盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜

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あの時は、そんなつもりじゃなかった。なのに気付けば恋に落ちていた

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 ノアを自分の腕に座らせるように抱き上げた途端、アシェルは柔らかい暗闇に包まれた。

 少し遅れてノアに頭ごと抱きしめられたことに気付く。

 まさかそんなことをされるとは思ってなかったアシェルは、ものの見事に動揺した。でも更にノアは、驚く行動に出た。

「殿下、そんな顔しないでください」
「……っ」

 そんな顔とはどんな顔なのだろうか。

 動揺している自分にはまともな答えなど出るわけがない。そんな自分に、ノアは言葉を重ねる。とてもとても柔らかい声で。

「殿下は悪いことなんてしてないです。良いんです。これで……これで良いんです」

 自分は都合の良い夢を見ているのではなかろうか。

 想像もできなかった優しすぎる現実に、アシェルは完全に言葉を失った。

「わ、私だって初めて見るキノコに毒があるかなんてわかりません。でも食べたいんです。それが毒キノコかもしれないとわかってても食べたいんです。死んでも後悔しないっていう覚悟を持って食べるんです。院長に止められても、子供たちに呆れ交じりの冷たい目を向けられたって、どんな味なのか知りたいんです。えっと……だから、つまりですね
「……っ……!!」

 なぜ今キノコの話をするのかと思ったらそういうことだだったのかと、アシェルは小さく息を呑んだ。

 腕に抱えている小さな体を更に強く抱きしめる。

「私はニワ……いえ、ローガン殿下が何をしたのか知ってます。今、殿下が何をしたのかはわかりませんが、それでもあの人がああなったのは自業自得なんです。人を傷つけるならそれ相応の覚悟が必要で、もし反撃されても文句を言っちゃいけないんです。あの人はそういうことをした報いを受けただけ。だから殿下が気に病むことなんてないんです。えっと……だから、だから」

 中途半端なところで言葉を止めたノアは、アシェルの両頬を手で包んで再び口を開いた。

「殿下、あんなの見なくていいんですよ。見ちゃ駄目です」

 先ほど自分が吐いた台詞と全く同じそれを言われ、アシェルは不意に泣きそうになった。

 いつもこうだ。ノアは拙いけど真っすぐな言葉で独自の持論を押し通す。眩しくてたまらない。どう足掻いたって叶わないと思わされてしまうのだ。

 そんな彼女から見たら、自分なんか魔力を取り戻しても、カッコよく魔獣を倒しても、いつまで経っても守られる側でしかない。

(でも、もういいさ、君にどんなふうに思われても)

 アシェルはノアの肩口に頬をすり寄せ、吹っ切れたように笑う。

 良いところを見せたいとか、贅沢に溺れさせて惚れさせたいとか、そんなのは浅はかな考え方だったのだ。

 実際、ノアはそれでは惚れてくれなかったし、自分は彼女の言葉一つで動揺するほど弱い。

(それでも、私は君を望む。どんな手を使っても)

 ローガンに復讐することには躊躇いを覚えたくせに、一人の少女を籠の中に閉じ込めることに何の罪悪感を覚えない自分を笑いたくなる。

 なんて嫌な男なのだろう。なんて卑怯な男なのだろう。なんて愚かでどうしようもない男なのだろう。なんて……なんて……

 溢れるように自嘲する言葉が胸の内から出てくる。だが、口から出た言葉は全く違うものだった。

「陛下の誕生祭だというのに、目障りだ。この者を連れていけ。それとクリスティーナ嬢、あなたも一緒に」
「なんですって!?」

 平坦な口調で衛兵にローガンを撤去するよう命じたアシェルに、クリスティーナは非難の目を向ける。ローガンなどもう赤の他人だとでも言いたげだった。

「クリスティーナ嬢、あなたは兄上の婚約者ではありませんか。ところかまわず貴方達は気持ちを確かめ合うことばかりしていたのは私とて知ってます。よほど深く愛していたのでしょう?さぁ、どうぞずっと傍にいてあげてください」
「……っ!?……そ、そんな!」

 悲鳴を上げるクリスティーナだが、衛兵は無言で彼女の肩を掴むとそのまま引きずるように外へと連れ出した。ローガンも同様に。

 会場はもう何度目かわからない静寂に包まれる。

 そんな中、アシェルはノアを抱いたまま身体ごとエルシオと向き合う。

「陛下、遅ればせながら私の婚約者をご紹介させてください」
「……この状況でか?」
「はい。是非とも」

 即答するアシェルに、エルシオは苦い顔をする。

(当たり前じゃないか。もう手札が残ってないのだから、外堀を埋めるしかない)

 などという卑怯極まりないことを考えているなどおくびにも出さず、アシェルは言葉を続けた。

「ご紹介します。私の婚約者のノアです。もうご存知かもしれませんが、彼女は精霊姫の生まれ変わりでーーって、ノア!?」

 つらつらと語り始めたアシェルだが、何かに気付いて顔色を失った。

 今まさに姑息な手段で手中に収めようとしていた少女が、いつのまにか意識を失っていたのだ。
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