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一通の招待状と、悪役令嬢の婚約者④
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『ねぇ本当は、あなたは私のこと、どう思っているの?』
一番聞きたいこの質問を胸にしまって、ルシータはさりげなくこちらのご機嫌を伺うような笑みを向ける侯爵さまに問いかけた。
「まさか、レオナードさまはご参加なさるのですか?」
「いい加減その口調はやめてほしいな、ルシータ。昔みたいに、レオンって呼んでよ」
的外れ、かつ無理難題を言われてルシータは唇を噛んだ。
彼のことを気軽に愛称で呼べたのは、何も知らない子供だったから。でも今は、あの頃とは違う。無邪気さは子供だけが持てる特権だ。
それにレオナードの気持ちすらわからない自分には、この要求はハードルが高すぎる。それにこの婚約が本当のところ、彼にとって不本意なものだったとしたら、身の程知らずと言われそうなもの。
───......まったく人の気も知らずに、好き勝手なことを言ってくれる。
ルシータは、返事の変わりにへそを曲げる表情を作って、レオナードから視線をずらした。
けれど、甘く優しい声音は、どこまでも追ってくる。
「婚約披露のお茶会って言っても、気負うことはないよルシータ。僕なんて学年が違うのに招待状を受け取ったんだ。きっとやみくもに色んな人たちを招待してるだろうし」
「……」
「ちょっとお洒落をして、適当に時間を潰せば良いだけじゃないか」
「……」
「一緒に行ってくれないか?ルシータ、頼む。僕は君と参加したい」
「……」
格下の男爵令嬢に向かって、頼むという言葉は不向きだろう。
レオナードはこの施設の出資者であり、名門貴族の人間だ。どちらをとってもルシータに命令できる立場にある。
なのにわざわざ下手に出るとはなにか裏があるのだろうか。
そんな考えが一瞬よぎったけれど、ルシータはレオナードの態度に甘えて素直な気持ちを口にする。
「……行きたくないんです」
「どうしても駄目かい?」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないのになぁ」
ルシータとしたら詫びの言葉一つで済むなら喜ばしいことなのに、レオナードはなぜかここで僅かにムッとした。
これまで何度も散歩に誘われても、遠乗りに誘われても全て拒否してきたルシータに、レオナードは決して不愉快さを全面に出すことはしなかった。
けれど、これまでずっと辛抱強く優しい態度でいたレオナードだったが、とうとうルシータのワガママに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
今日はお決まりの「なら仕方がない。また今度にしよう」という台詞を口にすることはしなかった。
「じゃあ、教えて。何で行くのが嫌なの?」
「だって......」
「だって、なんだい」
───どうせ笑われるだけだから。
そう言おうとした瞬間、ミランがタイミング良く2人分のお茶をテーブルに置いてくれたので、ルシータはその言葉をそっと飲み込んだ。
でも、もう一つ言いたいことがあった。
───あなただって、私があの学園で何て呼ばれていたか知っているはずなのに。
貴族というのは総じてお喋りで噂好きの人種である。そしてレオナードは名門貴族だ。
でも彼の口からそういった汚いものを紡ぐことは見たことはない。
とはいえ、貴族である以上、横の繋がりはとても大切だ。そして自分の意思とは無関係に勝手に入ってきてしまう情報までは、防ぎようがないだろう。
そんなことを思いながらルシータもお茶を飲む。
ミランはもと研究者だけあって、お茶を淹れるときも温度計や天秤を使って、完璧な香りと味を引き出してくれる。
ぶっちゃけ、このお茶のおかげでわざわざ外で茶を飲む必要なくね?と思っていることは、絶対に口に出すことはしない。
さりとて他の言い訳が見つからない。
湯気の隙間からそっとレオナードを伺い見れば、彼もまたゆっくりとお茶を飲み始めている。
しかも「お代わりはあるかな?あと、少しつまめるものがあると嬉しいな。クッキーとかさ」などとミランに注文を付けている。
どう見たって彼は長居する気満々のようだ。きっとルシータが行くと言うまで。これは長期戦になりそうた。
そんなルシータの気持ちが伝わったのだろうか、レオナードはティーカップを持ち上げたままこんな提案をする。
「ま、嫌ならすぐに帰ればいいさ。僕は着飾った君を見たいだけだしね」
後半のレオナードの言葉は無視するとして、前半のそれは、とても肩が軽くなった。
それに下手に出られようが、強気に出られようが、レオナードがこの研究所の出資者であることは変わらない。
そして意固地になろうが不貞腐れようが、ルシータが出資者の元で働く親を持つことも変えようのない事実だった。
「……社交界とは無縁の生活を送っておりますゆえ、何か失礼があるかもしれませんが……」
「ないない。大丈夫。じゃ、決まりと言うことで乾杯!」
レオナードは破顔して、ティーカップを持ち上げた。ルシータもつられるようにティーカップを持ち上げる。
けれど、レオナードのそれに合わせることはなく、無言でこくこくと残っていたお茶を飲み干した。
そして最後の悪足掻きで、一つだけ条件を出す。
「雨が降ったら、行きません」
「うん、わかった。でも雨が降ったらお茶会自体が中止になると思うけどね」
ちょっと意地悪く笑ったレオナードは、悔しそうに顔を顰めたルシータを見ながら行き場を失っていたティーカップを口元に運んだ。
一番聞きたいこの質問を胸にしまって、ルシータはさりげなくこちらのご機嫌を伺うような笑みを向ける侯爵さまに問いかけた。
「まさか、レオナードさまはご参加なさるのですか?」
「いい加減その口調はやめてほしいな、ルシータ。昔みたいに、レオンって呼んでよ」
的外れ、かつ無理難題を言われてルシータは唇を噛んだ。
彼のことを気軽に愛称で呼べたのは、何も知らない子供だったから。でも今は、あの頃とは違う。無邪気さは子供だけが持てる特権だ。
それにレオナードの気持ちすらわからない自分には、この要求はハードルが高すぎる。それにこの婚約が本当のところ、彼にとって不本意なものだったとしたら、身の程知らずと言われそうなもの。
───......まったく人の気も知らずに、好き勝手なことを言ってくれる。
ルシータは、返事の変わりにへそを曲げる表情を作って、レオナードから視線をずらした。
けれど、甘く優しい声音は、どこまでも追ってくる。
「婚約披露のお茶会って言っても、気負うことはないよルシータ。僕なんて学年が違うのに招待状を受け取ったんだ。きっとやみくもに色んな人たちを招待してるだろうし」
「……」
「ちょっとお洒落をして、適当に時間を潰せば良いだけじゃないか」
「……」
「一緒に行ってくれないか?ルシータ、頼む。僕は君と参加したい」
「……」
格下の男爵令嬢に向かって、頼むという言葉は不向きだろう。
レオナードはこの施設の出資者であり、名門貴族の人間だ。どちらをとってもルシータに命令できる立場にある。
なのにわざわざ下手に出るとはなにか裏があるのだろうか。
そんな考えが一瞬よぎったけれど、ルシータはレオナードの態度に甘えて素直な気持ちを口にする。
「……行きたくないんです」
「どうしても駄目かい?」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないのになぁ」
ルシータとしたら詫びの言葉一つで済むなら喜ばしいことなのに、レオナードはなぜかここで僅かにムッとした。
これまで何度も散歩に誘われても、遠乗りに誘われても全て拒否してきたルシータに、レオナードは決して不愉快さを全面に出すことはしなかった。
けれど、これまでずっと辛抱強く優しい態度でいたレオナードだったが、とうとうルシータのワガママに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
今日はお決まりの「なら仕方がない。また今度にしよう」という台詞を口にすることはしなかった。
「じゃあ、教えて。何で行くのが嫌なの?」
「だって......」
「だって、なんだい」
───どうせ笑われるだけだから。
そう言おうとした瞬間、ミランがタイミング良く2人分のお茶をテーブルに置いてくれたので、ルシータはその言葉をそっと飲み込んだ。
でも、もう一つ言いたいことがあった。
───あなただって、私があの学園で何て呼ばれていたか知っているはずなのに。
貴族というのは総じてお喋りで噂好きの人種である。そしてレオナードは名門貴族だ。
でも彼の口からそういった汚いものを紡ぐことは見たことはない。
とはいえ、貴族である以上、横の繋がりはとても大切だ。そして自分の意思とは無関係に勝手に入ってきてしまう情報までは、防ぎようがないだろう。
そんなことを思いながらルシータもお茶を飲む。
ミランはもと研究者だけあって、お茶を淹れるときも温度計や天秤を使って、完璧な香りと味を引き出してくれる。
ぶっちゃけ、このお茶のおかげでわざわざ外で茶を飲む必要なくね?と思っていることは、絶対に口に出すことはしない。
さりとて他の言い訳が見つからない。
湯気の隙間からそっとレオナードを伺い見れば、彼もまたゆっくりとお茶を飲み始めている。
しかも「お代わりはあるかな?あと、少しつまめるものがあると嬉しいな。クッキーとかさ」などとミランに注文を付けている。
どう見たって彼は長居する気満々のようだ。きっとルシータが行くと言うまで。これは長期戦になりそうた。
そんなルシータの気持ちが伝わったのだろうか、レオナードはティーカップを持ち上げたままこんな提案をする。
「ま、嫌ならすぐに帰ればいいさ。僕は着飾った君を見たいだけだしね」
後半のレオナードの言葉は無視するとして、前半のそれは、とても肩が軽くなった。
それに下手に出られようが、強気に出られようが、レオナードがこの研究所の出資者であることは変わらない。
そして意固地になろうが不貞腐れようが、ルシータが出資者の元で働く親を持つことも変えようのない事実だった。
「……社交界とは無縁の生活を送っておりますゆえ、何か失礼があるかもしれませんが……」
「ないない。大丈夫。じゃ、決まりと言うことで乾杯!」
レオナードは破顔して、ティーカップを持ち上げた。ルシータもつられるようにティーカップを持ち上げる。
けれど、レオナードのそれに合わせることはなく、無言でこくこくと残っていたお茶を飲み干した。
そして最後の悪足掻きで、一つだけ条件を出す。
「雨が降ったら、行きません」
「うん、わかった。でも雨が降ったらお茶会自体が中止になると思うけどね」
ちょっと意地悪く笑ったレオナードは、悔しそうに顔を顰めたルシータを見ながら行き場を失っていたティーカップを口元に運んだ。
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