10 / 26
真打登場②
しおりを挟む
【下宿人に期待を持たせるなんて】
それは、ルシータの家がレオナードが出資している研究所内にあるから、わざとそういう言い方をしたのだろう。
これは正直、当たらずといえども遠からず。
ぶっちゃけ、学生時代からあからさまに、また、ルシータが居ないところでも、そういう類の陰口を叩いていたのは知っている。壁越しや廊下の角で何度も耳にしてきた言葉だ。
だから、今更この言葉に傷付くことはない。
でも、後半の「期待を持たせるなんて」という言葉。こっちのほうが、ガツンときた。
なぜなら、レオナードがその言葉を否定をしなかったから。
今ルシータは、自分の肩を抱いているレオナードの顔を振り返って見る勇気はない。でも、見なくったってわかる。
アスティリアが、とても可哀想といった感じでルシータを見つめているから。作り笑いから一変して、心から同情する表情を作る彼女は級友を案じるそれ。
───ああ、そうだ。この女はいつもそうだった。とにかく演技が上手かった。
ルシータは、学生時代にアスティリアがハンカチを片手に、ポロポロ涙を流すのを何度も目にしている。
そしてその涙は全てルシータが原因だと、周りにいる人達に聞こえるように、絶妙な声量で嘘八百を並べ立てていた。
でも泣いているくせに鼻水も出なかったし、ひっくひっくとしゃっくりすら上げていなかった。
鼻水と涙は対なるもの。都合よく涙だけ出すことなんてできやしない。あれは絶対に嘘泣きだった。
アスティリアの演技がもう少し下手だったら、もう少しマシな学生生活を送ることができていたはずなのに。
そんな気持ちで、気付けばルシータはアスティリアを睨みつけていた。
「あの……ごめんなさい、ルシータ。どうか怒らないで」
アスティリアは怯えきった表情になり、婚約者であるロザンリオの腕をぎゅっと掴んだ。
まるでルシータがアスティリアに過去たくさんの嫌がらせ行為をして、また同じことをされるのかと怖がっているかのように。
これもまたアスティリアがよく使う手法だった。腹が立つことに、さらに磨きがかかっている。
そしてギャラリー達は、どんどんアスティリアの演技に飲み込まれていく。
「……ああ、卒業してもあのルシータは何も変わっていないのね」
「レオナード様が……お可哀想」
「アスティリアさんは真実を言っただけなのに……」
遠巻きにルシータ達を見つめている同級生たちは、口々にそんなことを囁き合っている。
それは、アスティリアにとってスポットライトを浴びるようなもの。怯えた表情を浮かべてはいるけれど、ランランと目が輝いている。
そしてこんなことまで言い始めてしまった。
「……あのね昔……といっても私達が入学して半年くらいたってからの事なんだけど、学園のモミの木に、レオナードさまとルーシェが一緒に居るのを見ちゃったの……だから、てっきり……私……」
「リア、そういうことは」
「そうね。でも……知らないままでいるほうが辛いかなって思って……」
「ああ、そういうことか。リアは優しいな」
馬鹿馬鹿しい茶番を繰り広げる目の前のカップルに向けて、ルシータは今、自分がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。
それほどまでに、アスティリアが語ったことに衝撃を受けていたのだ。
学園内の端っこ植えられていた2本のもみの木は、恋人たちの聖地と呼ばれていた。
その樹はとても珍しく、2本の枝が癒着結合しているもの。
寄り添い合う木を恋人に見立てて、学園内では、もみの木の周辺は恋人同士でしか立ち入ることができないという暗黙の了解があった。
学生時代、友人を作ることもなく、ただ勉学に励んでいたルシータだって、それくらいのことは知っている。
だからレオナードだって、もちろん知っているはずだ。
そして、そこにレオナードはルシータの知らない女性と一緒にいた。
この事実をルシータは、さらりと流すこともできないし、レオナードに直接問う勇気もない。
ルシータの心はずたぼろだった。
見えない刃に力任せに切りつけられ、抉られ、ねじ込まれたような言葉にできない痛みが走る。
悔しかった。惨めだった。恥ずかしくて、悲しくて、無様だった。
でも、これまで、こんなふうに大勢の前で侮辱を受けたことが無かったわけじゃない。
なのにルシータは、今まで感じたことが無いほどの羞恥を覚えていた。
それは、レオナードがここにいるからだ。
噂ではなく、あからさまに目の前で馬鹿にされたことが、そして彼が擁護してくれるどころか、アスティリアの言葉を何一つ否定してくれなかったからだ。
ルシータは、目を閉じて、きつく唇を噛み締めた。
口の中で鉄錆の味が広がる。でもその味も痛みもルシータの気を紛らわすものにもならない。とんだ役立たずだ。
───本当はレオナードの婚約者になれて、嬉しかったのにな。
懐かしさすら感じる、身勝手な視線を受けながら、ルシータは心の中でぽつりと呟いた。
それは、ルシータの家がレオナードが出資している研究所内にあるから、わざとそういう言い方をしたのだろう。
これは正直、当たらずといえども遠からず。
ぶっちゃけ、学生時代からあからさまに、また、ルシータが居ないところでも、そういう類の陰口を叩いていたのは知っている。壁越しや廊下の角で何度も耳にしてきた言葉だ。
だから、今更この言葉に傷付くことはない。
でも、後半の「期待を持たせるなんて」という言葉。こっちのほうが、ガツンときた。
なぜなら、レオナードがその言葉を否定をしなかったから。
今ルシータは、自分の肩を抱いているレオナードの顔を振り返って見る勇気はない。でも、見なくったってわかる。
アスティリアが、とても可哀想といった感じでルシータを見つめているから。作り笑いから一変して、心から同情する表情を作る彼女は級友を案じるそれ。
───ああ、そうだ。この女はいつもそうだった。とにかく演技が上手かった。
ルシータは、学生時代にアスティリアがハンカチを片手に、ポロポロ涙を流すのを何度も目にしている。
そしてその涙は全てルシータが原因だと、周りにいる人達に聞こえるように、絶妙な声量で嘘八百を並べ立てていた。
でも泣いているくせに鼻水も出なかったし、ひっくひっくとしゃっくりすら上げていなかった。
鼻水と涙は対なるもの。都合よく涙だけ出すことなんてできやしない。あれは絶対に嘘泣きだった。
アスティリアの演技がもう少し下手だったら、もう少しマシな学生生活を送ることができていたはずなのに。
そんな気持ちで、気付けばルシータはアスティリアを睨みつけていた。
「あの……ごめんなさい、ルシータ。どうか怒らないで」
アスティリアは怯えきった表情になり、婚約者であるロザンリオの腕をぎゅっと掴んだ。
まるでルシータがアスティリアに過去たくさんの嫌がらせ行為をして、また同じことをされるのかと怖がっているかのように。
これもまたアスティリアがよく使う手法だった。腹が立つことに、さらに磨きがかかっている。
そしてギャラリー達は、どんどんアスティリアの演技に飲み込まれていく。
「……ああ、卒業してもあのルシータは何も変わっていないのね」
「レオナード様が……お可哀想」
「アスティリアさんは真実を言っただけなのに……」
遠巻きにルシータ達を見つめている同級生たちは、口々にそんなことを囁き合っている。
それは、アスティリアにとってスポットライトを浴びるようなもの。怯えた表情を浮かべてはいるけれど、ランランと目が輝いている。
そしてこんなことまで言い始めてしまった。
「……あのね昔……といっても私達が入学して半年くらいたってからの事なんだけど、学園のモミの木に、レオナードさまとルーシェが一緒に居るのを見ちゃったの……だから、てっきり……私……」
「リア、そういうことは」
「そうね。でも……知らないままでいるほうが辛いかなって思って……」
「ああ、そういうことか。リアは優しいな」
馬鹿馬鹿しい茶番を繰り広げる目の前のカップルに向けて、ルシータは今、自分がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。
それほどまでに、アスティリアが語ったことに衝撃を受けていたのだ。
学園内の端っこ植えられていた2本のもみの木は、恋人たちの聖地と呼ばれていた。
その樹はとても珍しく、2本の枝が癒着結合しているもの。
寄り添い合う木を恋人に見立てて、学園内では、もみの木の周辺は恋人同士でしか立ち入ることができないという暗黙の了解があった。
学生時代、友人を作ることもなく、ただ勉学に励んでいたルシータだって、それくらいのことは知っている。
だからレオナードだって、もちろん知っているはずだ。
そして、そこにレオナードはルシータの知らない女性と一緒にいた。
この事実をルシータは、さらりと流すこともできないし、レオナードに直接問う勇気もない。
ルシータの心はずたぼろだった。
見えない刃に力任せに切りつけられ、抉られ、ねじ込まれたような言葉にできない痛みが走る。
悔しかった。惨めだった。恥ずかしくて、悲しくて、無様だった。
でも、これまで、こんなふうに大勢の前で侮辱を受けたことが無かったわけじゃない。
なのにルシータは、今まで感じたことが無いほどの羞恥を覚えていた。
それは、レオナードがここにいるからだ。
噂ではなく、あからさまに目の前で馬鹿にされたことが、そして彼が擁護してくれるどころか、アスティリアの言葉を何一つ否定してくれなかったからだ。
ルシータは、目を閉じて、きつく唇を噛み締めた。
口の中で鉄錆の味が広がる。でもその味も痛みもルシータの気を紛らわすものにもならない。とんだ役立たずだ。
───本当はレオナードの婚約者になれて、嬉しかったのにな。
懐かしさすら感じる、身勝手な視線を受けながら、ルシータは心の中でぽつりと呟いた。
5
お気に入りに追加
3,790
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

〖完結〗記憶を失った令嬢は、冷酷と噂される公爵様に拾われる。
藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢のリリスは、ハンナという双子の妹がいた。
リリスはレイリック・ドルタ侯爵に見初められ、婚約をしたのだが、
「お姉様、私、ドルタ侯爵が気に入ったの。だから、私に譲ってくださらない?」
ハンナは姉の婚約者を、欲しがった。
見た目は瓜二つだが、リリスとハンナの性格は正反対。
「レイリック様は、私の婚約者よ。悪いけど、諦めて。」
断った私にハンナは毒を飲ませ、森に捨てた…
目を覚ました私は記憶を失い、冷酷と噂されている公爵、アンディ・ホリード様のお邸のベッドの上でした。
そして私が記憶を取り戻したのは、ハンナとレイリック様の結婚式だった。
設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全19話で完結になります。

冴えない子爵令嬢の私にドレスですか⁉︎〜男爵様がつくってくれるドレスで隠されていた魅力が引きだされる
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のラーナ・プレスコットは地味で冴えない見た目をしているため、華やかな見た目をした
義妹から見下され、両親からも残念な娘だと傷つく言葉を言われる毎日。
そんなある日、義妹にうつけと評判の男爵との見合い話が舞い込む。
奇行も目立つとうわさのうつけ男爵なんかに嫁ぎたくない義妹のとっさの思いつきで押し付けられたラーナはうつけ男爵のイメージに恐怖を抱きながらうつけ男爵のところへ。
そんなうつけ男爵テオル・グランドールはラーナと対面するといきなり彼女のボディサイズを調べはじめて服まで脱がそうとする。
うわさに違わぬうつけぷりにラーナは赤面する。
しかしテオルはラーナのために得意の服飾づくりでドレスをつくろうとしていただけだった。
テオルは義妹との格差で卑屈になっているラーナにメイクを施して秘められていた彼女の魅力を引きだす。
ラーナもテオルがつくる服で着飾るうちに周りが目を惹くほどの華やかな女性へと変化してゆく。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか
れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。
婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。
両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。
バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。
*今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる