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婚約者はもうどうにも止まらない②
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ルシータの言葉をせっつくように、レオナードの髪から雫が一つ落ちた。それはルシータの頬に当たり、そっと滑り落ちる。
「……レオナード、これ使って」
ちょっとでも顔を動かせば、またレオナードの唇とくっついてしまう危険性がある。
そのため、ルシータは細心の注意を払いポケットからハンカチを取り出して、軽くレオナードの腕を叩いた。
「うん。ありがとう」
素直に受け取ったレオナードは、なぜか自身の髪ではなく、ルシータの頬のそれを当てた。
「ち、違うの。あなたに使って欲しくって」
「うん。わかってる」
いや、わかっていない。それに、わかっているなら、早くそうしてくれ。
ルシータはその言葉を飲み込む代わりに、眉間に皺を寄せた。
そうすれば、なぜか鏡合わせのように、レオナードも似たような表情になる。
「でさ話を元に戻すけど。僕、ちょっとじゃなくって、結構、怒っているんだけどな」
「……え゛」
お茶を濁すつもりはなかったけれど、そうなれば良いなと思っていたルシータは、自分が思っていた以上に落胆した。
そして、怒っていることが確定しているのなら、せめて、ちょっとのままでいてほしかったと心から思った。
でも、レオナードが怒っている理由は何だろう。
今日の行動全てとも言えるし、そうではなく、ルシータが想像もつかないようなことで怒っているようにも見える。とどのつまり、てんでわからない。
それは表情にしっかり現れていたのだろう。
レオナードは、すっと目を細めて答えを教えてくれた。けれど、それは後者のものだった。
「僕のこと、あいつらと同じ扱いにしたよね?ルシータ」
「......」
重要なワードをすっとばした問いに、ルシータは賢くも質問することはしなかった。
でも、悲しいことに無言は肯定でもある。すぐさまレオナードの視線が鋭くなる。沈黙は許さないとありありと告げている。
ご存知の通りレオナードは、ルシータの父親が働く研究所の出資者である。だからそんなお偉い人の追及を無視などしてはいけない。
……などということを抜きにしても、ルシータが沈黙を通すのは難しいと思う程、レオナードの無言の圧力はすさまじいのもだった。
「だ、だって......」
「だって?」
「レオナードは......」
「なあに?」
優しく促してくれるけれど、目は笑っていない。
それは肝心なところで、ごにょごにょと尻すぼみになったルシータに「そんなことで逃げられないよ」と訴えているからで。
だからルシータは大きく息を吸った。そして目をぎゅっと瞑って、声を張り上げた。
「恋人がいたんでしょ?!」
「......は?」
ぽかんとした表情に変わったレオナードを前にしてもルシータの口は止まらない。
「【は?】じゃないですっ。私の知らない女性と、”もみの木”で仲良く過ごしていたんでしょ?!さっきアスティリアがそう言った時、否定しなかったじゃないっ。……学生時代、私とはずっと赤の他人でいたくせにっ」
一番底に隠していた本音に、ルシータは心底驚いた。心臓が跳ねあがる程に。
そして、時既に遅しとわかっていても、慌てて口を両手で覆ってしまう。
ああ、最悪だ。切羽詰まっていたとはいえ、よりにもよって、一番知られたくない、でも一番の本音を口にしてしまうとは。
ルシータは、心の中で自分をひどく罵った。
そもそも徹底的に避けていたのは、自分自身だったのに。自分の事を差し置いて、レオナードの過去を詰るなんて最低だ。
変えることができない過去だとわかっていても、嫉妬から溢れ出た醜い言葉が、とてつもなく恥ずかしい。死んでしまいたい。
───なのに。
「あはっはははっはははっ」
返ってきたのは、特大の爆笑だった。
その声はとても大きく外まで聞こえているので、普段はおとなしい馬車に繋がれた馬が、ヒヒンッヒンッと非難の声をあげる。
ちなみにルシータはレオナードの大音量に非難するつもりはないけれど、まさかの行動にポカンと口を半開きにしてしまう。
少し濡れた桃色の唇が開く様は端から見たらすごく官能的に写るようで、反対側に着席してようとしていたレオナードは、たまらないと言った感じで身を乗り出す。
「......まったく、ここでなんでそんな可愛らしいことを言ってくれるのかなぁ」
「は?」
「ルシータ、自覚ある?君のことを大好きな僕としたら、それは煽ってるとしか受け止められないよ」
「!!!!」
ルシータからすればこれは、世界が引っくり返ったような展開だった。
まさか、レオナードが自分のことを好きだなんて......これっっっっぽっちも思っていなかったのだ。
「......そこまで驚くことかなぁ」
呆れきった声を出すくせに、レオナードの表情はどこまでも優しいものだった。
「……レオナード、これ使って」
ちょっとでも顔を動かせば、またレオナードの唇とくっついてしまう危険性がある。
そのため、ルシータは細心の注意を払いポケットからハンカチを取り出して、軽くレオナードの腕を叩いた。
「うん。ありがとう」
素直に受け取ったレオナードは、なぜか自身の髪ではなく、ルシータの頬のそれを当てた。
「ち、違うの。あなたに使って欲しくって」
「うん。わかってる」
いや、わかっていない。それに、わかっているなら、早くそうしてくれ。
ルシータはその言葉を飲み込む代わりに、眉間に皺を寄せた。
そうすれば、なぜか鏡合わせのように、レオナードも似たような表情になる。
「でさ話を元に戻すけど。僕、ちょっとじゃなくって、結構、怒っているんだけどな」
「……え゛」
お茶を濁すつもりはなかったけれど、そうなれば良いなと思っていたルシータは、自分が思っていた以上に落胆した。
そして、怒っていることが確定しているのなら、せめて、ちょっとのままでいてほしかったと心から思った。
でも、レオナードが怒っている理由は何だろう。
今日の行動全てとも言えるし、そうではなく、ルシータが想像もつかないようなことで怒っているようにも見える。とどのつまり、てんでわからない。
それは表情にしっかり現れていたのだろう。
レオナードは、すっと目を細めて答えを教えてくれた。けれど、それは後者のものだった。
「僕のこと、あいつらと同じ扱いにしたよね?ルシータ」
「......」
重要なワードをすっとばした問いに、ルシータは賢くも質問することはしなかった。
でも、悲しいことに無言は肯定でもある。すぐさまレオナードの視線が鋭くなる。沈黙は許さないとありありと告げている。
ご存知の通りレオナードは、ルシータの父親が働く研究所の出資者である。だからそんなお偉い人の追及を無視などしてはいけない。
……などということを抜きにしても、ルシータが沈黙を通すのは難しいと思う程、レオナードの無言の圧力はすさまじいのもだった。
「だ、だって......」
「だって?」
「レオナードは......」
「なあに?」
優しく促してくれるけれど、目は笑っていない。
それは肝心なところで、ごにょごにょと尻すぼみになったルシータに「そんなことで逃げられないよ」と訴えているからで。
だからルシータは大きく息を吸った。そして目をぎゅっと瞑って、声を張り上げた。
「恋人がいたんでしょ?!」
「......は?」
ぽかんとした表情に変わったレオナードを前にしてもルシータの口は止まらない。
「【は?】じゃないですっ。私の知らない女性と、”もみの木”で仲良く過ごしていたんでしょ?!さっきアスティリアがそう言った時、否定しなかったじゃないっ。……学生時代、私とはずっと赤の他人でいたくせにっ」
一番底に隠していた本音に、ルシータは心底驚いた。心臓が跳ねあがる程に。
そして、時既に遅しとわかっていても、慌てて口を両手で覆ってしまう。
ああ、最悪だ。切羽詰まっていたとはいえ、よりにもよって、一番知られたくない、でも一番の本音を口にしてしまうとは。
ルシータは、心の中で自分をひどく罵った。
そもそも徹底的に避けていたのは、自分自身だったのに。自分の事を差し置いて、レオナードの過去を詰るなんて最低だ。
変えることができない過去だとわかっていても、嫉妬から溢れ出た醜い言葉が、とてつもなく恥ずかしい。死んでしまいたい。
───なのに。
「あはっはははっはははっ」
返ってきたのは、特大の爆笑だった。
その声はとても大きく外まで聞こえているので、普段はおとなしい馬車に繋がれた馬が、ヒヒンッヒンッと非難の声をあげる。
ちなみにルシータはレオナードの大音量に非難するつもりはないけれど、まさかの行動にポカンと口を半開きにしてしまう。
少し濡れた桃色の唇が開く様は端から見たらすごく官能的に写るようで、反対側に着席してようとしていたレオナードは、たまらないと言った感じで身を乗り出す。
「......まったく、ここでなんでそんな可愛らしいことを言ってくれるのかなぁ」
「は?」
「ルシータ、自覚ある?君のことを大好きな僕としたら、それは煽ってるとしか受け止められないよ」
「!!!!」
ルシータからすればこれは、世界が引っくり返ったような展開だった。
まさか、レオナードが自分のことを好きだなんて......これっっっっぽっちも思っていなかったのだ。
「......そこまで驚くことかなぁ」
呆れきった声を出すくせに、レオナードの表情はどこまでも優しいものだった。
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