして良いのかわからなくて狼狽えているだけ。
そして、なんだかんだと言って一番大きい感情は喜びで。
ルシータの華奢な手は、無意識に自身の左の耳たぶに触れようとする。けれど、
「知っているかい、ルシータ。君は嬉しいとき、ここに触れるんだ」
「なっ......」
触れようとした手を優しくからめ取られたと思ったら、そんな言葉が耳に落とされ、ルシータは目をひん剥いた。
これは相当な衝撃だった。ボードレイ先生とレオナードが個人的なつながりがあったことより遥かに大きいそれ。
次いで、なぜそれを知っているんだと思わずレオナードを睨んでしまう。
なぜなら、これを知られていたということは、本音が駄々洩れだったということ。
知っていながらずっと黙っていて。しかも、こんなタイミングで暴露するなんて。レオナードは少し意地が悪い。
そんな意地の悪いルシータの婚約者は、嬉々としてこんなことまで語り出す。
「12歳の誕生日に、母君から使い古した白衣を貰ったとき。14歳の夏に、父君から薬学辞典を贈られた時。15歳の秋に、一人で植えて育てたシダに蕾ができたとき。君は一人になった途端、こっそりここに触れていた」
「見てたの?!」
「……見えてただけさ」
心外だなと言いたげに眉を上げたレオナードの視線は、熱で潤んでいて、酷く何かを欲しているように見える。
ルシータは、こくりと小さくつばを飲んだ。
それをどう勘違いしたのか、レオナードは片膝をルシータが腰かけている座席に乗せた。ぐっと彼が近づく。触れていない箇所の方が少ないほど、二人は密着している。
「ちょっと待ってっ」
なにかしらの危険を感じて、ルシータは身を捩る。
「待てない。さんざん待ったんだ」
食い気味に雑な返事をしながらも、レオナードはルシータの首筋に唇を当てた。
「……ひぃ」
泣きそうな悲鳴なのに、どこか甘い声が出てしまうのをルシータは止められなかった。
でもどうか後者の部分は気付かないでくれとレオナードに向けて必死に祈る。けれど、そんな願いは聞き届けられるわけもない。
どんどんルシータを追い詰めていく非道な婚約者は、唇を上に移動しながら、掠れた声で囁いた。
「今日何回君がここに触れたか、言ってもいいかい?」
「か、数えていたの?!」
「……当たり前じゃん」
「大好きだよ、ルシータ……ねぇ、もう一度聞くけど……君は、僕の事をどう思っている?」
「……わかっているくせに」
今ここで好きという言葉を紡いだら、大変なことになるのをわかっているルシータは、大変遠回しな表現を使うことを選んだ。
◇◆◇◆お知らせ◆◇◆◇
加筆、加筆。そしてまた加筆で予想より長いお話になってしまいましたが、明日で完結です(o*。_。)oペコッ
なぜなら、ルシータは家族をとても大切にしているから。
だから「君のお父さんのせいで……」なんていう真実を明かすことはできないし、レオナードとて、自分の言葉が原因で二人が揉めるのなど見たくもない。
それに、いずれルシータとの間に子が授かって、それが女の子だったら間違いなくレオナードも同じ気持ちになることがわかっているから。
そんなわけで、レオナードはルシータに事の顛末を説明することはしなかった。
でも、いい加減、婚約者の気持ちをしっかり言葉にして聞きたい欲求は抑えることができなかった。
「ねえ、ルシータ怒ってる?」
「は?え?な、なにが?」
突然、しゅんとした口調に変わったレオナードに、ルシータは目を丸くする。
「学生時代、君を護れなかったこと。それから君の気持ちを確かめることをしないで、強引に婚約を進めたこと。あと今日、無理矢理お茶会に誘ったこと……怒ってる?」
レオナードは、もっと具体的にルシータに問いかけた。すぐに「はぁ?」という間の抜けた返事が返ってきた。
「怒ってない?」
「うん」
「本当に?」
「もちろん」
「僕の事、嫌いになってない?」
「まさか」
「じゃあ、好き?」
「……っ」
───ここは素直に誘導尋問に引っ掛かって欲しかったのに。
ルシータが妙齢の女性よりほんのちょっと冷静なところも魅力的であるけれど、今回に限っては、ちょっとばかし苦く思う。
だからレオナードはこれ以上追及する代わりに、ルシータの左の耳たぶに歯を立てた。
°˖✧°˖✧°˖✧°˖✧
「───まったくルシータは、素直じゃないんだから……だから、おしおき」
そんなことを言われた後、今まで経験したことがない疼きを覚えて、ひっとルシータは短く悲鳴をあげた。でもそこに拒絶の色はなかった。
ルシータの心の中では、只今季節外れの台風が起こっていた。
こんな目で、彼に見つめられる日が来るなんて。こんなふうに触れられることがあるなんて、ルシータは想像したことさえ無かった。
ただ予想外の展開についていけないのと、これまでそういった経験がないからどうして良いのかわからなくて狼狽えているだけ。
そして、なんだかんだと言って一番大きい感情は喜びで。
ルシータの華奢な手は、無意識に自身の左の耳たぶに触れようとする。けれど、
「知っているかい、ルシータ。君は嬉しいとき、ここに触れるんだ」
「なっ......」
触れようとした手を優しくからめ取られたと思ったら、そんな言葉が耳に落とされ、ルシータは目をひん剥いた。
これは相当な衝撃だった。ボードレイ先生とレオナードが個人的なつながりがあったことより遥かに大きいそれ。
次いで、なぜそれを知っているんだと思わずレオナードを睨んでしまう。
なぜなら、これを知られていたということは、本音が駄々洩れだったということ。
知っていながらずっと黙っていて。しかも、こんなタイミングで暴露するなんて。レオナードは少し意地が悪い。
そんな意地の悪いルシータの婚約者は、嬉々としてこんなことまで語り出す。
「12歳の誕生日に、母君から使い古した白衣を貰ったとき。14歳の夏に、父君から薬学辞典を贈られた時。15歳の秋に、一人で植えて育てたシダに蕾ができたとき。君は一人になった途端、こっそりここに触れていた」
「見てたの?!」
「……見えてただけさ」
心外だなと言いたげに眉を上げたレオナードの視線は、熱で潤んでいて、酷く何かを欲しているように見える。
ルシータは、こくりと小さくつばを飲んだ。
それをどう勘違いしたのか、レオナードは片膝をルシータが腰かけている座席に乗せた。ぐっと彼が近づく。触れていない箇所の方が少ないほど、二人は密着している。
「ちょっと待ってっ」
なにかしらの危険を感じて、ルシータは身を捩る。
「待てない。さんざん待ったんだ」
食い気味に雑な返事をしながらも、レオナードはルシータの首筋に唇を当てた。
「……ひぃ」
泣きそうな悲鳴なのに、どこか甘い声が出てしまうのをルシータは止められなかった。
でもどうか後者の部分は気付かないでくれとレオナードに向けて必死に祈る。けれど、そんな願いは聞き届けられるわけもない。
どんどんルシータを追い詰めていく非道な婚約者は、唇を上に移動しながら、掠れた声で囁いた。
「今日何回君がここに触れたか、言ってもいいかい?」
「か、数えていたの?!」
「……当たり前じゃん」
「大好きだよ、ルシータ……ねぇ、もう一度聞くけど……君は、僕の事をどう思っている?」
「……わかっているくせに」
今ここで好きという言葉を紡いだら、大変なことになるのをわかっているルシータは、大変遠回しな表現を使うことを選んだ。
◇◆◇◆お知らせ◆◇◆◇
加筆、加筆。そしてまた加筆で予想より長いお話になってしまいましたが、明日で完結です(o*。_。)oペコッ
24
お気に入りに追加
3,790
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

〖完結〗記憶を失った令嬢は、冷酷と噂される公爵様に拾われる。
藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢のリリスは、ハンナという双子の妹がいた。
リリスはレイリック・ドルタ侯爵に見初められ、婚約をしたのだが、
「お姉様、私、ドルタ侯爵が気に入ったの。だから、私に譲ってくださらない?」
ハンナは姉の婚約者を、欲しがった。
見た目は瓜二つだが、リリスとハンナの性格は正反対。
「レイリック様は、私の婚約者よ。悪いけど、諦めて。」
断った私にハンナは毒を飲ませ、森に捨てた…
目を覚ました私は記憶を失い、冷酷と噂されている公爵、アンディ・ホリード様のお邸のベッドの上でした。
そして私が記憶を取り戻したのは、ハンナとレイリック様の結婚式だった。
設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全19話で完結になります。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

お願いですから離縁してください
うみか
恋愛
戦争孤児であるエルは、運よくダイヤモンド公爵家に引き取られたものの、義家族のエルへの態度は日に日に冷たくなっていった。想いを寄せる伯爵令息のウィルとも話すことを禁止され、彼女は強い孤独を抱えるようになる。このままの人生は嫌だとエルは離縁を申し出るが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる