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婚約者が語る真実①
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「ところでさルシータ、それだけ?」
思わず二の腕を擦りたくなるような空気のなか、レオナードはそよ風のように優しくルシータにそう問うた。
「は?」
主語もなければこの場に相応しくない声音のおかげで、当然、ルシータはこの返事しかできない。
ただ木枯らしの季節にした当の本人はまったく気付いていない様子で、軽く眉を上げて同じことを問いかける。もう少し詳しい内容で。
「君がアスティリアにされた事は、それだけかって聞いてるんだよ」
「……多分、以上だと……」
「ふぅーん。なら、やっぱり僕が言った方が良かったな」
「は?」
2回目の短い質問に、レオナードは答えることはなかった。
ただバトンタッチをして良いと勝手に結論を下されたことは、ルシータにも理解できた。
「ルシータの論文を自分の稚拙なそれに差し替えたのは君だよね。ルシータが制服に付いた泥を洗い流している間に、欠席だと嘘を言ったのは君だよね?間違った課題をルシータに伝えたのも君だよね?アスティリア───ああ、あと……色恋に現を抜かす色魔という怪文書を送りつけたのは誰だい?」
一番最後の追及が、もっとも恐ろしい声音だった。
ルシータの肩が強張る。ただきっと、その声音と同じような視線をもろに受けているアスティリアは、相当の恐怖を覚えているだろう。
さっきとはまた別のジャンルで狼狽えているのが、ありありとわかる。ロザンリオの腕をぎゅっと掴むのは、演技ではなく藁にでもすがりたい心境なのだろう。
「そんな証拠……どこに」
「あるよ」
レオナードは何でもないことのように、さらりと答えた。
「ボードレイ先生が、僕の元家庭教師だったといったら?そして今も深い交流が続いていると言ったら?」
「なっ」
アスティリアは驚愕の事実に、小さく声を上げた。でも、顔色はすべての血を失ってしまったかのように蒼白だった。
そしてその2拍あと、おおよそ淑女のものとは思えない呻き声が微かに響いた。ルシータの声だった。
「......え゛」
ルシータは、恐る恐る振り返って真偽を確かめる。
レオナードは、眩しいほどの笑みを浮かべてしっかりと頷いた。つまり、肯定ということで。
ルシータはぎちぎちとしそうな音を立てて首を元の位置に戻した。
───嘘だ。まさか。なぜに?どうして?
そんな現実を認められない言葉が頭の中でぐるぐると回る。
だって、まさかあのボードレイ先生がレオナードと個人的な繋がりがあったなんて、これっぽちも気付かなかった。
そして気付かない自分は、卒業後もその恩師と手紙のやり取りをしていた。あろうことか、レオナードと婚約したことも手紙で報告して、もっともっとあろうことか、その時の心情を赤裸々に綴ってしまっていたのだ。......婚約できて嬉しい、と。夢みたいでとても幸せだ、と。
ルシータはもう、アスティリアのことなど本気でどうでも良かった。
もし、レオナードがボードレイ先生から、手紙の内容を聞いていたらと思ったら、恥ずかしくて恥ずかしすぎて、今すぐこの場を去りたい。
無意識に体がレオナードから距離を取ろうとする。けれど、彼はそれを予期していたのか、とてもスマートにルシータの手に自身の指を絡ませた。
ただその手は、絶対に離さないと強い意思を持っているのに、その視線はルシータを見ていない。ここにいる全員に向かっている。刺すような鋭い視線を。
「不思議だよね。誰も真相を確かめることなく、アスティリアの言うことだけを信じたってことだよね?」
この場は完全に、レオナードの独壇場となっていた。
もちろん突然、割って入った彼の事をルール違反だと咎める者など誰もいない。レオナードは更に言葉を続けた。
「権力を持つものに逆らうのは、勇気がいることだ。保身を考えるのは悪いことではない。ただ、その為に一人の人間を陥れる行為は最低なことだ」
この時、レオナードはルシータの手に絡ませていた指をほどき体も離してから言った。
婚約者を庇うのではなく、一人の人間として、ここにいる者を咎めるために。
きっとルシータが同じ言葉を言っても、ここにいる人たちにはきちんと伝わることはなかっただろう。もし仮に伝わったとしても、それはただの弁解でしかなかった。
けれど第三者の立場で語るそれは、聞いているものに多大な効力を発揮する。もちろん、レオナードが高位の貴族ということもあるけれど。
そしてギャラリーたちは、学生時代に教師に叱られた時よりももっともっとばつが悪そうな顔をして、黙り込んだ。
ルシータも沈黙している。一人だけ違う意味ではあるけれど。
誰もが居心地の悪さを覚えている最中、レオナードの手が再びルシータを捕らえたから。
しかも今度は、背骨をなぞるように触れてくる。その指先に、意識の全てを持っていかれそうになる。
今は何食わぬ顔をして立っていることが精一杯だった。
まぁ......全員とは言いつつも、「いや俺は違う」と待ったをかけた者はいた。それは会場に到着してすぐに声をかけてきたライアンだった。けれど、残念ながらその主張はレオナードの眼力で粉砕されてしまった。
そんなわけで、これもまたルシータの視界には写らない。
けれどさすがに至近距離にいるアスティリアくらいは目に見える。
彼女はいろんな意味でとてもとても楽しみにしていたお茶会を台無しにされて、自分の矜持を踏みにじられて、図星を刺されてとても激昂していた。
「......あんたなんか」
この場にいることが苦痛で速攻帰りたいと思い始めた招待客のざわつきの中、怒りで震えたその声はやけに大きく響いた。
そしてルシータが小首をかしげたのが最後の逆鱗に触れたのだろう、アスティリアは声を張り上げた。
「あんたのそういうところが大っ嫌いなのよ!!!!」
思わず二の腕を擦りたくなるような空気のなか、レオナードはそよ風のように優しくルシータにそう問うた。
「は?」
主語もなければこの場に相応しくない声音のおかげで、当然、ルシータはこの返事しかできない。
ただ木枯らしの季節にした当の本人はまったく気付いていない様子で、軽く眉を上げて同じことを問いかける。もう少し詳しい内容で。
「君がアスティリアにされた事は、それだけかって聞いてるんだよ」
「……多分、以上だと……」
「ふぅーん。なら、やっぱり僕が言った方が良かったな」
「は?」
2回目の短い質問に、レオナードは答えることはなかった。
ただバトンタッチをして良いと勝手に結論を下されたことは、ルシータにも理解できた。
「ルシータの論文を自分の稚拙なそれに差し替えたのは君だよね。ルシータが制服に付いた泥を洗い流している間に、欠席だと嘘を言ったのは君だよね?間違った課題をルシータに伝えたのも君だよね?アスティリア───ああ、あと……色恋に現を抜かす色魔という怪文書を送りつけたのは誰だい?」
一番最後の追及が、もっとも恐ろしい声音だった。
ルシータの肩が強張る。ただきっと、その声音と同じような視線をもろに受けているアスティリアは、相当の恐怖を覚えているだろう。
さっきとはまた別のジャンルで狼狽えているのが、ありありとわかる。ロザンリオの腕をぎゅっと掴むのは、演技ではなく藁にでもすがりたい心境なのだろう。
「そんな証拠……どこに」
「あるよ」
レオナードは何でもないことのように、さらりと答えた。
「ボードレイ先生が、僕の元家庭教師だったといったら?そして今も深い交流が続いていると言ったら?」
「なっ」
アスティリアは驚愕の事実に、小さく声を上げた。でも、顔色はすべての血を失ってしまったかのように蒼白だった。
そしてその2拍あと、おおよそ淑女のものとは思えない呻き声が微かに響いた。ルシータの声だった。
「......え゛」
ルシータは、恐る恐る振り返って真偽を確かめる。
レオナードは、眩しいほどの笑みを浮かべてしっかりと頷いた。つまり、肯定ということで。
ルシータはぎちぎちとしそうな音を立てて首を元の位置に戻した。
───嘘だ。まさか。なぜに?どうして?
そんな現実を認められない言葉が頭の中でぐるぐると回る。
だって、まさかあのボードレイ先生がレオナードと個人的な繋がりがあったなんて、これっぽちも気付かなかった。
そして気付かない自分は、卒業後もその恩師と手紙のやり取りをしていた。あろうことか、レオナードと婚約したことも手紙で報告して、もっともっとあろうことか、その時の心情を赤裸々に綴ってしまっていたのだ。......婚約できて嬉しい、と。夢みたいでとても幸せだ、と。
ルシータはもう、アスティリアのことなど本気でどうでも良かった。
もし、レオナードがボードレイ先生から、手紙の内容を聞いていたらと思ったら、恥ずかしくて恥ずかしすぎて、今すぐこの場を去りたい。
無意識に体がレオナードから距離を取ろうとする。けれど、彼はそれを予期していたのか、とてもスマートにルシータの手に自身の指を絡ませた。
ただその手は、絶対に離さないと強い意思を持っているのに、その視線はルシータを見ていない。ここにいる全員に向かっている。刺すような鋭い視線を。
「不思議だよね。誰も真相を確かめることなく、アスティリアの言うことだけを信じたってことだよね?」
この場は完全に、レオナードの独壇場となっていた。
もちろん突然、割って入った彼の事をルール違反だと咎める者など誰もいない。レオナードは更に言葉を続けた。
「権力を持つものに逆らうのは、勇気がいることだ。保身を考えるのは悪いことではない。ただ、その為に一人の人間を陥れる行為は最低なことだ」
この時、レオナードはルシータの手に絡ませていた指をほどき体も離してから言った。
婚約者を庇うのではなく、一人の人間として、ここにいる者を咎めるために。
きっとルシータが同じ言葉を言っても、ここにいる人たちにはきちんと伝わることはなかっただろう。もし仮に伝わったとしても、それはただの弁解でしかなかった。
けれど第三者の立場で語るそれは、聞いているものに多大な効力を発揮する。もちろん、レオナードが高位の貴族ということもあるけれど。
そしてギャラリーたちは、学生時代に教師に叱られた時よりももっともっとばつが悪そうな顔をして、黙り込んだ。
ルシータも沈黙している。一人だけ違う意味ではあるけれど。
誰もが居心地の悪さを覚えている最中、レオナードの手が再びルシータを捕らえたから。
しかも今度は、背骨をなぞるように触れてくる。その指先に、意識の全てを持っていかれそうになる。
今は何食わぬ顔をして立っていることが精一杯だった。
まぁ......全員とは言いつつも、「いや俺は違う」と待ったをかけた者はいた。それは会場に到着してすぐに声をかけてきたライアンだった。けれど、残念ながらその主張はレオナードの眼力で粉砕されてしまった。
そんなわけで、これもまたルシータの視界には写らない。
けれどさすがに至近距離にいるアスティリアくらいは目に見える。
彼女はいろんな意味でとてもとても楽しみにしていたお茶会を台無しにされて、自分の矜持を踏みにじられて、図星を刺されてとても激昂していた。
「......あんたなんか」
この場にいることが苦痛で速攻帰りたいと思い始めた招待客のざわつきの中、怒りで震えたその声はやけに大きく響いた。
そしてルシータが小首をかしげたのが最後の逆鱗に触れたのだろう、アスティリアは声を張り上げた。
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