悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
13 / 26

本音で語る思い出話②

しおりを挟む
 ───ざわざわっ、ざわ、ざわわっ。

 木々の葉が風に揺られて擦れ合う音と共に、かつての同級生達が囁き合っている声が聞こえてくる。

「あら、とうとう逆ギレしたわよ」
「怖いわねぇ。どうしてあんなことが言えるのかしら?」
「ご自分がされたことなのに……。それをわざわざアスティリアさまに言わせるなんて酷い性格ね」
「……ああ、きっとレオナードさまはルシータに何か弱みを握られてしまったのよ」
「そうね。きっとそうよ。そうに間違いないわ」
「お可哀想なレオナードさま。わたくし……お慰めしたいわ」
「ちょっ、あなた抜け駆けしないでよねっ」
「なによっ。あなたなんて相手にされないわよ」
「はぁ?!やってみなくっちゃわからないでしょっ」

 ……後半から随分ネタが変わってしまったせいで、ギャラリー達は互いに火花を散らしている。だから今、アスティリアがどんな表情をしているのか誰も見ていない。

 是非ともここは見て欲しかったのになと、ルシータは心から残念に思った。いっそ、自分から見て見てと声を掛けたかったほど。

 それくらい、アスティリアの顔は見ものだった。

 ルシータはここでは悪役令嬢という立ち位置になっている。そしてアスティリアは、悪役令嬢に虐め抜かれた悲劇のヒロインのはず。

 だから今はハンカチ片手に「まぁ、ひどいわぁ」と涙を流すところ。
 そして悪役令嬢のルシータというイメージを更に強くさせる絶好のタイミング。

 ……の、はずなのに、アスティリアの顔は憤怒で醜く歪んでいる。きっと今、生意気なことを言ったルシータに往復ビンタをかましたい気持ちでいっぱいなのだろう。

 でも、彼女はまだ人の目を気にする理性が残っていた。ただ、残念ながらルシータの質問にスタイリッシュな返答ができる頭脳は、持ち合わせていなかったけれど。

「......お、覚えてないわよ」
「じゃあ、なんであんなことを書いたの?」

 ルシータのしつこい追及にアスティリアは不快そうに眉間に皺を寄せた。でも、さすがに動揺は隠せないご様子だ。

 相変わらずギャラリー達は、タラレバ論争を繰り広げて、こちらなど見向きもしていない。何というかこれが世間なんだなと、ルシータはしみじみと思う。

 だからと言って、このままなあなあで帰るつもりは毛頭無い。

「じゃあ、覚えてないなら私が教えてあげる。私が末端の貴族なのに、あなたに取り入ることをしなかった。それをあなたはとても不快で不名誉で理不尽なことだと思った......いえ、今でも思っているから、あんなことを書いたのよ」
「……なっ」 

 途端に真っ赤になったアスティリアを見て、ルシータは今の言葉が、彼女の核心をつくものだったのだと確信を得る。
 
 実のところ学生時代から、ルシータはずっとずっと疑問に思っていた。どうしてアスティリアがあの学園に入学したのか。

 でも今にして思えば、あれは彼女なりの計算があってのことだったのだ。

 アイセルイン学園に通う生徒は、貴族令嬢の行儀見習いや、将来に向けてのコネ作りで通っているわけではなく、中流階級の真剣に学びたい者がほとんどだ。
 だから伯爵令嬢のアスティリアがそこに通うこと自体がおかしかった。でも、彼女はアイセルイン学園を選んだ。

 それはひとえに、この学園でなら一番になれるから。

 中流階級の人間は、貴族の人間に対して無意識に平伏してしまう悲しい性を持っている。
 アスティリアはそこに目を付けたのだ。女王様になりたかったのだ。上流階級がうじゃうじゃいる学園で、ただの生徒の一人になりたくなかったのだ。

 そして今でも、同級生たちを見下している。
 その証拠に、婚約披露の為に選んだ催しがお茶会だったのだから。

 貴族令嬢なら、婚約者を世間に公表する場合、夜会を開くのがセオリーだ。

 でも、アスティリアはアイセルイン学園に通う生徒が中流階級だと知っている。そして、夜会に呼ぶのは相応しくない人間だと判断したのだろう。

 きっとこの女のことだから、別の日に貴族達を集めて、婚約披露の夜会はやる。絶対に。

 この線引きを差別と呼ぶか、区別と呼ぶか。それは人それぞれであり、そこにとやかく口を挟むつもりはルシータにはなかった。

 だた、こうしてアスティリアときちんと向き合えばわかるものがある。
 そう。アスティリアはそういう人間だった。人を踏み台にして、自分の評価を高く見せたい卑怯な人間だったのだ。

 だから……だから、あんな言葉を平気で口に出せたんだ。

 ルシータの胸がギシリと痛んだ。これもまた記憶の箱に厳重に鍵をしめたはずだったけれど、過去とも正面から向き合えば、否が応でも思い出してしまう。

 それは、ルシータがアイセルイン学園に入学して1年経った頃の出来事。今日のような花が咲き乱れる季節に、祖母が亡くなった。

 そして葬儀の為に短い休暇を貰って、再び登校を始めたその日に聞いてしまったのだ。教室の扉越しに、こんな身を切り裂くような言葉を。

【薬屋のくせに、身内の病気も治せないなんて。そんなのただの役立たずじゃない】

 笑い交じりに語られたそれには、しっかりと蔑みが混ざっていた。

 これを言ったのは、アスティリア。廊下でルシータが聞いていたのだから、そこそこ大きな声だった。

 でも、誰も窘めることも、否定する者もいなかった。教室にはたくさんの生徒がいたというのに。

 これがルシータが人間不信になった一番の原因でもある。

 この一連の出来事は、普段は忘れていること。思い出さないようにしていること。
 それにアスティリアだって本気で言ったわけではないことは気づいている。ただのノリで言っただけなのだろう。

 そして、貴族の発言に逆らう勇気を持っている者が、あの教室の中では誰もいなかっただけ。そうわかっている。頭では理解している。

 なのに、今、ちょっと思い出しただけでも、辛く苦しい。感情を押さえるために、強く握った拳に爪が食い込んでいるのがわかる。

 でも、このままでいないと、弱い自分をアスティリアに見せてしまいそうで、手を緩めることができない。

 ルシータは、今頃気付いた。あの言葉で自分が思っていた以上に傷付いていたかを。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。 婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。 両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。 バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。 *今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m

〖完結〗記憶を失った令嬢は、冷酷と噂される公爵様に拾われる。

藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢のリリスは、ハンナという双子の妹がいた。 リリスはレイリック・ドルタ侯爵に見初められ、婚約をしたのだが、 「お姉様、私、ドルタ侯爵が気に入ったの。だから、私に譲ってくださらない?」 ハンナは姉の婚約者を、欲しがった。 見た目は瓜二つだが、リリスとハンナの性格は正反対。 「レイリック様は、私の婚約者よ。悪いけど、諦めて。」 断った私にハンナは毒を飲ませ、森に捨てた… 目を覚ました私は記憶を失い、冷酷と噂されている公爵、アンディ・ホリード様のお邸のベッドの上でした。 そして私が記憶を取り戻したのは、ハンナとレイリック様の結婚式だった。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全19話で完結になります。

芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。

ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。 そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。 しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

【改稿版】婚約破棄は私から

どくりんご
恋愛
 ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。  乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!  婚約破棄は私から! ※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。 ◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位 ◆3/20 HOT6位  短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

処理中です...