悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている

当麻月菜

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本日は晴天。気持ちは曇天。②

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「───それにしても、本日はありがとございます。レオナード様。引きこもりのお嬢様が外出されるなど、卒業以来のことでございます」

「なに、礼にはおよばないよ。でもね、ここだけの話……なかなか手こずったよ」

「さようでございますか。それはそれは本当にお疲れさまでございました。昔はあんなにお転婆で、猫を追いかけて迷子になるわ、万能薬になる虹色のバッタを探して夕刻になっても帰ってこなかったり......外がお好きなお嬢様だったのですが」

「うん。そうだったよね。僕もさんざん付き合わされたよ。一番びっくりしたのが、断崖絶壁に咲いているハツユキソウを採りに行くって───」



「失礼。お待たせしました」

 二人の会話をぶったぎるように、若干険を含んだルシータの声が玄関ホールに響いた。

「おはようございます。お嬢様、お気を付けて行ってきてくださいませ」

 自分でも忘れていた幼少の黒歴史を朗々と語ってくれた執事に対して、ルシータはプイッと横を向くことで返事とする。

 そんなルシータの態度をカイルドは慣れた様子で微笑むだけ。そしてレオナードは、その会話を聞きながら、嬉々とした表情でルシータの元へと足を向ける。

 今日の彼は、侯爵家当主らしい淡いグレーのジャケットとタイ。どちらも光沢のある生地で、玄関ホールの大きな窓から差し込む陽の光に反射して、より一層美しさに磨きがかかっている。

 よく見れば、胸ポケットのハンカチーフはルシータのドレスと同じ色。
 これが心を通わせた恋人同士なら「あらもう憎い演出ね」などと言って、彼の腕を軽く叩いてみちゃうところ。
 けれどルシータは、気付いても口に出すことはしないし、そっとそこから目を逸らす。

 ちなみにファルザ邸の玄関ホールは施設の倉庫も兼ねている。
 だから何だかよくわからない木箱が無造作に置かれているし、不要になった研究レポートの束も乱雑に積み上げられている。

 けれど、レオナードが立っているそこだけは、まるで別の空間にいるかのように光り輝いている。
 存在自体が美しければ、所詮背景など関係ないのだろう。

 そんなふうに気持ちを余所に飛ばしていれば、あっという間にレオナードが目の前に立っていた。

「おはよう。ルシータ」
「……おはよう。レオナード」

 レオナードはスラリとした長身で、ルシータが目を合わせようとすると、背伸びをしないといけない。

 ちなみに、ルシータは婚約してから一度もレオナードに向けて背伸びをしたことはない。

 それは言い換えると、いつもレオナードがきちんと目を合わせてくれるからだ。ま、合わせてほしくないときだって、彼はお構い無しにするけれど。

 ちなみに『……』の間に、諸々のニュアンスを含んだ視線をルシータはレオナードに向けてみた。

 だけれど、レオナードはまるで部屋のカーテンのようにふわりとそれを優雅に受け止めるだけ。

 いや、眩しそうに目を細めた後、こんなことまでのたまった。

「綺麗だよ、ルシータ。ドレス、良く似合ってる。それに髪型もいつもと違うね。贈った花かんざし使ってくれて嬉しいよ───ミラン、上手に結ってくれてありがとう」
 
 超格上の侯爵さまからお褒め頂いたミランは「まあね」という表情を作り、軽く頭を下げた。

 この侍女、なかなか図々しい。
 本来なら、ここで主であるルシータが諫めなければならないところ。

 けれども、一つの見落としもすることなく褒め称えるレオナードに呆れ果てて表情が死んでいた。そして甘い吐息のかかった耳を片手でごしごしとこする。

 婚約者に対してでも、施設の最高責任者様に対してでもその態度はかなり無礼なもの。お世辞だとわかっていても、ここは「どうも」と微笑むのがベストなところ。

 けれど、当の婚約者は不機嫌な表情など浮かべていない。むしろ更に笑みを深めている。
 無意識に右の耳たぶを触るルシータに、愛しい眼差しを惜しみ無く向けている。これがまた、意識しないようにすればするほど、視線を受ける側に熱が生じてしまう。

 ついでにいつもよりも近い距離のせいか、彼がグリーン系のコロンを付けていることまで気付いてしまった。

 少し気障な香りがする。
 けれど、でも、レオナードの雰囲気に良く合っている。もちろんこれも口には出さない。

「それでは少し早いですが、どうぞお気をつけて行ってきてくださいませ」

 ルシータの不機嫌な顔が、そろそろふくれっ面に変わることをカイルドは瞬時に気付いたのだろう。

 丁寧な口調でありながら「とっとと行け」と言わんばかりに、玄関の扉を開けた。

「じゃあ行ってくるよ」
「……行ってきます」

 弾んだ声と、囚人のような声。どちらがそれなのかは、言わずもがな。

 そんな対極にいる二人に、カイルドは柔らかい笑みを浮かべて慇懃に頭を下げた。
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