悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている

当麻月菜

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婚約者はもうどうにも止まらない⑤

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 今にして思……わなくても、レオナードがルシータの父親から怒られたのは100パーセントとばっちりである。
 
 そもそも、ルシータが怪我をしたのはお転婆が過ぎた結果のことだし、もしそこにレオナードがいなかったら額の小さな傷で済まなかった可能性だって高い。
 むしろその程度の傷で済んだことが幸いだったとも言える。

 でもレオナードは言い訳は一つもしなかった。ただルシータの父親に向けて、謝罪の言葉を繰り返すだけだった。

 子供であっても男性は女性を護らなければいけないと教育を受けていたこともあるけれど、想いを寄せている小さな女の子が血まみれの顔で泣いているのは、トラウマになりそうな程の衝撃だった。

 もちろん当時のレオナードは、研究所の最高責任者のご子息である。
 副責任者とはいえ格下の人間に頭ごなしに怒鳴られるなど、かなりスキャンダラスなことではあったのだ。

 けれど、レオナードの父親は理解がある人間で、ルシータの父親はお咎めはなく、今でも変わらず副責任者ままでいる。
 ただ、レオナードとルシータの父親には、深い溝ができてしまった。

 だからこそ学生時代、レオナードはルシータのことをあからさまに庇うことができなかったのだ。「娘のことはほっといてくれ」というスタイルを貫き通すルシータの父親が枷となって。

 と、いってもレオナードが「はいそうですね」と素直に頷くわけがない。
 片思い歴が二桁に達していた彼は、ルシータに対して筋金入りの想いを持っている。だから何食わぬ顔をしながらも、誰にも気づかれぬよう水面下で、そりゃあまぁ色々、手を回したり、手を下したりした。

 そのおかげで入学してからの1年間は、ルシータにとって風当たりは強いものではなかった。 
 
 ただレオナードは危惧していた。自分が卒業したらこれまでのようにはいかないと。

 念の為に、かつての家庭教師であったボードレイは学園にいてくれて、逐一ルシータのことを報告してもらうよう手筈は整えてある。

 だが、それだけでは全然足りない。足りなさすぎる。

 そんなわけで実はレオナードは卒業間近に、こっそりルシータの父親に婚約したいと打診した。既に自分の父親からは許可を得ている。
 正式に婚約を発表してしまえば、ルシータは学生でありながら、侯爵家の許嫁となるし、レオナードも卒業したとはいえ、堂々と護る権利を得ることができる。

 だがルシータの父親は却下した。

 学生婚約などあり得ないと。また当主にもなっていない親のすねかじりが、生意気なことを言うなと突っぱねたのだ。それは過去の一件から「誰がお前なんかに」的な感情でくるものだった。

 ……娘を溺愛する気持ちはわからなくもないが、何度も格上のお貴族様に暴言を吐くルシータの父親はかなり厄介な性格ではある。
 が、それに対して一度も咎めることをしないレオナードの父の器は海より深いのだろう。ということは、置いておいて。

 結局、二人の婚約は、レオナードが当主となってからという話に落ち着き、彼は早々に、父親の後を継ぐために領地へと向かった。

 そして異例の速さで仕事を覚え、さっくり当主となり、無事婚約することができた。「ルシータが嫌だと言ったら、すぐに婚約破棄をする」という条件付きだけれども。

 それでも、婚約はできた。レオナードは、ルシータを護る権利を得た。

 でもその後、レオナードが過去の事について、それとなく何度も水を向けても、ルシータは泣きつくことも、辛かったと語ることはなかった。ただの一度も。

 まるでお前なんかに話してもと言わんばかりに。

 ルシータにとったら戸惑いを隠すつれない態度は、レオナードにとったら頼りにならない男と烙印を押されているかのようだった。

 そしてあからさまに研究員や使用人に対しては、親しみのこもった口調で会話するのに、自分に対しては一線を置く態度を貫き通す。レオナードはルシータの婚約者なのに。

 これもまたルシータにとったら本心を知られたくない故のことだったのだが、レオナードにとったら、かなり辛いことであった。

 誰よりも大切なのに。何より慈しみたいというのに。

 レオナードは焦れた。焦れて、焦れて、焦れて─── こじれた。

 ぶっちゃけ結婚してから有無を言わさず溺愛してやるから覚えとけよと、意味のわからない悪態を吐いてしまうほどに。

 そんな時にアスティリアからの茶会の招待。
 これはまさに渡りに船。

 ルシータが人間不信になった原因を叩き潰すのには、絶好の機会でもあった。

 だから、無理矢理ルシータを誘った。
 もちろん彼女を皆の前で見せびらかしたい......いや、もっとはっきり言うと、過去、ルシータに想いを寄せていた男性に向けてそうしたいと思う子供じみた男心があったことは否定できない。

 いやいや、もっともっと正直に言うと、そっちの方が割合的には多い。でも、ま、それは置いておいて───







「───……ねぇルシータ。嫉妬は醜いだなんて、誰が言ったんだろうね。妬いてくれる君はこんなに可愛らしいのに」

 相変わらずレオナードは、ルシータの至近距離にいる。

 そしてうっとりとした視線を受けたルシータの頬は赤い。可愛い。触りたい。

 でもつれない婚約者は、レオナードの気持ちなど無視してこう言った。

「と、とりあえず、離れてください」

 物理的に離れれば落ち着くのではないかと思ったルシータの提案なんだけれども……無情にもレオナードは首を横に振った。

「それは面白くない冗談だ」
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