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婚約者はもうどうにも止まらない③
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レオナードが、これまでずっと当たり前にあった気持ちを吐露した途端、ルシータは目を見開いた。
真意を探ろうとするかのように。いや、何もかも信じられなくて、ただただそうしているようにも見える。
───……嬉しくはないのか?そんなことを言ったら迷惑なだけなのか?
自信満々に見えるレオナードだけれども、実はルシータが今、何を考えているのかわからなかった。
でもルシータが無意識に自身の左の耳たぶに触れたのを見て、彼の唇はゆっくりと弧を描く。
そしてレオナードは目を細めながら、嵐のように過ぎ去った今日のお茶会───ではなく、これまであったこと。ルシータとの出会いからを思い返し始めた。
***
レオナードは代々続く侯爵家。その名を出せば王都の路地裏にいる花売りの小娘すら知っているであろう名門貴族であった。
そして長男として生まれたレオナードは、当然ながら家督を継ぐ人間であった。
貴族として産まれた人間は、安定した未来を約束されているが、産まれながらに人生を決められているとも言える。それに疑問を思うことも、窮屈さを感じることも、許されない。
ご多分に漏れずレオナードもそうだった。
いずれは当主となり、領地と研究所の責任者を継ぐ人間だと言われ、そのための教育を受けてきた。
そして初めて参加した、新薬の研究が成功した祝賀会では、次期責任者として振る舞うことだけを考え、精一杯それをこなしていた。
そんな中、ルシータと出会った。
初めて会った彼女は、まるでリスのようなつぶらな瞳でレオナード───……ではなく、テーブルに並べられているハムを見つめていた。
プレーンにチーズ、バジルにペッパー……。見栄え良く花の型に並べられたそれらは、確かに美味しそうではあった。
ただ、ルシータの視線は、そんなありきたりなものではなかった。
人生最後に何を食したいかと聞かれてら、迷わずハムと答えるであろうと思わせる程の切実さと真剣さがあった。
けれど彼女は、熱い視線を送るだけで、取りには行かなかった。
なぜなら今日の祝賀会は、子供が参加することを前提として用意された席ではなかったから。そして、立食用のテーブルは子供の身長に近いそれだったから。
当時、10歳にも満たないルシータにとったらテーブルにあるハムをお行儀良く小皿に移して口に運ぶのは、かなり難易度が高かった。
ハムは、大人の好物でもある。そして酒の良いツマミにもなる。
そんなわけでルシータがもたもたしているうちに、ハムはあっという間に大人に奪われ、皿すらも下げられてしまった。
恨めしげに、空になった皿を下げる新米研究者を睨むルシータはとても憐れで、痛々しかった。
でも涙を浮かべたその姿は庇護欲をそそられ、たまらなく可愛らしかった。
思わずレオナードが自分の務めも忘れて、ルシータに近付き、ポケットに入れていたボンボンを手渡そうとしてしまうほどに。
けれどルシータはそれを受け取らなかった。
びっくりした表情を作って、くるりと背を向けて駆け出してしまった。そして母親であろう研究者の白衣の中に隠れてしまった。
レオナードは自分が差し出したものを受け取らず、まして何の断りもなく姿を消されることなど初めての経験だった。
けれど不快ではなかった。なぜハムを持っていなかったのかと悔んだりはしたけれど。
それどころか、怯えたように母親の白衣からそっと顔を出す姿が猛烈に可愛らしいと思ってしまった。
ちなみ餌付けは、3つ目のボンボンを手のひらに乗せたところで成功した。
その時、このハムスターがルシータという名であることも知った。
ま、ルシータとレオナードの記憶が微妙に違うけれど、そこには触れないでほしい。ただどちらの記憶が正確かといえば間違いなく、彼のほうだろう。
なぜならその時にルシータに向けた感情は、一時の可愛らしいというものから、しっかりとした恋心に代わり、がっつり生涯を共に歩みたいと思うかけがえのない存在になった。
だから、もちろんルシータが悪役令嬢呼ばわりされていたことも知っている。
それどころか誰に、どんな陰口を言われたかまで、詳細に知っている。
それなのに何故、レオナードが学生時代にルシータを庇わなかったのか。
「僕らは他人です」的なスタイルを貫いたのか。
先に言っておくが、レオナードがそうしたのは、好き好んでのことではない。
ではなぜかというと……ここで、まさかのルシータの父親が登場する。
真意を探ろうとするかのように。いや、何もかも信じられなくて、ただただそうしているようにも見える。
───……嬉しくはないのか?そんなことを言ったら迷惑なだけなのか?
自信満々に見えるレオナードだけれども、実はルシータが今、何を考えているのかわからなかった。
でもルシータが無意識に自身の左の耳たぶに触れたのを見て、彼の唇はゆっくりと弧を描く。
そしてレオナードは目を細めながら、嵐のように過ぎ去った今日のお茶会───ではなく、これまであったこと。ルシータとの出会いからを思い返し始めた。
***
レオナードは代々続く侯爵家。その名を出せば王都の路地裏にいる花売りの小娘すら知っているであろう名門貴族であった。
そして長男として生まれたレオナードは、当然ながら家督を継ぐ人間であった。
貴族として産まれた人間は、安定した未来を約束されているが、産まれながらに人生を決められているとも言える。それに疑問を思うことも、窮屈さを感じることも、許されない。
ご多分に漏れずレオナードもそうだった。
いずれは当主となり、領地と研究所の責任者を継ぐ人間だと言われ、そのための教育を受けてきた。
そして初めて参加した、新薬の研究が成功した祝賀会では、次期責任者として振る舞うことだけを考え、精一杯それをこなしていた。
そんな中、ルシータと出会った。
初めて会った彼女は、まるでリスのようなつぶらな瞳でレオナード───……ではなく、テーブルに並べられているハムを見つめていた。
プレーンにチーズ、バジルにペッパー……。見栄え良く花の型に並べられたそれらは、確かに美味しそうではあった。
ただ、ルシータの視線は、そんなありきたりなものではなかった。
人生最後に何を食したいかと聞かれてら、迷わずハムと答えるであろうと思わせる程の切実さと真剣さがあった。
けれど彼女は、熱い視線を送るだけで、取りには行かなかった。
なぜなら今日の祝賀会は、子供が参加することを前提として用意された席ではなかったから。そして、立食用のテーブルは子供の身長に近いそれだったから。
当時、10歳にも満たないルシータにとったらテーブルにあるハムをお行儀良く小皿に移して口に運ぶのは、かなり難易度が高かった。
ハムは、大人の好物でもある。そして酒の良いツマミにもなる。
そんなわけでルシータがもたもたしているうちに、ハムはあっという間に大人に奪われ、皿すらも下げられてしまった。
恨めしげに、空になった皿を下げる新米研究者を睨むルシータはとても憐れで、痛々しかった。
でも涙を浮かべたその姿は庇護欲をそそられ、たまらなく可愛らしかった。
思わずレオナードが自分の務めも忘れて、ルシータに近付き、ポケットに入れていたボンボンを手渡そうとしてしまうほどに。
けれどルシータはそれを受け取らなかった。
びっくりした表情を作って、くるりと背を向けて駆け出してしまった。そして母親であろう研究者の白衣の中に隠れてしまった。
レオナードは自分が差し出したものを受け取らず、まして何の断りもなく姿を消されることなど初めての経験だった。
けれど不快ではなかった。なぜハムを持っていなかったのかと悔んだりはしたけれど。
それどころか、怯えたように母親の白衣からそっと顔を出す姿が猛烈に可愛らしいと思ってしまった。
ちなみ餌付けは、3つ目のボンボンを手のひらに乗せたところで成功した。
その時、このハムスターがルシータという名であることも知った。
ま、ルシータとレオナードの記憶が微妙に違うけれど、そこには触れないでほしい。ただどちらの記憶が正確かといえば間違いなく、彼のほうだろう。
なぜならその時にルシータに向けた感情は、一時の可愛らしいというものから、しっかりとした恋心に代わり、がっつり生涯を共に歩みたいと思うかけがえのない存在になった。
だから、もちろんルシータが悪役令嬢呼ばわりされていたことも知っている。
それどころか誰に、どんな陰口を言われたかまで、詳細に知っている。
それなのに何故、レオナードが学生時代にルシータを庇わなかったのか。
「僕らは他人です」的なスタイルを貫いたのか。
先に言っておくが、レオナードがそうしたのは、好き好んでのことではない。
ではなぜかというと……ここで、まさかのルシータの父親が登場する。
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